従兄の本音 クロウゼス視点

デビュタントからひと月程が経った頃、俺の手元にひとつの豪華な小箱といくつかの書簡が届けられた。

小箱の蓋を開ければやり過ぎな程に華美なブローチがある。

何とも趣味の悪い代物だと苦笑してヴァンスに小箱を渡した。

突然決まった婚約だというのに婚約式までの日取りがあまりに短く、教会にまでハオスワタの手が伸びていることが伺える。


今日はノミンシナとの婚約式であり、今は教会の控室で適当に時間を潰しているところだ。

何故か目の前では母方の従兄にあたる双子の兄弟がニヤニヤと意味深に笑い、俺の隣には幼馴染のヨークが仏頂面で座っている。

書簡は帰宅後に目を通すと言ってヴァンスに預け双子に向き合うことにする。


「よく来る気になったな」

「だってなぁ、可愛い従弟の二度目の婚約式だぞ?そりゃ来るだろ!クソみたいな婚約式なら尚更な!」

「未だに城の侍女たちはお前の噂でもちきりだ。侯爵の地位を得るために婚約者を捨てるだなんて薄情な人。でも、そんな冷酷さも素敵よね、だそうだ」

「そのうち公爵の座を狙ってうちの養子になろうとするんじゃないかとまで言われてたな。どうだ、俺たちの弟になるか?」


ニヤニヤと性格の悪さを隠そうともしないのはエルゴ=サノス公爵令息。双子の弟だ。

黒の長髪を気品良く一纏めにし、緑の瞳は人の良さそうな形をしている。

年齢は俺よりも四歳上の十九歳だが、俺の方が背丈が大きいせいで事ある毎に絡まれるのは少なからず鬱陶しいと思わなくもない。

この性格の悪さでも王子の筆頭側仕えだと言うのだから王族に見る目があるのかは甚だ疑問だ。

いや、そもそもサノス公爵家自体が王族だと思えば納得もいく。

とは言え、あらゆる事柄を楽しむ性格なだけであり、サノス公爵家の王家への忠誠心はどの一族よりも高いと言えるだろう。

現在の近衛騎士団長……いや、国王の影武者が彼らの父親である王弟なのだから当然といえば当然だ。


「まぁ、大体のことはこっちも把握してるし、出来る限り力にはなるつもりだよ。お前が傍に居られない分もカートイット嬢を守ってやるから、とりあえずは安心しときなよ」


淡々とヨークの淹れたお茶を飲みながら言うのは黒の短髪にエルゴと全く同じ面立ちと瞳の色をした双子の兄キエナだ。

キエナもまた近衛騎士として王子の護衛任務に就いており、優秀な人物ではある。

こっちはこっちで従兄とは思えないくらい俺と性格が似通っているあたりフェイブルの側に居るという点で最も懸念する人物であることは間違いない。

フェイブルを守ってくれるのは有難いが、あまり近付かないで欲しいと思うのも事実で自然と複雑な表情を作り出してしまうが、それを見てヨークを含む三人が露骨に溜息を吐いた。


「俺も居るしさー。フェイブルちゃんも一先ず元気そうではあるし、クロウはクロウのやらなきゃいけないこと頑張りなよ」

「空元気ではあるかもしれないけどな。まぁ……そのうちカートイット嬢は、お前のことも考えてられない状況になると思うぞ?」

「ヨークもな。野生動物を相手にしなきゃならないんだから体力勝負だぞ」

「その野生動物って何なんだよ!」

「「後のお楽しみだ!!」」


幼い頃から知り合いの三人のやり取りに無意識に笑いが零れ、不意にヨークと目が合った。


「やっと魂が戻った顔になった!」


確かに久しぶりに声を上げて笑った気がする。

まともに動くことを忘れていた頬がぎこちなく引き攣り、それを見たキエナがヨークとヴァンスに真剣な視線を向けた。


「ヨーク、ヴァンス、今から言う事は聞かなかった事にしろ」

「「畏まりました」」

「……クロウ、今回の事は申し訳なく思っている。これは王族と近衛の失態を全てお前に尻拭いさせてると言っても過言ではない。国王陛下はその地位故に頭を下げることは許されないが、代わりに準王族である我らが謝罪の意を示す」


そう言ってキエナは頭を下げ、それにエルゴも続く。

親しい従兄であり、公爵子息であり、王弟の子である準王族の彼らの謝罪を受け入れないというのは本来ならば有り得ない話だろうが俺はそれを拒否した。


「すまないが謝罪は受け入れられない。俺はもうフェイ以外の者に誓いを立てない。それが王族でも神でもだ。騎士の誓いも上辺でしか立てられない。何よりフェイを人質としたことを未来永劫許すことはないと思ってくれ。例え全て丸く収まったとしてもだ」


言い切った俺に頭を上げたキエナは何とも言えない複雑な表情を浮かべて目を伏せた。


「いいんじゃないか。クロウらしくて」


苦笑いしながらエルゴが言い、ヨークは不思議そうに口を挟む。


「フェイブルちゃんと婚約破棄させられたってのは分かるんだけどさ、それこそ拒否できなかったの?てゆか、人質って何?」


経緯を知らなければ、この疑問は最もだと思う。


「王命だ」

「でも、そもそもクロウとフェイブルちゃんの婚約だって国王陛下が認めたものだろ?それを簡単に覆してどうこうするってさ……拒否権くらいあるだろ?」

「……国王陛下は断ればカートイット嬢を人質として隣国に送ると言ったんだ。これらは国王陛下が決め、シャーレッツオ家以外にはサノス家にしか知らされてない」

「は?それ、本気で言ってんの?」


ヨークの驚きと軽蔑の目が二人に向けられている。俺の沈黙を肯定と取り、ヨークの表情に怒りが滲む。


「それで謝罪は受け入れろって?騎士の誓いを立てろって?忠誠を誓えって?不敬罪覚悟で言うけど馬鹿じゃないの?」

「そう、だな……」

「クロウがどれだけフェイブルちゃんを大事にしてきたかエルゴ様もキエナ様も見てきたよね?」


重苦しく頷いた二人は視線を逸らし、ヨークの怒りは留まることを知らない。


「俺、このままクロウとフェイブルちゃんが離れるのを見てるだけでいる気は無いからね?もしもの時は二人を逃がすくらいの算段は付けるからな。エルゴ様とキエナ様には昔から良くして貰ったけどさ、クロウとフェイブルちゃんは大事な幼馴染で親友なんだよ。俺は二人を見捨てるなんて絶対にしないから」


言い切るヨークに続いたのは形式的に謝罪を告げたキエナだ。


「俺も二人を見捨てる気は無いよ。もしハオスワタ侯爵令嬢との婚姻式までに解決出来なければ国外へ逃げられるように手配するつもりではいる」

「余りに酷すぎるというのは俺たちも分かってるんだ。だから、もしもの時は逃がしてやるから……それまでに力は付けておけよ?カートイット嬢を守りきって逃げられるだけの力はな」

「鍛錬を怠るつもりはないよ。でも、フェイに家族を捨てさせるような事はさせたくないんだ。出来る限り足掻いてみせるさ」


冷めきったお茶を眺めて、ふと時計が目に入る。

時間を確認して、そういえばとヨークを見た。


「お前、時間は?大丈夫なのか?」

「へ?」

「出勤前に立ち寄っただけじゃないのか?」

「そうだけ、ど……ああああぁぁぁ!遅刻する!ごめん!行くね!」


その空気の変わり様に苦笑いをしながら慌ただしく走り去るヨークを見送り婚約式の準備に入る。身形をヴァンスとエルゴに整えて貰っていると、ふとエルゴの視線が俺の右耳で止まった。


「お前もキエナと同じ類か」


彼が目にしたのは俺の右耳に開いた無数のピアスホールだろう。

ストレスが溜まるたびに自らの手でニードルを刺すという繰り返される自傷に近い行為をヴァンスに何度も咎められたが、ひとつ以上ピアスホールを空けることは品がないと言われることを知っていても止まることは無かった。

それを聞いて無意識に左耳に触れながらキエナが自嘲の笑みを零す。


「ストレスの軽減になるんだ。別にいいだろ?」

「悪いとは言ってねーよ。まぁ、クロウも程々にな」

「わかってるよ」

「右耳にはもう空ける場所が見当たらないけどな。とりあえず隠しておいてやる」


そう言ってエルゴの配慮から右耳が隠れるように髪型を整えてもらった。

ふとエルゴが思い出したように言う。


「そういえば、誤解が無いように言っておくけどキエナは騎士の誓いを立てて国に忠誠を誓ってるが、王家に忠誠を誓ったことはないし、俺も王家に忠誠を誓った覚えはないぞ」


鏡越しにエルゴを覗き見れば、彼はニタリと笑う。


「俺は他人に誓いを立てるなんて、ごめんだな。わざわざ裏切るつもりはないけど忠誠なんて誓うつもりもないし、俺は俺の大事な奴が無事であればそれでいい」

「エルゴ、それ言っていいのか?」

「いいんだよ。お前とキエナとヴァンスしか居ないんだし。だから、お前にも王家に忠誠を誓えなんて言わねぇよ」

「キエナは……」

「そもそもだが、お前の思考傾向は俺たちに近い。ということは、逆も然りだ。厄介事しか持ち込まない王家に誓うもんは無いな。今後は……王子の育ち方次第だけど無いだろうな」

「父上やシャーレッツオ伯爵、それにお前の兄貴は国王陛下に誓いを立ててるようだけどな。正気の沙汰とは思えないな」


淡々と、それでいて嘲るように吐いて捨てる双子にヴァンスは苦笑いをした。


「私は忠誠の誓いを勝手に立てておりますよ?」

「父上にか?」

「いえ、私が忠誠を誓ったのはクロウゼス様にです。旦那様でも、マリウス様でも、シャーレッツオ伯爵家でもありません。ですので、クロウゼス様が必要とされるのであれば何処にでも着いて参ります。例え他国であろうと。勿論、武術も嗜んでおりますので護衛も兼務致します」


確かにヴァンスは強い。兄や俺と一緒に稽古をつけられていたのでヴァンスの強さは理解している。もし国外逃亡することになってもついてきてくれると言うのなら、これ以上なく強い味方だなと思う。

話している間に準備は終わり、腰を上げたと同時に勢いよく扉が開け放たれた。

飛び込んできたのは隊服からして近衛騎士だ。


「エルゴ様、キエナ様!至急、王城にお戻りください!王子殿下に逃亡されました!」


露骨に嫌そうな顔をする二人は揃って口を開く。


「俺たちが戻るまで椅子に縛り付けておけって言ったろ」

「毎回毎回めんどくせぇな。おい、釣る為の餌と捕獲用の縄は用意しておけよ」


盛大に溜息を吐いて、婚約式に出席できないことを簡単に謝罪した二人は城へと戻って行った。

王子の捜索に必要なものが餌と縄ですかと呟いたヴァンスに苦笑いを返して賑やかだった控室を出て聖堂に向かう。


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