第1話  ダンの隣人 2

 人々が右から、左から交差点に進入してくる。

「どいてどいて~~~~っ!!」

 ダンが叫ぶと、人々は一瞬ギョッとして足が止まった。

 その瞬間に、ダンの車が人々の間を通り抜けた。


 爽快だった。

「あはっ!あははははっ!」

 ダンは思わず大笑いする。

 これまで、3回チャレンジして、この交差点を抜けた事は一度も無かった。

 だから、この先どうなるのかなど、ダンには予想も付いていなかった。


 再びの急な下り道に入った瞬間、ダンの乗った車は大きく弾んで宙を飛んだ。

 しかもその弾みで、車輪は砕けて、軸は折れ、乗っていた台も軋んで裂けた。

「え?」

 一瞬呆然とする。

 ダンは、車の破片と一緒に、完全に宙に舞っていた。

 坂の勾配もあって、高低差は2メートルに達しようという高さになっていた。落ちたら軽い怪我では済まないのは確実だ。


「うわああああああっっ!!」

 ダンは空中でもがきながら叫んだ。

 見ると、ダンの飛翔する先に、巨大な人の背中が見えた。

『ぶつかるっ!!』

 そう思った瞬間、巨大な人が振り向き、目にもとまらぬ動きでダンの体を受け止める。

 しかも、飛び散る車の破片まで、全て空中でつかみ取ってしまった。

 巨大な男の人の足下には、車の破片がまとめて置かれている。


「あ、あれ?」

 何が起こったのか、理解できていないダンを、男の人は目の前までつり上げながら、最後の車の破片を足下に落とすと、ダンを一睨みする。

「おい、坊主。やんちゃするのは良いが、もちっと人の少ない時間にやれ」

 大男は、長い金髪で、黒くて太い眉。身長は2メートルを超えており、背が高いだけでは無く、全身が鍛え上げられた、分厚く柔軟な筋肉に覆われている為、伝説の巨人族の様だった。

「でないと、喰っちまうぞ!」

 最後にそう言うと、大男は大きく口を開けた。

「ひ、ひい。ごめんなさい!」

 ダンはぶら下げられたまま謝る。

 大男の口には鋭い犬歯が生えていて、民族衣装風の服装からして、獣人族なのは間違いなさそうだ。


「ふん」

 大男はそう言うと、言動や見た目とは違って、優しくダンを地面に降ろし、スタスタと坂の下に向かって大股で歩いて行った。

 「スタスタ」と表現したが、実際には、あれだけの巨体なのに、足音はしないし、大きな動きながら無駄が無いように見える。


 地面に降ろされたダンは、思わずその場にへたり込んだ。

 車で疾走するよりも、大男が恐ろしかった。しかし、どこか人を魅了する雰囲気で、ダンは軽い興奮を覚えていた。

『すごい人に会った!』

 ダンは、足下のがらくたになった車の破片を見つめる。

「おい!邪魔だよ!」

「迷惑なんだよ、ガキが!」

 道行く人たちから悪態をつかれる。ダンはそれに対して言い返したりはしない。

 人の迷惑になっている事を自覚しながら、敢えて、人の多い時間に、無謀なチャレンジをしているのだ。

 誰かにぶつかったりしたら、相手を大けがさせる可能性がある事も、勿論分かっていた。


 分かっていて、なぜ敢えてそんな事をしたのかというと、単なる「意地」である。

 同じ年なのに、体が大きいからと言って、いつも威張って、ダンに意地悪な言動をしてくるエドに、勇気がある事を示したかったのだ。

 実に子どもっぽい、くだらない意地だという事を、十分わかっている。


 元々ダンは、呼吸器の病気があり、体を動かす事が苦手だった。今は、グラーダ国で開発された薬での治療が進み、ほぼ発作を起こす事はなくなったが、体力面で、エドにも、他の友人にも劣る事が、どうしても悔しかった。

 だから、車を作って、無謀なチャレンジを成功させる事で、エドを見返したかったのだ。

 いつも、無茶な事を考えては、チャレンジして見せているが、今までどれも上手くいかなかった。


 結局今回も失敗したが、それなりに収穫もあった気がする。

 ただ、あの大男に叱られた事で、少しだけ頭が冷えた。

『他の人に迷惑を掛けるのは、カッコいい事じゃない』

 だから、ダンは速やかにガラクタとなった車の破片を拾い集めた。

 勿論、全部1人で拾えるものでもないので、拾っては道の端に寄せていった。


「なんだよ。やっぱり失敗したのか」

 今、聞きたくない奴の声がする。

 ダンは、ノロノロと顔を坂の上に向けると、腕を組んでふんぞり返っているエドが、ニヤニヤ笑って見下ろしてくる。

「お前はいつも口先だけなんだよ!いつも失敗するくせに、威勢だけ良い事を言いやがる!マジで腹が立つんだよ!」

 エドに言われて、ダンは耳が熱くなるのを感じた。

 心配そうに見ているエドの弟、ブリュックの顔も、呆れた顔で腰に手をやっているドワーフのネルケの顔もまともに見られない。

「ハア、ハア!ダン~~~!怪我してない?!」

 最後にやって来た、小さなアンナマリーが息を切らしながら叫ぶ。

「ブリュックも、アンナも、こんな奴心配してやるなよ!つまんねぇし、港に行こうぜ!俺が、銛で魚を突いてやるから!」

「で、でも兄ちゃん・・・・・・」

 言い淀むブリュックの手を、エドが強引に引っ張って横道に入っていく。

 ブリュックも、アンナマリーも、ダンを心配しているようだったが、それが今のダンにはとても惨めに思える。

「いいよ。2人とも、行ってきなよ・・・・・・」

 ダンは力なく呟く。

「ネルケはどうする?」

 エドが尋ねると、ネルケは首を振った。

「あたしはパス。海に落ちたくないし、父ちゃんの手伝いがあるしね」

 ネルケは泳げないので、海での遊びには、極力参加したがらない。ついでに言えば、ダンも泳げない。

「じゃあ、レオンでも誘って行くか」

 エドは、ブリュックと、アンナマリーを連れて行ってしまった。

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