第3話
「おい、どうした」
「いえ、何でもないですよ」
いつも通りの笑顔……ではなかった。よく見れば、ヤツの顔はいつもより蒼白で、笑顔も無理やり作っているようだ。
「テメエ、人の看病なんかしてる場合か! 自分が体調悪いんじゃねえか!」
かけられた布団から飛び出して、背を丸めているヤツの顔を覗きこむ。うわ、睫毛長え。
「あの、ホントにたいしたことない、んですけど、タライかビニル袋あります?」
「吐きそうなんじゃねーか!」
とりあえずヤツを風呂場に連行する。
「おら、吐けるなら吐いちまえ」
「え、人前で吐くの恥ずかしい……」
「俺だってお前のゲロなんざ見たくねえわ! 背中さすってやるだけだから安心しろや」
「え、いや、一人でだいじょ、あ、ヤバい!」
いつもまっすぐに伸ばしている背を丸めて、苦しそうな呻き声をあげる。俺だって他人のゲロなんて見たくないので、ヤツの背をさすりながらなんとなく壁の方を向く。こんな風に弱っているコイツを見るのは初めてで、案外人間と変わらないように見えるんだなと思った。
「おい、落ち着いたか?」
「はい、ありがとうございます……」
弱々しい声で答えるヤツの顔を見ると。なんだかすごく見覚えのある薄赤色の花びらが、ヤツの口元に、洗面所に散らばっていた
「……え?」
『菌をもっている人と粘膜接触すると、その人と同じ花を吐く性病だよ』
医者の言葉が脳裏によみがえる。
「迷惑かけてしまってすみません。結局お世話になってしまって」
「…………おい」
「ちゃんと綺麗に掃除します。吐いたら、だいぶすっきりしました」
「お前、俺にナニかした…………?」
俺の問いかけに、ヤツはきょとんとしている。
そうだよな、流石にそんな……。
「ナニかって……この間おうちにお邪魔したとにテツオさんが寝ている間に舌をつまみ食いしようとしたくらいですが」
「つまみぐい……? おい、それどうやって」
「どうって、いつも通り、じゅる、って感じですよ」
「オラァ!」
俺は、ヤツの腹を思いっきり蹴飛ばした。
さすがに抵抗できなかったヤツが、どうと倒れる。
「いきなり何するんですか!」
「こっちのセリフなんですけど! やってくれたなテメエ!」
「えっ、どういうことですか」
「お前が! 吐いた花と同じ花吐いたの! 昨日から!」
「……あっ」
「あっ、じゃねーわ! 帰れ!」
風呂場から蹴り出して玄関に押し出そうとすると、ヤツが抵抗して踏ん張ってくる。
「ちょっと待ってくださいテツオさん。あのですね、人間の舌って男女関係なく脂肪があっておいしいんですよ」
「だから何」
「テツオさん、身体の肉は不味そうですけど、舌はどんな味がするのかなって、好奇心が疼いてしまったんです。いやぁ、でもひとなめしただけでも味は最悪でしたよ。テツオさん煙草やめた方が良いと思いますよ。」
「イヤだね! タバコのお陰で命拾いしたわ! 一生吸い続けるぜ俺は! たとえタバコのせいで病気になったとしてもお前に食い殺されるよりマシだわ! っていつか、なんでちょっと上から目線で説教してんだよ。オラ帰れ帰れ! 俺と同じならそのうち熱が出るからざまーみろ!」
「あっ熱は一昨日に出ました」
「うるせえ!!」
俺は気合いでヤツを玄関外まで押し出し、思いっきり扉を閉めて鍵をかけてやった。ドアチェーンも忘れずにかけた。ヤツがどうやって舌を味見したのか詳しくは考えないことにする!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます