第1話  ダンの隣人 3

「・・・・・・いいさ。次はもっと上手くやるさ」

 ダンは口の中で呟きながら、破片を拾い集める。すると、ネルケがやって来て、破片集めを手伝ってくれた。

「ほら。ちゃっちゃと片付けよ」

 ネルケは年下で、女の子なのに、ダンより背が高くて、ずっと力持ちだ。それが羨ましい。

「・・・・・・ありがとう」

 ダンはわざと難しい顔をしてネルケに礼を言う。

 ネルケの家は、ダンのパン屋のはす向かいにある金物屋だ。ドワーフの営む店で、鍛冶仕事もしている。

 ドワーフの女性は、皆、背が高く、見事な体型で美人である。ネルケも、将来はそうなる事が、今から想像できる暗いに、整った顔をしている。健康そうな褐色の肌に、長い赤髪。青みがかった黒い瞳を持っている。

 まだ9歳なのに、いつも12歳のダンの姉のように振る舞っている。



 結局、ガラクタの大半を、ネルケが担いで、2人で坂を下っていった。

 坂を下る途中で、ダンはさっき見た大男の話をした。

 あの男の事を思い出すと、ダンは、なぜか胸が熱くなり、興奮してくる。だから、いつの間にか機嫌も直っていた。

「ダンがそんなに嬉しそうに話すのって、『白銀の騎士』の話ぐらいだよね」

 ネルケがおかしそうに笑った。

「は、白銀の騎士は、誰だって大好きだろ?!」

 エレスの大地に住む子どもたちは、みんな「白銀の騎士」の伝説を聞いて育っているし、憧れている。

 しかも、その白銀の騎士は、今もまだ生きていて、伝説を作り続けているのだ。

「・・・・・・いや。それだけじゃ無いぞ。『歌う旅団』だよ」

 ダンが言う。


 白銀の騎士に次いで、今人気なのが、最強の冒険者パーティー『歌う旅団』の話である。

 「魔神殺し」、「神殺し」、「竜殺し」、「ダンジョン制覇」。英雄の条件となる事は、ほとんどやっている冒険者たちである。


 そこで、ダンは思い至った。なぜこんなにあの大男に心打たれたのか。

 もしかしたら、あの大男は、「歌う旅団」の「火炎魔獣」ランネル・マイネーなのかも知れない。

 そう思うと、話で聞いた風貌に似ている。

 残念ながら、ダンは歌う旅団の念写は、リーダーのポアド・クララーと、ハイエルフのピフィネシアしか見た事が無い。

 マイネーは念写嫌いで、冒険者雑誌にも念写が載る事はほとんど無いそうだ。


 ダンは、自分の考えをネルケに言ってみる。

 すると、ネルケは小さく頷く。

「もしも、『歌う旅団』がこの街に来ているなら、どこかで演奏会をしてくれるかも知れないね」

「うん。そうしたら見に行こうよ」

 ダンはウキウキしてきた。

 歌う旅団は、街の広場とかで、突然に演奏を始める。 

 もしかしたら、家の目の前の「ゾウ広場」で演奏会をしてくれるかも知れない。

 ネルケはニッコリ笑って頷く。


 坂の終わりが近づいてきた。

 宿屋「足の豆亭」、八百屋「八宝菜」、菓子屋「オードルジェ」。そして、終着点がダンのパン屋「コストリッチ」がある。

 向かいになる、右手には肉屋の「ゴダン」、食堂「クラーラ」はエドや、ブリュックの家である。そして、その隣がネルケの金物屋「銀の金槌」がある。

 

 だが、そのネルケの隣、そして、ダンのパン屋の向かいの、坂の下の終着点に、実はもう一軒家があった。

 そこに、大勢の人たちが集まって、出入りしたりしている。

 役所の人もいれば、いつもこの辺りを巡回している警備隊の人たちもいる。


「ねえ、何かいっぱい人いるよ?」

 ネルケも気付いてダンに怪訝そうな顔を見せる。

「うん。あそこ、本当に人が使うのかな?」

 ダンは首を傾げる。

「え~~~!」

 ネルケはとても嫌そうな顔をした。

「だって、あそこお化け屋敷だよ?」

 ネルケの言うとおり、もう何年も、少なくともダンが記憶している限り、一度も誰かが使った事も無く、建物も、庭も、荒れ果てていた。

「でも、あれは市長の別宅だったよね」

 正確には、前々市長の別宅である。このヘルネ市の市長は親子三代に渡って務めている。

 今の市長の祖父に当たる人が建てた別宅だったが、大人の事情で、ほとんど使用されずに放置されていた。

 場所としては一等地なのだが、市長の所有している土地なので、未だに手付かずだった。


「二ヶ月ぐらい前から、トンテンカンしてたもんね」

 ネルケが、なぜか小声になって囁きかける。ネルケは案外恐がりである。お化けとか、怖い話とか苦手である。苦手なのに、好きでもある。恐がりになったのは、お化け屋敷が自分の家の隣に建っていて、2階にあるネルケの部屋の窓からいつも見えるからである。だから、ネルケの部屋の南側の窓は、いつもカーテンが閉まっている。


 そのお化け屋敷は、ネルケの言う通り、一ヶ月ほど前に取り壊され、その後、新築の工事に取りかかっていた。かなり力を入れていて、多くの大工たちが忙しそうに作業していた。

「今の市長が引っ越してくるのかな?」

 ダンが言うと、ネルケは「ふ~ん」と呟く。

 そして、ダンに囁く。

「じゃあ、これ置いたら、見に行く?」

 最早役に立たなくなった車のガラクタは邪魔になる。

「じゃあ、ウチの裏に隠してから見に行こう」

 ダンが言うと、、海に行くよりはよほどマシな遊びだと、ネルケは嬉しそうに笑った。笑うと、やっぱりダンより子どもっぽい。

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