食い違う真実 フェイブル視点

迎えの馬車が到着したとの連絡を受け向かうと、止まっていたのはハオスワタ侯爵家の馬車ではなくショモナー家の馬車だった。

馬車に乗り込むとアイリーンとアイリーンの兄らしき優男風の人物が笑顔で待っていた。


「ごきげんようフェイブル。こっちは私の自慢のお兄様であるクルライよ。騎士団に所属していて将来は近衛に入ることも約束されているほど優秀ですの!それでいて見ての通りお洒落でしょ?ですからノミンシナ様もお兄様を大変お気に入りで、今日のお茶会も一緒に呼ばれましたの。三人でお話しながら向かいましょう」


一緒に行く人が誰もいなくて心細いと自身が言っていた事はもう忘れているようだ。そう思うものの顔に出さず、クルライに向かい初対面の挨拶をした。


「初めてお目にかかります。フェイブル・カートイットと申します」

「クルライ・ショモナーだ。カートイット令嬢、アイリーンの友達なら俺の妹も同然だから気兼ねなく話してほしい。堅苦しいのは面倒だからね」

「ありがとう存じます」


クルライは長身に細身で体に沿うピタッとしたフロックコートにひだの多い華やかなクラバットを覗かせている。

一見騎士には見えない雰囲気だが、顔にある数々の痛そうな痣や、違和感のある動きから推察される身体中のいたるところに存在しているであろう怪我を思えば、騎士であることには疑いがない。

騎士として優秀であるならばクロウと同じ所属に違いない。これ程の怪我を負うなんてどれほど危険な任務が多いのだろうかと、クロウの事が心配になる。


アイリーンは本人の好みを全面にだしたドレスで、フリルを幾重にも重ねて生地全体を埋め尽くしている。

かたや流行の先端、かたやアンティークさを感じる対象的な二人の装いだが薄紫の髪色も常に顔にある笑顔も確かに兄妹なのだと思わせる。

そしてお揃いのガーネットのピンキーリング。


「ガーネットの指輪はショモナー家の伝統ですか?幸運を呼び込むピンキーリングなんて素敵な伝統ですね」

「指輪に気付くなんて、さすがフェイブルだわ!これはショモナー家の伝統ではないの。この指輪はノミンシナ様が友人である私達の幸運を願ってくださったの!本当に優しいお方だわ」

「幸運を願ってくれたものだし、アイリーンにもお揃いで嬉しいと言われてしまったから俺も付けてるんだ」

「そうでしたの。素敵な贈り物ですわね」


挨拶を終え馬車に乗ると、そのまま今回のお茶会の主催者であるハオスワタ侯爵令嬢の話になった。


「彼女はご存知の通り士官学校のハオスワタ学校長の令嬢だから、その関係で騎士団の訓練所にもよくいらっしゃるんだ」

「私も兄を通してお会いしましたの。初対面から気さくで会話しているとあっという間に時間が過ぎてしまいますのよ」


クルライは少し陶酔したような表情を浮かべ、二度頷きアイリーンに同意を示すと言葉を重ねた。


「彼女はとても話上手で騎士達全員とすぐに仲良くなってしまったんだよ。俺は彼女とは流行の話をすることが多くてね。時にはアイリーンと三人一緒に買い物に出かけたりもするんだ。婚約者への贈り物など相談に乗ってもらってるんだよ」

「騎士団の方ってあまり流行には興味ありませんもんね。お兄様とノミンシナ様とのお買い物は楽しくてとても参考になりますのよ」


そうは言うが、騎士団に所属するクロウもカエラも流行にはかなり敏感である。所属したばかりの二人とはまだ話したりしていないかもしれないが、騎士団と言えばかなりの人数であるし、一定数は流行に敏感な者もいるのではないだろうか。クルライの周りがたまたま流行に疎いものが多いのだろうか。


「お二人は本当にハオスワタ侯爵令嬢と仲が良くていらっしゃるのね」

「私の憧れの人ですわ」

「俺も素敵な女性だと思っているよ。彼女の魅力は深く付き合ってこそ分かる。しかし、彼女とそういった付き合いができる家は限られている。だからこそ絆が強いんだ」

「……だからフェイブル。クロウゼス様がノミンシナ様を選んだのは仕方がないことよ。あんなに素敵な方ですもの。今日だって申し訳ないから一度お会いしてお詫びしたいって言ってたのよ……私も二人が仲良くしてくれると嬉しいと思って、少し強引な誘いになってしまったことはごめんなさいね」

「彼女は繊細な面があるからね。思い悩んで体調を崩すこともあるし、感情が抑えれない時もある。まあ、女性らしくてそこも彼女の魅力だがね」

「ええ、思わず支えたくなるような儚い魅力もお持ちの女性ですから、クロウゼス様も熱心にアプローチなさったのよね。既に婚約者がいる方だからとノミンシナ様が心苦しくされていたのにそのお心を変えるくらい熱心だったということですもの。……心変わりを責めることはできませんわ。フェイブルにもきっとそんな出会いが訪れますわ!お兄様に紹介頂くのも良いですわね!」

「もちろんだよ!妹の友達であるカートイット嬢も素敵な女性であることは間違いないからね。今回は残念ながら彼女が魅力的過ぎただけだよ。クロウゼスか……彼は野心家だよね。もう少し女性に配慮できたら二人の女性が辛い思いをすることもなかっ……痛っ」


自分達の真実に偽りはないとばかりに悪気もなく自信を持って話す内容は、私の知っている真実とはあまりにかけ離れており、言うべき言葉も見つからないまま聞いていると、クルライが口元を抑え顔を顰めた。


「お兄様!傷に響きましたの?大丈夫ですか」

「……ああ、もう大丈夫だよ。心配かけてすまないね」

「あの、騎士団でのお怪我ですか?騎士団はそれほど危険な任務が多いのでしょうか?」

「お兄様の怪我は名誉の負傷ですのよ!」

「う、うん。こういった怪我をすることはほとんどないよ。とても稀なことだよ」

「そうでしたか。名誉の負傷なんてアイリーンのお兄様は素晴らしくていらっしゃるのね」

「ええ!お兄様は優しくて強くていらっしゃるの!ですからそのお兄様が怪我をするなんてとても危険なお仕事をされたということですもの。本当は詳しく教えて差しあげたいのに、守秘義務らしくて私も詳しくは存じませんの……」

「ほ、ほら!もう侯爵家に到着するようだよ」


残念そうなアイリーンの表情に、少し慌てたようにクルライが窓に目をやる。そして、その声を擁護するように馬車はスピードを緩めていった。

私は二人の会話からお茶会への警戒をさらに強めた。

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