第33話 宰相補佐官の推測

「まずは君の話を聞かせてくれ」


 宰相補佐官は通常、宰相執務室に待機しており、そこで宰相の補佐をしている。ケンネル自身の部屋がないため、特別に小部屋を借りたようで、アレシュはそこに案内された。

 椅子を進めてから、兄は開口一番に彼に聞いてくる。


「君の知っている事と私が持っている情報を噛み合わせたいんだ」

「わかりました」


 アレシュは頷き、今日の植木鉢騒動から話を始めた。


「まあ、精霊が教えてくれたのに、君は間に合わなかったわけだ」

「……そうですね」


 話を聞き終わり兄に言われ、彼は肩を落とす。

 王太子(イオラ)がラダに接触する前に、アレシュが店に到着していれば、もしかしたら事態は好転していたかもしれない。

 そのような後悔は今更なのだが、兄に指摘され落ち込む。


「まあ。それはいい。あの侍女が王太子(ゾルターン)だったとは。眼鏡と性別か……。既視感はあったのに見落としていた」


 ケンネルも悔しそうに髪をかき上げた。


「ラダの店にはもう行くつもりはありません。けれども、俺はスラヴィナ殿下と婚姻を結ぶつもりはありません」

「あったり前だろう。それを認めてもらったら私が怒るよ。殿下と結婚するのは私だからね」

「兄上……」


 自信たっぷりにそう言われ、アレシュは少しだけ脱力してしまった。


「なんと脅したのか。恐らく、精霊のことかな。今でも一部の人たちは精霊を怖いものだと思ってる人もいるからね。確かに敵に回ると不味い存在だし」


 ケンネルの発言直後に、急に部屋の温度が下がる。


「精霊か……」

「お出ましなのかな。まあ、私たちは見えないし、聞こえないからね。とりあえず聞いてもらっても構わないよ。私たちはラダの味方だ。前世(まえ)と同じだ」


 彼の言い方が気に食わないのか、照明にしていた蝋燭が急に消えた。部屋は闇に包まれる。


「……悪かったよ。これは闇の精霊なのかな」

「そうでしょうね。闇の精霊。信じてくれ。俺は、今度こそはラダの人生を壊さない。だから協力してくれ」


 アレシュの言葉が終わると、消えたはずの蝋燭が現れ、部屋に再び明かりが戻った。


「さて話に戻ろう。恐らくゾルターン(イオラ)は、精霊の力を行使できると明らかにしてほしくなければ、君と二度と会わないようにと脅したんだろうね。そして殿下と君の婚姻についてもチラつかせた。だからラダちゃんは君に店に二度と来ないように言ったんだ」


 ケンネルの推測に彼も同意する。


(その時にきっと、ゾルターンは戦争の話もしたはず。ヤルミルを、彼女を責めたに違いない)


 アレシュは頭を下げ、涙をぼろぼろと流していたラダの姿を思い出して、胸を押さえた。


「ラダちゃんは普段は精霊の力を借りていないようじゃないか。だから、話したところで信じる人は今のところいないと思うよ。だけど、実際に見てしまうと違う。人々はラダちゃんを恐れ始める。それだけで終わればいいのだけど、迫害なんて始まったらおしまいだ。精霊がラダちゃんを守るために暴走するかもしれない。君だって危うく炎に焼かれそうになったんだろう?」


 ケンネルに聞かれ、彼は炎の塊に襲われそうになった時を思い出して、目を閉じた。


「知っている君でもそうだ。精霊によって人が殺されれば、人々の憎悪は高まり、攻撃が始まる。そうして、繰り返しだ。そのうち大きな騒動になり、城も兵士を借り出さないといけないだろう」

「それは、絶対にだめです」

「そう。それは避けないといけない。だから、イオラの動きを封じないと。多分、彼、彼女の最終的な狙いはそこだ。今日店に行ってラダちゃんを脅したのは、彼女のささやかな復讐の始まりってところかな」


 軽くケンネルは言うが、アレシュの気持ちは重く、額を押さえて考え込む。

 

「イオラを拘束することは可能でしょうか」

「どのような罪で?彼女は殿下のお気に入りだよ」

「だったら」

「一時的に君を王女付きの騎士にしようかと思っている。近くだと見張りやすいだろう。これは殿下の願いでもあったしね。少しばかり頭にくるけど、仕方ない。私が随時殿下の部屋に入り浸るわけにはいかないし」


 アレシュはそれが正しいやり方だとわかっていてもスラヴィナの気持ちを知ってしまった以上複雑な心境に駆られる。同時にラダへの裏切りのような気持ちになった。


「現状ではそれは一番なんだ。君は感情を押さえて、イオラや殿下に怒りを向けないようにね」

「わかりました」

「それでは、取り敢えず配置換えの手続きからだ。屋敷へ戻ったらホンザのこともどうにかしなければならないな」

「ホンザ……」

「惚れた弱みって奴だ。どうにか止めないと。デニスも悲しむ」

「はい」


 ホンザは素直な性格だ。きっとイオラにとことん惚れて今回協力することになったのだろうとケンネルは加えて説明した。

 先ほどのホンザは確かにイオラを守ろうとしていたようにも見えて、アレシュは頷く。


「まあ、ホンザが単独で何かをするとは考えたくないけど」


 ケンネルと別れた後、アレシュはバジナ小隊長から明日から王女付きの騎士になる伝令を受けた。今日はそのまま帰宅するように命じられ、屋敷へ戻る。

 そこで彼は悲嘆にくれたデニスに迎えられ、ホンザが屋敷から出て行ったことを知った。



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