第2章 双子の能力
第1節 学院の白鳥たち
――――サンクチュアーリオ学院 『新人戦』。
それは研究棟、魔術棟、騎士棟の三棟対抗戦である――――
それは百年近くの歴史を持つサンクチュアーリオ学院の創立以来続く伝統行事であり、毎年恒例の行事である。
行事とは言えど、その実は一年生から三年生の全学院生が参加する学院生たちの実力を測るための試験だ。
試験後に新入生の歓迎会を兼ねた懇親会が行われることから、いつからか学院生が『新人戦』と呼ぶようになり、いつの間にか学院側もその通称を使用するようになった。
学院の歴史の始まりは研究棟だった。
研究棟が教育機関として機能し始めると、しばらくの後に魔術棟が加わり、最後に騎士棟が加わり、今の三棟・三科制になった。
それ故に三棟対抗戦になったのも学院が創立して暫く経ってからのことであり、新人戦も開始当初とは随分と形も変わっている。
新人戦のかつての正式名称である「秋期総合考査」という堅苦しい名前も使用されなくなって久しい。
最近では収穫祭の期間とひと月にも及ぶ試験期間が被ること、学院内が一種の祭りのような雰囲気が漂うこと、優秀な人材が発掘されることを掛けて、『学院収穫祭』と呼ぶ人間も中には居る。
◇ ◇ ◇
生徒会の副会長でもあり、魔術棟三年生首席であるシン・クロウリーは学院生――特に新入生に向けて新人戦の説明を始める。
広い大講堂内に決して大きいわけではないのに、良く通る声が響く。
シンはその声に意図的に魔力を乗せている。乗せているのは僅かばかりの魔力だが、それをすることで聴く人の意識は彼に集中しやすくなる。
音楽や演劇などの演者の中にはこの魔法を自然と使っている人間も多い。
それは古い魔術の一種で、人前に立つ人間が無意識的・意識的に関わらず使用してきた歴史があることからも、良く知られた魔法でもある。
生徒会長のクラーラも人前で話すときに
秀才の一面に加え、そういう直感的な部分も無理矢理にでも自分の力として使いこなせるのが、クラーラが騎士棟首席であるだけでなく、学院首席たる所以である。
この学院では、学術・魔術・武術のどれか一芸に秀でているだけでは、学院首席どころか各棟の首席にはなれない。
才能に恵まれたクラーラやシンでさえ、血の滲むような努力をして今の場所にいる。
この学院はこの中央中立地域の雰囲気そのままに『自由』だが、その『自由』をどう使うのかは本人次第だ。
シンは新入生が座る一角を見つめる。
――この中で一体何人がその本気の努力を続けられるだろうか。
シンは魔術具を使って空中に投影させた図を見せながら、新人戦の説明を淡々と進めていく。
「新人戦は全員参加の『個人戦』、そして所属棟毎に代表者を選んで行う『団体戦』があります。秋期試験としての評価は基本的には個人戦の結果が反映されます。ただし、サンクチュアーリオ学院の前期および後期の試験では、研究棟・魔術棟・騎士棟の三棟から優勝の棟を決めます。個人戦および団体戦の結果から合計点を競い合い、トップだった棟には毎年学院から褒美が与えられます。何を与えられるかは新人戦後の表彰式で発表されます」
シンは学院生の表情を覗き見る。
一部を除いた学院生はワクワクとした表情をしていた。なんだろうと首を傾げているのは、決まって編入組だった。
「個人戦も団体戦もそれぞれの棟が準備した試験内容、つまり三棟三種目を実施します。その合計点で優勝を決定しますので、それぞれの棟が優勝するのに不利になりにくいようにしています」
全員が投影された図を確認し終わるまで、シンは短い沈黙の時間を設けた。
そして続ける。
「個人戦、団体戦それぞれの種目は現在学院側で検討中とのことですが、後日発表されますのでそれまでお待ち下さい」
シン自身もこの場で説明役を担わされているが、運営側の人間ではなく参加する側であるため試験内容については他の学院生たちと同じタイミングで知らされる。
シンたち生徒会が本来担うのは、試験内容を知り得ないような雑務だけだ。
本来であればこの説明も学院長もしくは副学院長からされるはずであったが、予想通りの無茶ぶりでクラーラとシンで取り仕切らされている。
そもそも入学式の準備以外にもこの件で詳しいことが全然分からない中、各所への招待状送付等の学院内外との諸手続をやらざるを得なくなった休暇中のことが恨めしい。
信用されているのか面倒事を押し付けられているのか分からないが、他の教師陣も「あとはよろしく」的な態度だ。
――準備に関しては学院教師陣の中でも若手に分類されるジェダイト先生は大分巻き込んでしまったが。
シンは思わず長い溜息を吐きそうになるが、ぐっと堪え説明を続ける。
「個人戦・団体戦ともに各種目毎では各人の得手不得手による有利不利はもちろんありますが、本来不利な競技で勝利することで優勝に近付きます。団体戦は三種目に四名ずつの参加とし、各棟で計十二名を選出していただきます。なお、複数種目への登録は禁止となりますが、補欠選手を正規選手に加えて二名を登録することが可能です。要項に従って上手くこの枠を使ってください」
十二名の正規選手と二名の補欠選手。計十四名の選手の選定が新人戦が始まるまでの大きな流れになる。
団体戦の選手選出は、魔術棟首席のシンにとってもかなりの重要事項だ。何せ魔術棟の棟代表の最終決定権はシンが持っているのだ。
「団体戦の参加者登録は新人戦開催の一月前まで、つまり二か月後となります。各棟は良く吟味して代表者を選出してください」
団体戦に関しては二年生と三年生が中心とはなるが、次年度以降の事も考えて一年生も選出する必要がある。
シン自身も優秀な人材は何人か目星はつけているが、よく吟味しなくてはならない。
私情も入り混じるが、一通りの説明が終わったため、シンは場を締めた。
「簡単ですが、以上で新人戦についての説明を終了とします。では、最後に生徒会長から一言」
シンは場を再びクラーラに預ける。
クラーラは一つ頷きそれを預かった。
「勝敗はもちろんですが、皆様が皆様自身と向き合う良い機会となります。是非、皆で有意義な戦いといたしましょう」
クラーラは蜂蜜色の髪を傾がせるとシンと共に壇上から降り、司会者に引き継いだ。
「それではこれにてサンクチュアーリオ学院入学式を閉会いたします。学院生は各教室に行き、
学院生は三年生から順番に大講堂から教室へと移動していく。
少しだけ浮足立った空気が学院内を包んでいた。
◇ ◇ ◇
蜂蜜色と濡羽色が隣り合わせで一仕事を終えた後のお互いを労った。
「私たち、ちゃんと格好いい先輩になれているかしら」
「どうだかな」
大講堂に最後に残ったクラーラとシンは顔を見合わせて溜息を吐いた後、三年生の教室に向かっていった。
白鳥たちはいつも水面下では脚をバタつかせている。しかし、それを知る者は少ない。
◇ ◇ ◇
入学式が終わり、教室に向かう一年生の列の最後尾。アレンと共に歩くアイリスは、吸い寄せられるように白茶色の髪の少女に近付いていた。
アイリスたちと同じく、列の後方を一人で歩く彼女にアイリスは勇気を出して声を掛ける。
「
アイリスにとっては同い年の女の子に自分から話しかけるのは初めてのことだ。緊張して声が震えているのが自分でも分かった。
呼びかけた先にいる彼女はゆるりとした動作でこちらを振り返る。
その仕草はまるでお人形さんのようで、とても愛らしいとアイリスは思った。
彼女の横に並ぶと列から離れないように歩を進めながら、アイリスは気になる少女に控えめな声で一生懸命に話しかける。
「はじめまして、
アイリスはアレンのことも紹介する。アレンは妹の珍しい行動に驚いているのか、邪魔をしないようにしているのか、はたまた面白がっているのか、言葉は発さず小さく会釈をするのに留めていた。
少女はアレンとアイリスを交互に見る。
二人の顔を見終わった彼女は、春の日差しのような緩やかな笑みを浮かべていた。
その翠色の瞳は入学式のときとは打って変わり、柔らかな光を灯したように澄んだ輝きを放っていた。
アイリスは、やはり目の前の彼女のことを『凪いだ海』のようだと思った。
「はじめまして、私は雛姫・
雛姫は小さく頭を下げる。
アイリスは自分よりも少しだけ低い位置に来る雛姫の小さな頭を見て、小動物を見た時のような
雛姫に対して感じる不思議な感情に自然と言葉も逸る。
「あのあの、雛姫さんはジェダイト先生の妹さんで間違いないでしょうか」
アイリスが
よく見ると雅治と少しだけ似ている顔が再び上がるとアイリスは挨拶を続ける。
「寮では雛姫さんのお隣の部屋に住まわせていただいております。ご挨拶が遅れてしまいました。色々とご迷惑をお掛けすることもあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
アイリスが頭を下げると、雛姫は胸の前で手を横に振りながら、プルプルと小さく
「とんでもないです。実は私、家の都合で今朝帰って来たばかりでまだ寮にはいなかったんです」
雛姫は新入生代表の挨拶のときよりも優しさの色が乗った声音の丁寧な口調だった。
身振り手振りは、最初の静かな印象よりも年相応さを感じさせた。
「それと、雅治兄さんからアイリスさんとアレンさんの話は聞いています。西大陸出身の優秀な兄妹がクラスに来ると言っていました」
雛姫の言葉にアイリスは恐縮する。
「そんな、優秀だなんて。私たち、分からないことばかりなんです」
言葉通り、アイリスとアレンは本当に分からないことばかりだった。
休暇中にも多くの驚きがあり、自分たちの世界が本当に狭かったことを改めて感じさせられた。
雛姫は雅治から、アイリスが隣の部屋だということを聞いていたと説明してくれる。
色々と雅治には気を遣ってもらっていて、申し訳ない気持ちと有難い気持ちが湧く。
アイリスがぺこぺことしていると、雛姫は人懐こい笑みでアイリスとアレンを順番に見つめた。
「お二人とも仲良くしてくださいね」
「「はい、是非よろしくお願いいたします」」
アイリスとアレンは声を合わせて返事した。
雛姫は笑顔で答えつつ、すっと空気を吸うような仕草をすると、「はっ」としてアイリスに
そして小さく呟いた。
「――こんなことなら、もっと早く戻ってくればよかった」
そして、唐突にアイリスの腕にふわりと抱きついた。
「とても心地の良い魔力の波長。こんなのはじめて……」
雛姫が恍惚とした表情ですりすりとアイリスの肩口に顔を寄せる。
気付けば教室にたどり着いていたが、周りはアイリスたちを遠巻きに見ており、雛姫がアイリスの腕に頬ずりする音以外はしんと静まり返っていた。
アレンは困ったような、慌てているような微妙な顔をしているものの、対処の仕方が分からないのか硬直して動けなくなっていた。
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