第35話 王女の改心
「イオラ」
「何でしょうか。アレシュ様」
スラヴィナの部屋から出てきてイオラをアレシュは呼び止める。
午後から彼女が休暇を取ると聞き、思わず引き止めずにはいられなかったのだ。
何かを企んでいるような笑みで、イオラはアレシュの前に立っている。
「今日は午後から休みと聞いている。予定はなんだ?」
「アレシュ様。女性にそのようなことを聞いては誤解されますよ」
彼女がそう答え、アレシュの隣にいた別の騎士が冷笑する。
それに苛立ったが、彼は続けて質問した。
「誤解したければすればいい。どこに行くつもりだ?」
「秘密です。アレシュ様はスラヴィナ殿下のことを想っているだけで十分なのですよ」
「イオラ!」
「アレシュ!」
声を荒げた彼を騎士が注意する。
「怖い怖い。まあ、楽しみにしていてくださいませ」
「イオラ!」
綺麗にお辞儀をしてイオラが立ち去り、彼はそれを追いかけようとしたができなかった。
「アレシュ?」
部屋からスラヴィナが顔を覗かせたのだ。
彼を押しとどめていた騎士は首を垂れ、アレシュも仕方なく従う。
「何事かしら?」
「何でもございません」
隣の騎士がそう答えるのを聞きながら、彼は考える。
(イオラから聞き出せないとしたら、スラヴィナ殿下から……。殿下が関わっているとは信じたくないが……、俺にはもう手段がない。多分奴は今から何かをする気だ)
「殿下。お話があります。どうか私に殿下の貴重な時間をお貸しいただけませんか」
「アレシュ……」
「貴様、何を言っているのだ!」
スラヴィナは驚いた声を上げ、隣の騎士は彼をなぎ倒さんばかりの勢いだった。
「お願い申し上げます」
アレシュは必死に頭を下げ請いた。
「許可いたしましょう」
「殿下!」
「ランディ。侍女も中に入れます。ご安心なさい。アレシュ、どうぞ、入って」
騎士――ランディは彼女の言葉に不服そうだったが、それ以上反論しなかった。アレシュはスラヴィナに続き侍女が中に入るのを確認してから、入室する。
「どうぞ、かけてください」
スラヴィナが勧めるまま、その向かいの椅子に腰かけると侍女がお茶の準備を始めた。
「こうして二人で話をするのは初めてですね」
「そうですね」
彼女の頬は上気しており、アレシュはなぜ今までスラヴィナの気持ちに気が付かなかったのかと、目を伏せた。
思えば、彼は女性の気持ちには鈍感でこれまで彼女のような態度を表した女性は周りにたくさんいたような気がする。
(そんな余裕はなかった。騎士であることに必死で)
自身の愚かさにまたしても落ち込んでしまうが、そのような場合ではないと気持ちを切り替えた。
「殿下。殿下はイオラがラダの店に行ったことをご存じですか?」
アレシュがそう切り出し、スラヴィナの緑色の瞳が揺れる。
「ご存じですね。それなら……」
「ごめんなさい!私はそんなつもりではなかったの。あなたに目を向けてほしくて、でも実際にあなたが傍にいるとそれは間違ったことだと気が付いたの」
謝った彼女に対して、侍女が動いたがスラヴィナはその動きを止め、言葉を続けた。
「許してちょうだい。私はあなた……ウルシュア様のようになりたかった。それが単なる憧れだと気が付かなかったの。ただ、あなたに傍にいてほしかった」
アレシュは黙って彼女の告白を聞く。
「でも違ったの。全然。あなたが傍にいてもあまり嬉しくなくて、それどころか罪悪感が湧いてきて……。ラダ……ヤルミルには悪いことをしたわ。私はサイハリの民の血を引いている。けれども小さいときからあの戦争は起こるべきして起きたものと母に聞かされていた。サイハリは国ではなくなってしまったけど、民によってはそれがよかったのよ」
「殿下……」
「ごめんなさい。あなたへの気持ち、ゾルターン殿下の生まれ変わりのイオラを前に、私はどうしても言い出せなかった」
「話してくださってありがとうございます。そんな風に思ってくださるのはとても……嬉しいです」
「……アレシュ。あなたはやはりウルシュア様なのね」
「イオラが話しましたか?」
「ええ。ごめんなさい。だから、あなたがヤルミル……ラダを求めるのは当然よね。私は邪魔をしてしまったわ。それどころか、彼女を傷つけた」
「イオラがこれから何かをしようと企んでします。殿下はそれが何かわかりますか?」
「ごめんなさい。私にわからないわ」
「そうですか……」
「ラダのことよね。それなら、アレシュ。今からラダの店にいきなさい。私が許可します」
「スラヴィナ殿下」
「いいえ。命令よ。少しは償わせて。ケンネルに顔向けもしたいから」
「兄上に?」
「いえ、なんでもないわ」
アレシュが聞き返すとスラヴィナは頬を赤く染めながら首を横に振った。
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