第37話 「亡国の王太子」
「イオラ様。俺は反対っす」
「どうして?やはり実際に誰かが犠牲にならないとわからないでしょう?」
イオラは楽器入れを開けて、中から剣を取り出した。
「父上には感謝しないと。愛剣を保管してもらっていたなんて」
イオラの父は自身が剣を振るえないのに、剣の愛好家であり屋敷にかなりの数の剣を飾ってあった。その中にゾルターンが愛用していた剣もあって、イオラは楽器入れに隠してそれを持ってきていた。
剣は鞘ごと綺麗に保管されており、彼女は鞘から剣を抜いて刃をうっとりと眺める。
「イオラ様。俺が代わりにその役を引き受けてもいいっすか?」
「駄目です。これは私がやるべきこと。いえ、やりたい事なのです」
イオラは貴族の一員であり、スラヴィナの侍女であったが、権力というものを持ち得ていない。またそれを構築する方法も知らなかった。なので彼女はホンザと二人で計画を立てている。
ホンザに噂を流させて引っかかる者がいればしめたものと思っていたが、それは間違いだった。ラダは精霊を行使できることをひた隠しにしており、その力を見たものもいなかった。奇異と見られたのは、アレシュを襲った火の塊、そしてイオラとホンザを氷漬けにした事くらいだ。後は自然現象と取られていて、精霊と結びつけるのは難しかった。
「私がラダを襲えば、きっと精霊は動く。その時、人々はやっとラダが
「イオラ様。俺はやっぱり反対です」
「……裏切るつもりなのですか」
「いえ、俺がやります。その剣を貸してもらえますか」
「何を言っているのですか」
「……ゾルターン殿下。もう一度私にあなたを守らせてください」
「ホンザ?もう一度?」
「きっとあなたは私のことを知らない。私は一介の兵士に過ぎなかった。私ははっきりいって王家が亡べばいいと思ってました。でもあなたの下で戦い、あなただけは救いたかった。けれども、私の力などではあなたの盾にもなれなかった」
イオラは突然臣下の礼を取って、膝を折ったホンザを唖然として見つめるしかなかった。
「今度はあなたを救います。私の、俺の命に代えて」
「ホンザ、駄目だ。それは、これは私の復讐。私だけの復讐。記憶を取り戻して私は混乱した。イオラとして平和な豊かなサイハリのことを思うと、あの戦争があるべきだったと理解できた。けれども、ゾルターンとしての私は、許せなかった。サイハリを救うのは私のはずだった。いや、救うべきだったのは、だな」
「イオラ様?」
「私は、薄情なことに自身の兵士、君の名前すら憶えていない。……王太子として王を諫めることもできなかった情けない者だ。でも、私には誇りがある。確かにあの戦争によってサイハリは救われたかもしれない。が、私はそれが受け入れられない。だから、これからすることは私の我執なんだ。君を巻き込むわけにはいかない。ホンザさん……。もう十分です」
「ゾルターン殿下……、イオラ様。それでは、俺も一緒行きます。ベルカ家を出た時、俺はもう決めましたから」
ホンザは立ち上がると、イオラに鞘を差しだす。
それから微笑んだ。
その笑みは懐かしいもので、子ども時代を思い出す。ホンザはいつも優しかった。もしかしたらその時に彼は記憶をすでに持っていて、彼女がゾルターンの生まれ変わりだと知っていたかもしれない。
そう思うと胸が詰まり、目頭が熱くなった。
「ホンザさん。……ありがとう」
剣を鞘に戻しながら、そう答えるとハンカチを差し出された。
「イオラ様。泣かないっす。俺も泣けてくるっす」
まだ涙は流していないはずだと見上げると、ホンザが大粒の涙を流していて、イオラは妙におかしくなった。ハンカチを借りて彼の涙を拭う。
「馬鹿ですね。ホンザさんは」
「そうっす。俺は馬鹿っす。でも最後まで傍にいるっす」
「ありがとう」
ゾルターンの命で、精霊の力に歯向かい多くの兵士が死んだ。三度の戦いでその身が焼かれる時に、もう誰も殺さないで済むと安堵したくらい、彼(かのじょ)は戦いでその精神を疲弊していた。
(それは、ヤルミルも同じかもしれない。だが、私はヤルミルを許せない。どうしても)
楽器入れに剣を再び戻して、イオラはそれを担ごうとした。けれどもホンザが代わりに持って、手を差し伸べる。
「イオラ様。行きましょう」
「ええ」
イオラはその手を取ると笑いかけた。
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