嵐の襲来 フェイブル視点

お茶会から数週間が経ち出来上がった注文の品をジーンに頼み黒薔薇の館へと届けた。


カートイット家の情報網を用いてハオスワタ侯爵家の注文履歴を確認した結果、ルビーを用いた装飾品は他の侯爵家並の注文があり、レッドアンバーに至ってはほとんど注文が無かった。逆にガーネットを用いた装飾品に関しては不定期であるが他のものとは比較にならない数の注文があった。

とりあえずノミンシナが茶会で嘘をついていたことははっきりしたが、理由は分からないままだ。ノミンシナがガーネットやレッドアンバーを用いるのには何か特別な理由があるのかも知れない。

ノミンシナに祝福の意味を込めてデザインするように言われたガーネットの首飾りは結局はそれとは真逆のものになった。

何度デザインし直そうとしても私の頑固な心がそれを許さなかった。

翌日にはガーネットの首飾りに本当に祝福の意味があるのかも怪しいものだと思いデザインを考え直すという不毛な行為はやめにした。

ただ、出来上がった首飾りを見てもデザイン本来の意図など誰にもわからないだろう。

クロウがあの日のことを覚えているならもしかしたら……。


「フェイブル様。間違いなくお届けして参りました。レッドアンバーの装飾品に関してはご満足された上で支払い頂きました。……ガーネットの装飾品に関しては、わざわざ用意した贈り物を直接お渡し出来ないフェイブル様の為にノミンシナ様がクロウゼス様にお渡しし、少しでも心象が良くなるように取り成してあげるから心配なさらないように。ただご自分の保身のために愛し合う恋人達の関係に水を差すような行為は今回限りに。ということでございました。そう仰られましたので請求はいたしませんでした。私がそう判断し勝手に行動させて頂いたので、装飾品の請求費用は私が収めたく存じます」


ジーンの淡々とした報告であるのに、目の前でノミンシナが話しているように錯覚する。虚実の多さに現実が曖昧になり私の記憶の方が間違っているようにさえ思えてしまう。

彼女が欲して私が苦しく用意したものが、私が強硬に押し付け彼女が苦しく受け取る状況に変化している。

真実や誠実さを大切にしてきた。でもそれは奢りだった。大切にしてこれたのは真実を尊重してもらえる世界にいたからだ。

一人では証明できない真実の脆さに愕然とする。


「……ジーンありがとう。貴方は私がそうして欲しいと願う判断をしてくれたわ。支払いの必要はありません。ただ、今回の件の真実を忘れないでいてちょうだい。貴方だけでも知っていてくれるなら私は救われるわ。あなたにお願いして良かった」

「フェイブル様勿体ないお言葉です。今回のことを忘れることは決してございません。……新しいお茶をお入れいたしますね」


ジーンの入れたお茶を口にし自身の体温が下がっていた事に気付いた。


社交シーズンも中盤が過ぎ父が一度帰領するのに合わせて来週は両親とともに領地で待つ妹へのお土産を買いに街に出かける。いつもなら二人でデートする機会を大切にする両親がこのところずっと私を優先していることは気付いていた。

お茶を飲み終える頃には自身の吐く息が暖かく感じれるようになった。



昨夜の衝撃からまだ立ち直れていない自身の気持ちを反映するかのように、朝かろうじて保っていた空は今はもう黒い雲が立ち込め土砂降りで遠くには雷鳴も聞こえる。

空が私の代わりに泣いてくれるのならばと、無心に仕事に取り組む。

側仕えとして主体的に動くのはヨークであり、私の本業はあくまで家庭教師だ。つまり男性のヨークが側仕えとして仕えることができる王族が私達の主となる。また現在、王宮で家庭教師を必要としてる人物は齢七歳のノイハ殿下ただ一人だ。ノイハ殿下の衣装部屋で私は装飾品のヨークは衣装の点検整理を行っていた。


「フェイブルちゃん……」

「うん?何か補修が必要なものでもあったの?」

「違うよ。フェイブルちゃん根詰め過ぎだよ~休憩も取ってないし、少し休むよ!」

「……ありがとうヨーク。少し休みましょうか」


衣装部屋を施錠し、側仕えの控え室に向かう。中庭に面した廊下に差し掛かり空を見上げると、先程よりも雷の音が強く轟、雨もさらに激しさを増していた。


ボフッ!!とドレスが音を立てると同時にかなりの衝撃を腰に受けた。下に目をやると泥で真っ黒な何かがしがみついていた。


「えっ……」

「フェイブルちゃん!!大丈夫!?」

「ええ……」


稲光の中泥まみれの髪にわずかにモスグリーンの色が覗く、そして何より王宮内に子どもはただ一人しか存在しない。この方は……と思った瞬間、ドレスに押し付けていた顔を離し好奇心でキラキラに輝く翠の瞳を見せた。


「あなたは誰?僕初めて見たんだけどここで何してるの?」


ヨークに目配せすると、すぐに察知し来た道を駆けていった。

腰に回された両腕は緩む気配がないため、その状態のまま答えることにした。


「初めてお目にかかります。フェイブル・カートイットと申します。こちらでは王宮家庭教師の見習いをさせて頂いております。ノイハ殿下」

「あ!僕のこと知ってるんだね!さっきさぁ……」


そう答えた殿下の声を遮るように甲高い声が鳴り響く。


「フェイブル!!その汚らしい子はフェイブルの知り合いですの!?見てくださいませ!私のこのドレス!どうしてくれますの!?……もしや自分が愛されないからって八つ当た……」

「うるさいな!!フェイブルこの女なんなの?僕、さっきこの女に突き飛ばされたんだけど」

「この女!?」


「「殿下!!!」」


すでに混沌を極めた状況に、怒りでびしょ濡れの全身を蒸発させながら息を切らし現れた双子の怒号が響く。雷の音など、もはや気にならない。

クロウの従兄であり準王族でもある二人にお目にかかるのは今はもう意味をなさないクロウとの婚約式以来だ。王宮にいる限りいつかはお会いするとは思っていたが、まさかこのような……

二人を連れてきてくれたであろうヨークは私に風呂の支度をしてくると身振り手振りで伝えると場から華麗に離脱していってしまった。


「……げっ」

と王族に有るまじき声を発しながらさらに殿下は私にしがみつき、その横で「で、殿下?……」とアイリーンは顔を真っ青にしていた。


「この糞ガキ!こんな天気の時くらい大人しくしてられないのかよ!?真っ黒になりやがって!とりあえずカートイット嬢から離れろ!」

「やだー!!フェイブルが遊んでくれると約束するまで離れない!!」

「いいから離れろ!!」


エルゴ様とノイハ殿下が言い合う中、キエナ様が冷気を伴った笑顔をアイリーンに向けた。


「で、君はいつまでここにいるの?王子への不敬罪で牢にぶち込もうか?」

「ひぃ……いえ失礼させて頂きます!!……でも、不敬罪って、あっちの男の方が……」

「ああ、準王族に対する不敬罪のほうがいいのか」

「……準王族!!!申し訳ございません!!」


そういって一目散で逃げていくアイリーンを見ながら「……さっさと追い出すか」と呟く声が聞こえる。そう言えばアイリーンのペアはどこに居るのだろうと今必要のない疑問が頭をかすめる。


「ねえ!フェイブル約束してよ!!」


殿下の声にはっと我に返る。


「私は構いませんが……」

「本当!?やったー!」


喜ぶノイハ殿下が手を離した瞬間エルゴ様がすかさず肩に抱えあげた。


「カートイット嬢すまない。約束の件も今日のお詫びもまた後日。とりあえずこのガキが風邪引かないよう風呂に連れていくわ」


そして、そういうが速いか走り去っていった。


「……殿下は私のどこが気にいったんでしょうか」

「王宮家庭教師が高齢の方ばかりなので、優しそうとでも思ったんでしょう。カートイット嬢のお祖母様のことは秘密にしておいたほうが良さそうだ。今日は本当に申し訳ない。処罰対象者の手続きもあるから私も失礼するよ。ドレスも殿下に弁償させるので、また後日。カートイット嬢も風邪を引かれないように」

「かしこまりました。ええ、風邪なんてひいていられません。ヨークとさらなる体力向上に努めさせて頂きます」

「大変助かります。では」


嵐はさらに強くなり続けていたが、もうそれは私の心を反映していなかった。

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