精霊に愛された青年4
ヤルミルがサイハリの軍を撃退してから、戦いは硬直状態に入った。
元々チェリンダとしては、サイハリが攻めてきたので守るために戦っている。
こちらから攻撃に転じることは考えておらず、サイハリの出方を待つ状態が続いていた。
「ヤルミル。凄い綺麗!」
城の中でヤルミルとウルシュアが二人で話すことはできなかった。いつも誰かが間に入り、ウルシュアが親しげに話しかければ、周りの者が苦言を漏らす。
マクシムが傍にいれば、そんなことはないのだが、彼は騎士団長という立場であり忙しくしており、二人でゆっくり話すために、風の精霊に頼み城を出てきていた。
最初は怖がっていたウルシュアだが、二回目となれば慣れてきて、空を飛ぶのも楽しそうだった。そんな彼女を見ているとヤルミルは本当に満たされた気分になった。
紫色の瞳が自分だけに向けられる。
「ヤルミル。これ、食べてみて。美味しいから」
二人の秘密の塔。
秘密でもなんでもないのだが、すでに放置されて長い時を経ており、人の気配が全くしない小さな塔があった。そこに二人はよく来て、天辺まで登ってから空を眺める。そして他愛もない話をする。
今日はウルシュアが膝の上にハンカチを広げ、そこに小さな星のような食べ物が置かれていた。
「綺麗だね」
「そうでしょう?食べてみて。甘いから」
ウルシュアに白い星の一つを差しだされ、ヤルミルは受け取る。口に中に入れて噛み砕くと甘さが口いっぱいに広がった。
「美味しい」
「でしょう?」
数年前の森に戻ったように二人は笑い合い、ウルシュアは星を口にいれて微笑む。
「ヤルミル……。来てくれてありがとう。あなたのおかげで私たちの国は滅ぼされないですむ」
彼女の感謝にヤルミルは何も言わなかった。もう一つの星を口に入れ、シャリシャリを噛み砕く。
「……ヤルミル。森に帰らない?ここにいると、あなたはとても辛そうだし……」
「王女様は僕に森に帰ってほしいのですか?」
「そんなことはない!だけど」
「王女様。君が、あなたが本当に大丈夫だとわかったら、僕は森に帰るよ。だから……」
「ヤルミル……。ごめんなさい」
「どうして、謝るの?あなたが謝る必要なんてないよ。僕はあなたを守るために戦う。これは僕の願い」
「……ごめんなさい」
ウルシュアはただ謝罪を繰り返し、その紫色の瞳が涙に濡れる。
「泣かないで。これは僕の願い。勝手な願いなんだから」
☆
翌日、サイハリが再び動いた。
前回の二倍の勢力で集結して、国境近くに迫っていた。
「ヤルミル」
「わかってるよ」
マクシムに請われ、彼は返事をする。
「マクシム。僕が先に攻撃する。巻き込みたくないから、後方に待機してもらってください」
「わかった」
騎士団長が命令を下し、軍全体にいきわたる様に伝令が出されていく。そうしてチェリンダ軍は後退した。
前回の戦いで、サイハリ軍は奇怪な攻撃を受けている。後退につられる動きはしなかった。
ヤルミルは目を閉じ、できるだけ考えないようにする。
ただ願いを口に出した。
「火の精霊は右端に炎を、水の精霊は左端を凍らせ、風の精霊は氷を砕いて。光の精霊、闇の精霊は中央を攻撃して。お願い」
彼が言い終わると、兵士たちの悲鳴が上がり始める。
炎で焼かれる者、氷づけにされた上に、吹き飛ばされ粉々になる者。中央では次々に闇の中に兵士が消えていく。光によって視界を奪われ同志打ちする者を現れた。
『ヤルミル。目を閉じていたほうがいい』
「それはだめだよ。僕があなた達にお願いしていることだ。何をしているのか自分で見る必要がある」
風の精霊の言葉に反して、ヤルミルは馬上で蹂躙されるサイハリの兵士達の姿を視界に収めた。
目を背けたくなる光景、それを自分が精霊たちにお願いしている。
ヤルミルは徐々に感覚がおかしくなっていくのを感じていた。
ーー僕が守るんだ。王女様も。ウルシュアを。
ウルシュアの紫色の瞳、夜空のように美しい黒い髪。
彼女の微笑みを思い出して、正気を保つ。
「ゾルターン殿下を守れ!」
琥珀色の瞳をヤルミルに向ける者がいた。
憎悪に満ち溢れた視線。
彼は真っすぐにそれを受け止める。
「殿下!」
ゾルターンの前に出た兵士が代わりに闇に呑みこまれた。
「殿下!いったん引いてください。このままでは!」
「しかし!」
「お願いします」
「わかった。撤退する。まだ助かる者は助け、引く!全員に伝達!」
サイハリ軍はすでに八割が壊滅状態であったが、ゾルターンの命に従い、次々に撤退していく。
チェリンダ軍は一戦も交えることなく、この戦いで勝利した。
マクシムに追撃の願いを出す隊長もいたのだが、彼は同意せず、軍はそのまま城に取って返した。
「ヤルミル。大丈夫か?」
「……大丈夫だよ」
そう答えたヤルミルの顔色は真っ青であった。
精霊たちはまだ彼から精気を貰っていない。けれども、彼自身、疲労困憊で馬から落ちるのではないかと危ぶまれる状態だった。
「ヤルミル。私の馬に乗れ。そのままでは落馬する」
「必要ない。風の精霊」
ヤルミルは精霊を呼ぶと、馬ごと空を飛ぶ。
兵士たちはすでに見慣れた異様な光景に驚くことはなかった。けれどもその表情は恐怖で凍り付いていた。
サイハリ軍に大勝利したが、兵士が蹂躙される様子は見ていて気持ちいいものではない。またヤルミルがその力を自分たちに向けたらどうなるかと想像する者もいて、味方のはずのチェリンダ内でも彼の存在は畏怖の対象となりつつあった。
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