理由 クロウゼス視点



朝訪れた書斎に今度は扉を叩き許可を得てから入る。

それ程時間は経っていないはずなのに多少窶れた様子の父上と話を聞いて駆けつけたのであろう兄上が俺の顔を見て青褪めたのが分かった。

そんなに酷い表情をしているのだろうか?

それとも魔女の為に用意した表情を家族に向けていることが信じられないとでも言いたいのだろうか。

この選択させたのは貴方と国王だろうと責めたい気持ちを抑え、俺はソファーに腰を下ろす。


「さぁ、父上。始めましょう?ハオスワタを引き摺り落とす為の話を」


引き攣った表情を浮かべる父上と兄上を一瞥して、事の詳細に耳を傾けた。


事の起こりは七年前、王子の出生目前に起きた襲撃事件が発端だと父上は言う。

それは父上が怪我を負い近衛騎士を辞めることになった事件でもある。

なかなか子が出来ない王妃に代わり、当時近衛騎士団長だったハオスワタ侯爵は当時十六歳だった娘のノミンシナを側室に推していたらしい。

だが、王妃に子が出来たことでノミンシナを側室に据える策は失敗に終わる。

それから時が経ち、出産を目前に控えたある夜に国王は生まれてくる子が男児だった場合に備え、代々王太子にのみ継承される装身具の状態を確認する為に国王と国王が認めた者のみが入室できる宝物庫を訪れた。

この時、国王が連れていたのは当時近衛騎士団副団長の父上だけだった。

国王は懐妊以前から何度も命を狙われていた身重の王妃に手練の護衛や現近衛騎士団長の王弟を付け、自身の護衛は父上のみに任せていたと言う。

その宝物庫に入室直後、二人の賊に襲撃されたと言うのだ。


「たった二人に父上ほどの実力者が遅れを取ったのですか?」


ふと疑問が過ぎる。

士官学校では父上の強さは伝説的なものとして語り継がれるほどなのだ。

それがどうしてたった二人の賊に遅れを取ったのか不思議でならない。


「いや、手練と言うよりは稚拙という方が妥当だろうな。国王の宝物庫を狙うような人物が技量も無い人物だなどと思わなかったのが敗因と言っていい。まさか狭い宝物庫の中で布切れ一枚で顔を隠した人物が毒煙を撒き散らそうとした挙句、慌てて逃げ去るなど思うまい」

「布切れ一枚ですか?黄色の魔石を身に着けていたということは?」

「ないな。当時、魔石は現在よりも厳重に管理されていたし、保持することは王家と主教そして鉱山を管理する我々シャーレッツオ伯爵家にしか許されていなかった」

「だとすれば随分な自殺志願者ですね」

「まぁ、な。それも毒煙の撒き方も雑でな……とりあえず投げ付ければ良いと思ったのか何故か国王陛下の足元に投げたのだ」


それには兄上も首を傾げる。


「使用されたのは毒煙玉ですよね?あれは火をつけなければ煙が上がらず室内に毒が充満することはないのでは?」

「その通りだ。だが、足元で破裂し気化したせいで国王陛下が毒に侵され倒れられた。私は国王陛下を庇う時にもう一人の人物に足を切られたのだ」

「なるほど……国王陛下の暗殺や宝物庫を狙う賊を想定した訓練では、手練が想定されますからね……」

「当時の陛下は魔石を身に着けておられなかったのですか?」

「全て王妃様に預けておられたのだ」

「我がレコネア王国で最も護られねばならない御方が魔石の護りもなく丸腰でおられた、と」

「う、うむ」

「父上が怪我を治せなかったのも国王陛下が治癒効果のある緑の魔石まで王妃様に渡していたからということですか?」

「そうだ。俺が持っていた魔石は国王陛下にお渡しした。故に治せなかったのだ」


苦笑いしか浮かばない状況に頬が引き攣る。

もし国王が規定通りに魔石を装備していたのなら、こんなことにはなっていなかったはず。

そう思うとやりきれない気持ちになる。


「私も多少気化した毒を吸いはしたものの何とか国王陛下だけはお守りしたが、その際に王太子に継承されるべき装身具が奪われたのだ」

「それが何故ハオスワタ侯爵の策だと?」

「私が国王陛下を支え、宝物庫から這い出た際に扉の前に居たのだよ。仲間と共に駆け付けたハオスワタ侯爵が私が生きている姿を見て、失敗したのかと零していたからな」


その後、襲撃事件は近衛騎士団の失態として扱われ、後から駆け付けただけのハオスワタ侯爵は士官学校の学校長に降格され、父上は責任を問われて閑職されたのだと言う。

当然ハオスワタ侯爵は聴取を受けたものの証拠はあがらず降格処分だけで済んだらしい。

そして、犯人や盗難品の捜索は騎士団に引き継がれたものの未だに盗まれた装身具は見付かっていないのだとも。


「クロウ、紅蓮の魔女という噂を聞いたことがあるか?」


兄上の問いに小さく頷く。


「ソレが誰なのかも?」

「えぇ。私の新たな愛しい婚約者様でしょう?」


優雅に微笑む俺に二人は目を見開き絶句したが何を驚く事がある。

それが今の俺に与えられた役回りだろう。わざわざ愛しいと付け足したのは役割のための暗示に近い。

笑みは絶やさず続きを促せば、兄上は視線を逸らし俯いた。


「今の騎士団の多くは紅蓮の魔女に弱味を握られている者が多い。特に見目が良い者と爵位の高い者は殆どと言っていいだろう」

「それで?何故俺がこの役に選ばれたのです?そもそも探るならハオスワタの嫡男が騎士団大隊長に就いてるはずでは?」

「お前も知ってると思うがドルセンはホビロン騎士団長の指示で前線地区に駆り出されたままだ。それにハオスワタ侯爵や令嬢との折り合いも悪く探るには不向きだ」

「もしや、国王陛下はドルセン大隊長を連座させたくないが為に関わりを持たせず俺が駆り出されたと?」

「……あぁ。それに、お前だけだったのだ。あの女が婚約者として寄越せとまで言ったのは」

「自分を見ないお前を何としても手に入れたかったんだろうな」


自らの忠臣でもあるハオスワタの長子を救いたいが為に他者を巻き込んだと?

それに俺がフェイを愛していたから選ばれた?

他の女のものだから欲しがったと言うのか。


「ははっ、あはははは!本当にどこまでも下卑た女ですね、私の婚約者様は」


厚顔無恥な侯爵も、あの魔女も、稚拙な賊も最後には全て地獄に送ってやる。

脳内で幾度となくシーナと呼び、自分に刷り込ませて冷めきったお茶を飲み干す。

目下の所、俺に課せられた任はハオスワタ侯爵の娘を使って何かしらの証拠を掴む事だ。

装身具の在処は二の次で良いだろう。

何か物言いたげな父上の視線を躱し、立ち上がろうとした俺の腕を兄上が掴む。


「クロウ、念の為に用意したから常にこれを身に着けるようにしろ」


そう言って渡されたのは自分の瞳の色に近い黄色の魔石が付いたピアスだ。その魔力含有量から兄上の心配の大きさが窺える。

魔石というものについての知識はシャーレッツオ領主一族に名を連ねる者なら誰しもが教わるものでカートイットに婿入りが決まっていた俺でさえ例外なく知識として身につけている。他にはシャーレッツオ伯爵が認可する医師、魔石薬剤師、魔石鑑定師、唯一含有量の多い魔石を装飾品などに細工加工することが許されているカートイット伯爵が知り得る知識でもある。

シャーレッツオ伯爵家の直系または分系の一部に見られる金の瞳を持つ者は生まれながらにして魔力含有量を見分けることができるのだが、特殊な訓練をした上で専用の機材を使えば金の瞳を持たない者も見分けられるようにはなる。

現状、魔石薬剤師と魔石鑑定師に関してはシャーレッツオの分家しかいないので、使用権利も知識もほぼ独占している状態だと言っていい。

魔石は色によって効果が違う。黄色は外部からの精神や身体への介入を防いでくれるもの。簡単に言えば外的要因による強制的な思考能力の低下や毒薬などを排除してくれる。

フェイブルに渡したアンクレットに付いているイエローダイヤモンドは魔石の中でも最高級のものを使用している。王家に献上するのが妥当とされるグレードだ。

きっとフェイブルはまだ気付いていないだろうが、彼女はカートイットの後継者として見分け方を習うはず。

見分け方を知ったあとが楽しみだ。


フェイブルのことを考えたせいか雰囲気が柔らかくなったことに気付いた兄上に軽く頭を小突かれた。


「今日は色々あったから疲れたろ?ゆっくり休め」

「はい。それでは、おやすみなさい。父上、兄上」


私室に戻る途中、俺に声を掛けようとした母上を見て「大丈夫ですよ」と微笑みを向けて足早にその場を去り、私室の前ではヴァンスが薬箱を持って待っていた。


「坊っちゃん、手当てだけはさせていただきますよ」


血塗れの手を眺め、小さく「頼む」と返す。十五年間見守ってきた二人の突然すぎる終幕に彼は何を思っているのだろうか。棘を抜き、薬を塗るヴァンスの表情を盗み見ても彼に表情は無い。

八つ上の俺の侍従は、実に優秀な侍従だと思う。

主の心情を慮り敢えて無表情を貫いているのだろう。


「お湯の準備も出来ております。本日はお疲れでしょうからマッサージも致しましょう」

「あぁ……」


コートを脱ぎ、クラバットに手を掛けてブローチがカチャリと音を立てた。

俺の手が止まったのを見てヴァンスが言う。


「お手伝い致しましょう」

「あぁ」


フェイブルと俺の婚約の証はヴァンスの手で外され、それは鍵付きの箱の中に仕舞われる。


「また、いつかお付けしましょう」

「そう、だな。またいつか……」


再びボロボロと涙が溢れ始めるがヴァンスは何も言わず動きの鈍くなった俺の世話をする。

来るかも分からない《いつか》に思いを馳せ、俺の一日は終わりを告げた。

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