精霊に愛された青年3
それから数年が過ぎた。
ヤルミルは少年から青年と成長していた。
「ヤルミル!聞こえているんだろう!」
森の中で男の声が響く。
「頼む。力を貸してくれ。ウルシュア殿下を救ってくれ!」
ウルシュアが去った後、ヤルミルは静かに森で過ごし続けた。
けれども紫色の瞳の少女の面影は常に彼を見守っていて。彼は愛し続けた。
森の中で彼女に触れた時の温もり、目を覚ました時の彼女の美しい紫色の瞳、どれも彼にとっては大切な思い出で、薄れることはなかった。
森に入り込んだ男を精霊たちは排除しようとした。
けれどもヤルミルはそれを止めた。
「お願いだ。僕に力を貸して。ウルシュアを……王女様を救いたいんだ。ずっと彼女のことを想っていた」
精霊たちはヤルミルの願いを止められなかった。
迎えにきたマクシムと共に、城へ向かう。
「や、ヤルミル?どうしてここに?あなたね!マクシム!」
成長したウルシュアはさらに美しなっていて、ヤルミルは見惚れてしまった。
夢でしか会うことができなかった彼女がそこにいて、動いている。
「ウルシュア殿下。お許しください。けれどもそうしなければ、我が国は滅ぼされてしまいます。サイハリの愚かな王にこの国が支配されてもいいのですか?」
「それは……」
二人のやり取りはヤルミルの耳には届いていた。
けれどもそれだけだ。
彼はウルシュアに会うために森から出てきた。そして彼女のために力を尽くす。例え、彼女は別の者に心を委ねていたとしても。
「ヤルミル……。力を貸してくれないかしら。この国を救って、あなたの精霊の力で……」
崩れるように膝を折り、彼女は懇願した。
「殿下!」
「……私は、酷いことをしている。すでに命を助けてもらったのに、また頼ろうなんて。やはり、私が隣国へ……」
「ウル、王女様。僕にお任せください。君を、あなたを僕が守ります。この命にかけて」
「ヤルミル!」
ウルシュアから離れた場所で、彼は膝を折り、頭を下げた。
精霊たちが読んでくれたことがある絵本で見たことある場面だった。王女に愛を誓う騎士……。
(僕は、ウルシュアを助ける。隣国の王の元へなんてやるもんか)
道中、ヤルミルはマクシムから事情を聴いていた。
隣国がウルシュアを愛妾として欲しており、それを断ったチェリンダに兵を差し向けた。もし負けると、ウルシュアは隣国の王にどのような扱いをうけるかわからないと。
「王女様。ご安心ください」
ヤルミルは胸に手を当て、ウルシュアに誓った。
☆
「おお!」
サイハリとチェリンダでは軍事力に大きな差がありすぎた。
けれども、突如現れたヤルミルの存在は一気に場を覆した。
凍てつく氷の矢が兵士を襲ったり、ある一帯は突然暗くなったと思うと、沼に引き込まれたように数十人もの兵士が闇に姿を消した。突風で吹き飛ばされる兵士たち、炎に焼かれる者。
人間業ではない攻撃に、逃げ出そうとする者。
「戦え!私に続け!」
そんな中、指揮官であるサイハリの王太子ゾルターンが奮闘した。
彼の一声で混乱しそうになった軍は一気に秩序を回復した。
「風の精霊、僕の精気を対価に……」
そう願ったが、彼は気を失う。
ヤルミルが気絶したため、戦いは人と人のぶつかり合いに戻る。
戦力が拮抗したため、一旦ゾルターンが軍を引いて、両軍の戦いは一先ず休戦となった。
「ヤルミル?大丈夫か?どうしたんだ?」
「なんでもない。ちょっと疲れただけだ。次は、」
マクシムに声をかけられ、ヤルミルは素っ気なく答えた。
「無理はするな。君が頼みの綱なんだ。わが軍は。君が倒れたら」
「わかってるよ。心配しなくても」
「ならいいが」
彼はヤルミルから離れると兵士が集まっている場所へ行き、指示を飛ばす。マクシムは父の後を継いで、騎士団長になっていた。まだ二十代の彼は若輩者だと思われることが多かったが、その態度と戦果でそれらの印象を変えてきた。
戦場では常に先頭に立ち、檄を飛ばし続ける。戦場を離れていても常に眉間に皺をよせ、難しい顔をしていたが、相談を持ち掛けるものには真摯に対応しており、皆の尊敬を集めている人物だった。
「だからこそ、王女様にはふさわしい」
それに反して、ヤルミルは森に住む青年だ。しかも異形の。
精霊によって与えられた絵本に描かれた人物たちと自身では色彩が異なる。また森から出て城へ向かう途中、自身に向けらえる視線に対して嫌悪感を覚えたのも事実だ。
精霊たちがその度に、それらの人々に悪戯をしかけようとするので、ヤルミルは必死にとめた。城でも、自身は遠巻きに見守られていた。
『ヤルミル。もういいだろう。森に帰ろう』
与えられた部屋で休んでいると、風の精霊が話しかけてきた。
『もう充分、戦力は削いだ。あとは自分たちで戦ってもらおうよ』
「だめだよ。まだ」
マクシムが頼みの綱と語ったように、チェリンダの兵士ではあのサイハリの兵士とは互角に戦えないと、ヤルミルは思っていた。
覚悟が違っており、彼らは必死であり、命を投げ出していた。
『ボクは人を殺すのは嫌だな』
「ごめん。風の精霊」
『ヤルミルは謝んなくていいから。ボクはいつも君の傍にいるよ』
「ありがとう」
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