第3節 白亜の学院
荘厳なアーチの門をくぐれば、そこはもうサンクチュアーリオ学院の敷地内だ。
門の周りは凝った意匠の高い柵に囲われており、その周囲には新緑と深緑の交わった森が広がっている。
門から学院に真っ直ぐに伸びる煉瓦路を馬車に乗ったまま進んでいくと、やがて学院の三方を囲んでいる森を背景にして、白亜の建物が見えてくる。
一番大きなドーム状の建物とその周りを囲むように高い棟が三棟そびえ立っている。
その三つの棟が、学院の生徒がそれぞれ所属する三つの学科の建物だ。
――学術を学ぶ『研究棟』
――魔法・魔術を学ぶ『魔術棟』
――体術や剣術を学ぶ『騎士棟』
三棟で共通科目の授業は基本的にこの『天球』で受けるそうだ。
一年生は天球棟で受ける授業が多く、最終学年の三年生になるとそれぞれの棟で各専門科目を受けることが多くなるそうだ。
それぞれが属する棟は入学の段階で決められているが、適正によっては二年生に上がるときに変更することも可能らしい。
また、他の棟の授業も選択できるそうだ。
アレンは『騎士棟』、アイリスは『魔術棟』に所属することになっている。
雅治は魔術棟出身の魔術教師で、双子の担任教師になることが決まっていることを告げられたが、二人はいまいちピンとこなかった。
双子はこれまで家庭教師に勉学を教わってきており、学校というものに通うのは初めてのことである。
だから『担任教師』という概念がいまいち分からない。
二人が全く同じ困った顔になると雅治は察したように付け加えた。
「学院内で困ったことがあって、相談相手が分からない時に相談する相手のようなものでしょうか」
人差し指をピンと立てながら雅治は説明する。そして、うーんと唸った後にもう一言を付け加えた。
「あとは学院内の決まり事や連絡事項を伝える窓口ですかね」
その説明を聞き、アレンとアイリスは自分たちが知る限りの知識を総動員した。
そして思い浮かべたのは、マーレ皇国で父の傍に控えていた侍従長、そして自分たちの世話をしてくれていた
双子は顔を見合わせる。
「「良く分かりました。ありがとうございます」」
満面の笑みで双子は雅治にお礼を伝える。
教師に対して「侍従」や「メイド」と言うのは違う気がしたので、思い浮かべた答えは、口には出さないことを目配せで決めた。
それぞれの棟や
学院の学生は中央中立地域出身の者が半分を占めるが、アレンやアイリスのような西大陸出身の者もいれば、東大陸出身の者もいること。
要人の子息令嬢がほとんどであるが、成績優秀な一般人も在学していること。
そしてこの地に来る前にも聞かされた学院内の護るべき規則について改めて教わる。
――出身や身分に関係なく互いに接すること
――互いを尊重すること
そんな説明を受けている内に、広い煉瓦路は終わり馬車が乗合所のような場所に到着する。
御者によって扉が開かれ、双子は馬車を降りた。
そのまま視線を上げると、白亜の
◇ ◇ ◇
馬車が去り、メイド服を着た女性と執事服を着た男性が二人の荷物を寮まで運んでいく。
好奇心旺盛な瞳で辺りを見渡していると、寮に向かう前に雅治が学院内を簡単に案内してくれると言うので、二人はその厚意に甘えることにした。
ダニエルとイザベルは周りに視線を配りながら、少し離れた位置から静かについてきている。
二人を警護しながらも、この敷地の地理を頭の中に叩き込んでいるのだろう。
雅治がゆっくりと歩き始めてから少しすると、アイリスがウズウズしたように質問を始める。
「ところであの馬車、すごい防御魔術でしたね。ジェダイト先生が組んだのでしょうか」
魔力の弱いアレンには分からなかったが、先ほどまで乗っていた馬車には魔術がかかっていたらしい。
アイリスは両手を胸の前で握り、興奮気味に身を乗り出して雅治に答えを促す。
アレンは妹の襟首を、母猫のように少し掴んで引き戻した。
「……よく私の魔術だとお分かりになりましたね」
感心したように雅治が言う。
「ぼんやりとですが、先生と同じ色が見えました」
アイリスは馬車が去った方向を見ながらも、ここではないどこか遠くを見つめる。いつも思うが、一体どんな景色を見ているのだろうか。
「あれほどの強度と精度、どうやったら作り込めるんでしょうか。もっともっと勉強しないとです」
アイリスは何か決意したような顔で頷く。
「……いえいえ、私の方が逆に驚かされましたよ」
言葉通り、雅治は目を見開いて驚いていた。そして優しげな栗色の瞳を細めて微笑んだ。
「アイリス様は私の妹と話が合うかもしれませんね」
雅治の言葉にアイリスはぱっと喜色を浮かべる。
「先生には妹さんがいらっしゃるのですね」
「ええ、両殿下と同じく今年高等部に入学するんですよ。中等部もこの学院でしたが、今はまだ休暇中ですので実家にいますよ」
「寮の部屋もアイリス様の隣ですよ」
雅治が付け加えるように言うと、アイリスは頬を上気させる。
「わあ、早くお会いしたいです」
アイリスには同年代の女の子の友達がいないので、女友達というものに憧れがあるのだろう。
子供の頃によく人形遊びに付き合わされたことをアレンは思い出す。
護衛のダニエルも過去に女の子の遊びに付き合わされたことを思い出したのだろうか、一瞬微妙な顔をしたのと、それを見咎めたイザベルに肘鉄を食らわせられたのをアレンは見逃さなかった。
二人の男性の微妙な心境は置き去りに雅治とアイリスの会話は続く。
「あ、ちなみにあまりないとは思いますが、本気になったあの子とは滅多なことで闘わない方が良いですよ」
雅治は急に真剣な顔になって忠告を始める。
「どうしてでしょうか」
アイリスは不思議そうな顔をして先を促す。
「強いんです。……もの凄く」
雅治は真剣さに少しの憂いを帯びさせる。
アレンは『強い』という言葉にぴくりと反応し、思わず割り込む。
「……強いとは」
アレンの問いかけに、雅治が遠い目でゆっくりと頷いた。
「あの子の学院での通り名のひとつは『化け物』なんです」
「「『化け物』?」」
アレンとアイリスは固唾を呑んで次の言葉を待つ。
通り名の
「簡単にいうと、本気で闘ったら下手をすれば殺されます」
まるで実体験を語るように雅治は断言する。
「そんなわけで、色々あって、妹は実技の授業で本気を出すことを禁止されているんです」
雅治はこの暖かい日にありえない身震いをして言う。
アレンは『強い』という情報に心躍ったが、それ以上はなんだか聞いてはいけない気がした。
アイリスにも袖を引かれ、首をぶんぶんと横に振られたので、アレンはそれ以上は追求しないことにした。
雅治もそれ以上深くは語らず、「流石に殿下方相手にそのようなことはしないとは思いますが」とだけ残した。
雅治は気を取り直したように、懐中時計を見る。
「では両殿下、次に参りましょうか」
雅治は双子に背を向けて再び歩き出す。
その背後でアレンが悪い顔をして笑うと、アイリスも顔を見合わせてにっこりとする。
「「ところで先生」」
雅治が振り返る。
「「学院内は身分は関係ないんですよね」」
双子はいたずらっ子のように首を傾げて尋ねた。
雅治はふっと笑うと、わざとらしく咳ばらいをする。そして優しい教師の顔に戻った。
「そうでしたね。アレンさん、アイリスさん」
双子はうんうんと満足そうに頷く。
雅治が普段から誰に対しても敬語だというのを双子は察する。
見た目通りの「優しい人」なんだと、そう思った。
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