第4節 黄金剛石の指輪


 教室から騎士棟に向かうアレンのすぐ隣には、教室でアレンをまじまじと見つめていた紅蓮の瞳の少年――レオナルド・ブラウンがいた。


 彼はなにがそんなに嬉しいのか分からないが、短く切られた焦げ茶の髪を揺らしながら、人懐こい笑みでアレンの横を歩いている。アレンがちらりと彼の方に視線を向けると、その視線に気付いて目を合わせてきた。

「アレン、騎士棟同士よろしくな!」

 レオナルドは爽やかな笑顔をこちらに向けてくる。

 初対面とは思えない親しさで話し掛けてくるレオナルドに、アレンは戸惑いと警戒心を抱きながらも、顔に笑顔を貼り付ける。

「こちらこそよろしくお願いします。レオナルド君」

「アレンは堅苦しいなあ、もっと砕けて喋ろうぜ。あと、俺の事はレオって呼んでくれ」

「……えっと、じゃあよろしく。レオ」

 アレンの口調の変化にレオナルドは満足げにうんうんと頷く。

 何だか彼のペースに飲まれている気がすると思いながらもアレンはあまり抵抗する気が起きなかった。彼の人懐っこい笑みのせいだろうか。

「寮でちらっと見かけたときから、アレンのことが気になってたんだよ。こいつは絶対できる奴だって。……まあ、食堂では生徒会長たちといつも一緒にいたから話しかけられなかったんだけどさ。だからやっと今日話しかけられて嬉しいんだ」

 アレンはレオの言葉に首を傾げる。

「……? 生徒会長たちと一緒だと何かまずいのか」

 純粋な疑問を投げかけると、レオは視線を斜めに投げかけながらポリポリと頬を掻く。

「いやーほら俺、留年してるって言っただろ。そのときに色々あって気まずいというかなんというか……」

「あんまりそういうこと気にしなさそうなのに、意外と気にするんだな」

「ああ、まあその通りなんだけど、あの人たちはちょっと『特別』というか、なんというか……」

 はは、とレオは歯切れ悪く答える。

 そして「それはさておき」と露骨に話題を変える。

「アレンの剣術見るの楽しみだなー。早く実技の授業始まんねーかなー」

 レオは今度は上機嫌にアレンの腰元を見つめる。そこには剣を帯びていないが、レオはまるでそれが見えているようだった。

 アレンもそれにつられて思わず剣を軽く振る仕草をしながら、レオに答える。

「隠してもしょうがないから言うけど、俺は魔法がほとんど使えないから、ただの剣術だし、そんなに面白いものじゃないと思うけど」


 現代において、剣術で名を馳せている者のほとんどが魔術を併用している。

 百年前の東大陸と西大陸の間で起こった大戦でも、通常の武器に加えて魔法と魔術が使用された。

 その結果、大戦は世界に多大なる被害を与えた。それは歴史上、最悪なレベルだったという。


 その時代から今に至るまで、剣術に限らずあらゆる武術に魔法や魔術を併用する技術は世界に浸透している。

 しかし、それは魔力をほとんど持たないアレンには使用することができない。

 レオの期待を裏切るようで申し訳ないなと思う。

 ――しかし、想像を裏切ったのはレオの方だった。

「それはますますに気になってきたな!」

 レオはなぜかますます瞳を輝かせ、前のめりでアレンの顔を覗き込んできた。

「――え、何だ?」

 レオのあまりの勢いにアレンは思わず上半身をのけぞる。

「だって、それって純粋な剣の腕でこの学院に入学できたってことだろう」

「ああ、……まあそうなるのかな?」

 気圧されながらもアレンは答える。

「それって凄いことだぞ! アレンは凄いんだなー! 想像以上だな。いやーますます気になってきた!」

 一人で大いに盛り上がるレオを見て、アレンはぽかんとする。

 しかし、そのあまりの喜びようにアレンは可笑しさが込み上げてきた。

「ふっ……はははは」

 アレンは口に拳を当て、必死に笑いをこらえようとする。

「アレン?」

「……レオはなんだか物語の主人公みたいな奴だな」

 アレンは可笑しさのあまり滲んできた涙を拭きながらレオを見やる。

 すると、レオは驚きながらもなぜか耳を赤らめていた。

「な、なに言ってんだ!?」

「いや、レオはすごい良いヤツだなって」

 あまりの肩透かし感に、まだ笑いが込み上げてくる。

「……アレンはなんか恥ずかしいヤツだな」

 レオは今度は顔全体を赤らめながら咳払いをした。


 やっぱりレオは、『真っ直ぐ』だ。

 昔アイリスにせがまれて読んだ、物語の主人公みたいだと思った。

 アレンはレオに対する警戒を自然と解いていた。

 レオはまだ照れくさそうに前髪を触りながらアレンをちらりと横目で見る。

「この学院のやつらは家柄が良い奴らが多いけど、アレンは王子様感出てるよな。品の良さが本物というか、一朝一夕じゃないというか」

「そうか?」

 まあ、名ばかりとはいえ、実際に皇子だからな、とは言わなかった。

「俺は所謂庶民ってやつでなあ、この通り口調が荒いもんでたまにビビられちまうんだよな」

「そうなのか? 年頃の男子なんてそんなもんじゃないのか」

「うーん、やっぱり育ちが良いんだな」

 レオはニコニコしながら何かを納得している。

「まあ、こんなんだけど、まあ仲良くしてくれたら嬉しいよ。俺はアレンにとっては同級生でもあるが、先輩でもあるからな、遠慮せずになんでも聞いてくれよ」

 じゃあ、とアレンは切り出す。

「レオは成績が悪くて留年したのか。市井出身なら、相当成績優秀だと思うんだけど」

 アレンがレオに純粋な疑問を投げかけると、周りからぎょっとした視線が一斉に向けられ驚く。

 聞き耳を立てられている気配は感じていたが、この感じだとこの場にいる騎士棟一年の全員がレオとアレンの会話に注意を向けていたようだ。

「お前、きれいな顔して結構どぎついこと言うのな」

 アレンは質問を間違えたかと反省したが、レオは気にした素振りは見せずに、「にっ」と歯を見せて笑った。

「まあいいや。成績というよりもちょっと揉め事を起こして停学になったせいで出席日数が足りなくなったんだよ」

「出席日数か……。アイリス大丈夫かな」

 アレンはすぐに寝込む妹を思い浮かべる。

「アレンは妹のことばっか考えてるんだな」

 レオはからかい交じりに言うが、アレンは気にしない。

「まあ、妹だしなあ」

「否定しないのか……。それがあんまり普通じゃないんだけどなー」

 レオはなぜか苦笑いしているが、アレンにはそれがどうしてか分からなかった。

 教室での自己紹介の時みたいにエスコートをしている訳ではないのに。

 ――やっぱり、難しいな。

 アレンは頬をぽりぽりと掻く。

 しかし、こういう他愛もないやり取りを『楽しい』と思い始めていた。





    ◇ ◇ ◇





 それからアレンとレオの二人は他愛もない話をしながら歩き、いつの間にか騎士棟の入口に着いていた。


 背の高い白い棟の入口は、二人の背よりも遥か高く重厚な金の装飾が施された扉だった。その扉を通ると、入口の扉と比べるとシンプルな石造りの内装が現れる。

 正面にある大きな螺旋階段には赤絨毯が敷かれており、塔の頂に向かう所々に扉がある。

 壁にはタペストリーのようなもの以外に派手な装飾はほとんどないが、窓だけは凝ったステンドグラスがはめられており、内部は明るかった。


 アレンは案内に従って部屋の中央に向かう。

 その部屋の中央でしばらく待っていると新入生の前に壮年の男性が進み出た。

 その男性は青灰色の髪をオールバックにしており、細身の長身で優しい雰囲気と同時に厳しさを纏っていた。

「私は騎士棟の責任者を務めている騎士棟教師のレイン・ワーグナーだ。諸君、入学おめでとう。そして騎士棟へようこそ」

 音の低い語り口調はゆったりとしていて、でも良く響く声だった。

「これから諸君らにサンクチュアーリオ学院生および騎士棟生の証であるイエローダイアモンドの指輪を授与する。名を呼ぶので順番に前に来るように」

 レインが呼びかけると、助手と思われる若い男性が指輪を収めた箱を彼に差し出した。

 そうして順番に学生たちが呼ばれ、指輪を受け取っていく。

 そしてついにアレンの番がきた。

「アレン・ロードナイト君、前へ」

「はい」

 アレンが前に進み出るとレイン・ワーグナーはアレンをじっと見つめる。


 アレンはそれまで指輪を受け取って来た学院生たちに倣って、軽く膝を曲げて両手を差し出して指輪を受け取る。

 そしてそれをそのまま左手の中指に嵌めると、アレンの指にぴったりと合うように白金で出来た輪が縮まった。

 レインはその様子を見て、ふむと頷く。

「『装飾なし』か。君は『本物の剣の使い手』のようだな」

 アレンの指に嵌められた指輪は、澄んだ大粒のイエローダイアモンドの魔石が中央にはめ込まれている以外は、滑らかな銀色の輪だった。

 レインの呟きはアレンにしか聞こえない声で、独り言なのかアレンに語り掛けているのか判別がつかなかった。

 アレンはレインを見つめ返すが、それらしい反応はなかった。

 最後に、「精進したまえ」と言われ、アレンは礼を述べると元の場所に戻った。

 レオは指輪の授与はなかったが、授与式の最後にレインに「レオナルド・ブラウンも引き続き精進したまえ」と声を掛けられていた。


 全員に指輪が行き渡ると、今度は何本もの剣が運び込まれてくる。

 その中にはアレンが学院に来た際に預けた、良く見知った鞘と鍔の剣があった。

「今、この時から諸君らは学院内での帯剣を許可される。刃を常に持ち歩く意味を良く考え、思慮深く行動するように」 

 アレンは剣を部屋に運んできた男性の一人から長剣を受け取り、腰に下げる。

 久しぶりに身に付けた愛刀は、少しだけ重く感じた。

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