番外編

愛しいあなたと初めて会った場所で。(ケンネルがスラヴィナにプロポーズする話です)


「本当、珍しいこともあるもんだ」


 気持ちがここにあらずとばかり、ケンネルは先ほどから落ち着きがない。そんな彼を横目にバジナがぼやく。


「お前にも人並みの恋心があるんだなあ」

「それは褒められていると思っていいのでしょうか」

「まあ、褒め言葉だ」


 ケンネルは肩を竦めてから、椅子に腰かける。

 

「っていうか、まだ正式な申し込みをしてなかったとは思わなかったぞ」

「色々あって遅れてたんですよ」


 机に脚を乗せ踏ん反りかえるバジナに、彼はため息交じりに答えた。


「殿下をこれほど待たせるとは、お前くらいだよな」


 呆れた様子のバジナから顔を逸らして、ケンネルはスラヴィナの事を想う。


 彼が初めてスラヴィナに会ったのは、六年前。彼女がまだ十歳の頃だ。ケンネルは十四歳で、父について城に来ていた。物心ついた時から、彼には前世の記憶があった。そのためやけに大人びた子供と言われ、今世では騎士ではなく文官の道を選んだ。

 精霊の力を借りることができる青年の命を犠牲に、チェリンダはサイハリの侵略を退け、その上、国としてサイハリを滅ぼした。

 王太子ゾルターンが賢王になることを予想できたが、彼は父王の言いなりに兵士を駆り立て、チェリンダに攻め込んだ。

 精霊の強大な力で多くの兵士を殺して、国を壊滅させた。

 もし、ヤルミルがいなければ、チェリンダが同じ運命にあったはずだった。チェリンダは弱国であり、当時の城内でも王女ウルシュアをサイハリの王の要求通り差し出すという考えを持つものも半数いた。それを王が押さえ要求をつっぱねた。激怒したサイハリの王はチェリンダに軍を送った。

チェリンダがサイハリと同数の軍事力をもっていたならば、対等な交渉が行われていただろう。ウルシュアをゾルターンに嫁がせることであれば、王も異議を唱えなかったはずだ。

 当時チェリンダは軍備が整っておらず、軍事力が上回るサイハリの実質的な属国になっていたところがあった。

 サイハリが侵攻し始め、マクシムが思い出したのは王女をかつて森で助けてくれたという少年のことだった。精霊に愛された子供、精霊の力により空を飛んだり、炎を操ることができるという、不思議な少年。

 彼が森の外で小さい王女と彼を見た時、普通の少年という印象しかなかったのだが、ウルシュアへの好意は見て取れた。

 だから、マクシムはこの少年にかけた。

 青年に成長した彼はウルシュアのためだと森を出て、チェリンダのために戦ってくれた。

 銀色の瞳に、白髪の異色の青年。しかも未知の精霊の力を使う。

 彼を恐れるものは多かったが、マクシムにとって彼は普通の青年にすぎなかった。

 その恋心を利用して、戦わせ、命を落とさせた。

 ウルシュアは泣き叫び、自害をはかろうとした。それを止めたのがマクシムだ。

 戦いが二度と起きない国を作ろう。

 滅ぼしてしまったサイハリ、国を失ってしまったサイハリの民のために、できる限りのことをしよう。

 マクシムはウルシュアを説得して、二人はヤルミルの死を無駄にしないために、力を尽くした。

 あの戦争から八十八年がたち、長い平和は人々に怠慢をもたらす。それは為政者の王にとっても同じだ。

 軍備を縮小しようとしていると聞いて、ケンネルは軍人ではなく、文官として平和に貢献しようと考えた。

 他国に攻め入られないような国を作る。

 そのためには威嚇としての軍事力が必要で、駆け引きも大切だった。

 なので、彼は文官を目指し、父に付いて学んでいた。


 春の新緑のような色の瞳を持ち、燃えるような赤色の髪の小さな淑女。

 スラヴィナに最初にもった印象がそれだった。


「殿下はどうやらウルシュア王女に憧れているようなのだ」


 父の言葉で、彼女の仕草に既視感を覚えた理由がわかって、ケンネルは一気に彼女へ興味を失った。

 ウルシュアは彼の前世マクシムの妻であり、手のかかる妹のような存在だった。そのくせ、人前では威厳を保ったように振舞い、マクシムは苦笑するしかなかった。

 見た目だけは美しい彼女だが、内面は子供のようで、マクシムは手を焼いていた。


「マクシムはいつも正しい。わかってるわ」


 拗ねたようにウルシュアはよく言い、その度に彼は嘆息を漏らした。

 ヤルミルへの償い、自身が娶らなければ彼女の純潔は散らされ、その心も蹂躙されるかもしれないと、マクシムは彼女を妻に迎えた。

 可憐で美しい彼女に時折惑わされそうになったが、彼は堪え続け、それは彼女の死まで守られた。

 純潔のまま彼女は永眠し、マクシムはその後もサイハリの最初の自治領主として務めを果たした。


「……アレシュに会わせるととんでもないことになりそうだな。騎士を目指すつもりだから目を付けられそうだ」

「そうですね」


 ケンネルは父に答え、今日は家で留守番をしている弟(アレシュ)に思いを馳せる。

 ウルシュアそっくりの外見の弟。幼い時は母によってドレスなども着せられてこともある、美少年。

 彼が八歳になるまでは他人の空似だと思っていたが、高熱から目を覚ましたアレシュを見て、ケンネルは悟った。

 アレシュはウルシュアの生まれ変わりだと。

 その事実にどうしようもない憤りを感じたこともあったが、彼は彼なり努力をして変わろうとしていた。それが少し嬉しくて、ケンネルは弟としてアレシュを可愛がった。


「……何をしているのですか?」


 父に中庭で待つように言われ、手持ち無沙汰だと思いながら、中庭で立っていると、彼女はスラヴィナを見つけた。身を低くして低木の下に隠れる彼女は淑女とは思えぬ態度であった。


 ケンネルの問いに、スラヴィナは青ざめた顔をしてすぐに身を起こす。


「殿下!こちらにいらっしゃったのですね!」


 するとどうやら彼女を探していた侍女が声を上げて駆けてくるのが見えた。スラヴィナは、あなたのせいで見つかったとばかり、目を吊り上げられて緑色の瞳で彼を睨む。光を受けて、それはとても綺麗で睨まれているのに見惚れてしまった。

 思えばそれが彼女に恋した瞬間だった。


 ――恋なんてするわけがない。


 それは前世も今世も同じ気持ちだったのだが、彼はスラヴィナと出会い考えを改めた。



「さて、行きますか」

「頑張ってこいよ」



 ケンネルにバジナが発破をかけて、彼は手を上げてから退出した。向かう場所はスラヴィナの部屋だ。

 だが、中庭を通り過ぎようとして彼は赤い何かを目に入れる。

 それは彼の愛しのスラヴィナで、あの時と同じように背を低くして低木の下に隠れている。


「スラヴィナ殿下」

「ケ、ケンネル!」


 呼びかけられ、彼女は慌てて立ち上がる。

 けれども、あの時のようにスラヴィナのことを探す侍女はいなかった。


「何をしているのですか?」

「ちょっとね。童心に返っていたの」

「童心に?」

「ケンネルと最初に会ったのがいつだったかと、記憶を探ったら思い出した。嫌いな刺繍の稽古から逃げ出してこの木の下に隠れていたら、あなたに見つかったわよね。それで侍女に居場所をばれてしまった」

「……覚えていましたか?」

「ええ。だってあの日から、あなた。会う度に私をからかったでしょう。本当に、嫌な人だと思ったわ」

「わかっていましたよ。そんなことは」

「だったら、どうして続けたのよ。私はあなたが最大の敵だと認識していたわよ」

「それは……。酷いですね」

「酷くないわ。だって、あの時から、あなたは私の事を好いてくれてたんでしょう?」


 緑色の瞳が光を受け、輝きを増していた。

 口元には小さな笑みが浮かび、ケンネルは彼女の虜になった自分を認めるしかなかった。


「ええ。その通りです。私の愛しい人」

「つまんないわね。全然顔色変わんないんだから」

「スラヴィナ殿下」


 結婚の申し込みは花々であふれた彼女の部屋でするつもりだった。

 けれども、ケンネルは、最初に彼女に会い、恋に落ちたこの場所で気持ちを伝えることを決める。


「六年前のあの日から、私はあなたのことが好きでした。その想いは深まるばかり。あなたのために、私は盾となりましょう。または露を払う剣(つるぎ)とも。どうか、私の想いを受け入れてください。あなたを愛しています」


 ケンネルは片膝を地面につけ、愛を誓う。


「ケンネル・ベルカ。あなたの申し出を受け入れましょう。私の夫となり、生涯私を支えなさい」

「味気のない返事ですね。殿下」


 彼は立ち上がるとその手を引いて、彼女を抱きしめた。


「あなたは、私のことを愛していますか?」

「も、もちろんよ」

「その証拠をいただいても?」

「なっ」


 スラヴィナが返事をする前に、ケンネルは彼女の唇を塞ぐ。啄む様なキスをして離れた。


「このケンネル・ベルカ。スラヴィナ殿下に命を捧げる所存です」

「け、ケンネル!」


 口を押えスラヴィナは悲鳴のような声で彼の名を呼ぶ。

 その顔は真っ赤で、体はわなわなと震えていた。


 侍女や騎士が駆けつけてきたが、スラヴィナは頬を染めたまま何も答えられなかった。


 それから数か月後、二人は正式に婚姻を結び、二年後にスラヴィナは女王に、ケンネルは王配となった。



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