第34話 過去に囚われた者へ
ラダには友達がいなかった。
彼女は極力人と付き合わなかった。それは小さい時にラダを少し虐めた子が風に倒されたり、氷で足を滑らせて転んだりしてことで、彼女自身が怖がったためだ。
自身が傷つけば心配した精霊たちが力を振るう。
だから人と付き合うのが怖くなった。
小さい時から積極的に店を手伝い、近所の子とはそれを理由に遊ばなかった。そうして過ごしていくといつの間にか誰も彼女を誘わなくなった。
毎日穏やかに暮らす。
普通の街娘として。
ラダは王太子(イオラ)と会ってから、ますますそのことを意識して生活していた。
アレシュが店に来なくなってから数日が経った。
あの紫色の瞳を思い出すと胸が痛くなったが、それに気が付かない振りをして過ごした。このまま静かに老いて死ぬ。そんな風にあきらめの境地にいたっているラダに両親は何も聞かなかった。
しかし、彼女の平和な日々が続かなかった。
市場に行くとヒソヒソと話をされているのが聞こえる様になった。
ある日勇気出して、彼女は家に帰ると風の精霊に聞いた。
『……あいつが約束を破ったんだよ。ラダ』
「まさか、みんなは知ってるの?」
『噂だけだよ。今のうちは。だってラダはボクたちと普通は話さないし、力も借りないだろう。今のところ誰も信じてないよ。大丈夫』
「ならいいけど」
噂はいつか消える。
ラダはそう思って過ごすことにした。
☆
「……どうしたのですか?殿下?」
スラヴィナは浮かない顔をしており、その髪を結っていたイオラは手を止めてたずねる。
「やっぱり駄目よ。こういうのは」
「どういう意味でしょうか?」
「あなたの気持ちはわかるわ。でも、そういう卑怯な手はよくないと思うのよ。アレシュが私付きの騎士になってくれたのは嬉しいけど……」
「あなたが望んだことですよね。なぜ素直に喜ばれないのですか?」
「だって、ラダを脅したんでしょう。こんなことケンネルに知られたら」
「ケンネル様?彼に知られたからと言って何が悪いのですか」
「だって、嫌われたら……」
イオラはスラヴィナの髪を引っ張らなかった自身の自制心に感心した。
あれほどアレシュに対する愛を語っていた王女は、今やケンネルのことを気にしている。
「殿下はケンネル様がお好きなのですか?」
「そ、そんなわけないでしょう!」
大声を出してしまった彼女は慌てて口を押える。
前世(むかし)の記憶を思い出すまではそのようなスラヴィナを可愛く思ったかもしれなかった。けれども今は怒りしか覚えず、必死にその思いを堪える。
「それではアレシュ様にお気持ちを伝え、ぜひ夫にと望まれてください」
「そ、そのうち、そうするわよ」
ウルシュアに憧れるスラヴィナが素を出すときは、イオラの前かケンネルに翻弄された時だ。
素の彼女は素直で、怒りやすい。まるでゾルターンの妹のようだとイオラは回顧する。
(所詮、彼女に頼ったのが間違いだったか。以前からスラヴィナは恋と憧れの区別がつかない娘だった。アレシュへは憧れ、ケンネルへは恋だろう)
自身の選択を間違った事を心の中で嘲りながら、イオラは別の計画を考える。
(元から期待はしていなかった。遊びのようなものだ。ラダ、ヤルミルのあの顔を見れただけでもよいとするか。アレシュ、ウルシュアの間抜けな顔も見たかったがな)
「イオラ?」
手を動かさなくなった彼女にスラヴィナが問いかける。
「申し訳ありません。続きをいたします」
(ヤルミルの精霊の力を暴走させて、この国を壊す)
イオラはうっすらと笑みを浮かべながら、王女の真っ赤な髪を梳いた。
☆
「ホンザ」
「ひい!ケンネル様」
ベルカ家から姿を消したホンザをケンネルが探し出したのは、失踪してから十日後だった。
市場でべらべらと話をしている彼を見つけ、そのまま締め上げて屋敷に連れて帰ろうとしたのだが、彼は逃げ出した。
「……はあ、はあ。やはり鍛えてないと駄目だね」
文官として長く働いているケンネルでは、身軽なホンザを捕まるのは無理だった。道の途中で息を切らしてしまい、逃げられてしまった。
「やっぱり騎士を目指したほうがよかったかもしれない。こんな時に本当そう思うぞ」
前世では騎士団長として腕を鳴らした彼だったが、生まれ変わってから鍛錬らしい鍛錬は避けていたので、まったく体力がなかった。
「不味いな。これではスラヴィナ殿下に嫌われてしまうかもしれないな」
肩で息をしながら、汗をぬぐう。
「明日から鍛錬でもするか」
ホンザの影すらもう見えなかった。
彼がしていたことはすでに見当がついており、その裏付けを取ろうと市場に戻る。
ラダに関するおかしな噂話について、ケンネルが聞きつけたのは二日前。
アレシュに伝えると面倒なことになるので彼はまだ伝えていない。
今のところ、ラダが実際に精霊を行使した姿を見せていないため、噂は噂で終わっていた。
「さあ、次はどう動くかな。ゾルターン」
ヤルミル同様、マクシムも騎士団長として戦場を駆けている。
ゾルターンにも相対したこともあった。
当時兵力だけを比べると、チェリンダはサイハリ軍の足元にも及ばなかった。
ゾルターンは王太子という立場でありながら、戦場に立ち指示を飛ばし続けた。
ヤルミルの精霊の力があったからこそ、チェリンダはサイハリ軍に勝てた。それからマクシムはサイハリの領主として恨みを買いながらも、どうにか治めて、サイハリの民の生活に尽くした。
――豊かな生活が送れるようになりました。
――兵隊に怯えないで暮らせるようになって感謝しています。
悪政の下、サイハリの民は困憊しており、その反面、王宮は煌びやかものだった。
マクシムはチェリンダがサイハリを一度滅ぼしたことを後悔したことはなかった。それがあってこそ、救われた民が大勢いたからだ。
(ゾルターン……。イオラ。君は今のサイハリを見て何も思わないのか?)
ケンネルは馬に乗り、城へと急ぐ。
前世(かこ)に囚われる彼女(ゾルターン)へ、彼はそう問いかけたかった。
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