第31話 それぞれ
「ホンザ……?」
「あ!アレシュ様!やべっす!早いっす!」
ラダの店の前で、見慣れた男を見てアレシュは驚いた。それ以上にホンザは驚いたようで、逃げ出そうとしたが、足を止めて戻ってきた。
「だめっす。イオラ様を置いていけないっす」
「どういう意味だ。なんで、お前がここにいるんだ?」
「お待たせ……、これは、これは」
ホンザに詰問した直後、店から女性が出てきた。どこかで見たような女性だったが、彼は思い出せなかった。
「これはアレシュ様。ご機嫌よう。本日はお楽しみください」
イオラは貴族の令嬢らしく美しく礼をする。けれどもその表情は嘲笑うかのようで、アレシュは戸惑うしかなかった。
「ホンザさん。ご案内ありがとうございました。ここから私一人で戻れるので大丈夫です」
「駄目っす。俺も男です。お送りします」
「でも……」
「アレシュ様。今日は俺の非番っす。この方をお送りしてから屋敷に戻りますんで」
「あ、ああ」
彼女から発せられる感情、嫌悪感、怒りなどが強くて、アレシュはその場で固まってしまった。なのでホンザにも曖昧に返事を返す。
「お城でまた」
イオラのその声で呪縛から解けたように、彼は我に返る。ホンザも彼女の背中もすでに視界の先で小さくなっていたが、まだ急げば間に合う距離だった。一瞬追いかけようかと思ったが、ラダのことを優先にすることにしてアレシュは店に入る。
「アレシュ様」
ラダの母ガリナに彼は声をかけられた。まだ開店したばかりで、客は二人程度。ラダはまだ厨房で準備中かと勧められるままにアレシュは席につく。
「注文どうしますかね?」
ガリナに聞かれ彼は先に注文することにした。
今日は具たっぷりのトマトスープと塩焼き豚肉を頼み、熱々のスープを汗を流しながら食べる。アレシュは食べ終わる頃にはラダが店に出てくるかもしれないと待っていたのだが、彼女の姿は見えない。
「おかみさん、あの……ラダは?」
迷った挙句、勇気を出して聞いてみるが困ったような顔をされてしまう。
「病気か、何か?」
「いや、先ほどの人たちが来てから様子がおかしいんだよ」
「先ほどの人……。焦げ茶の髪に眼鏡をかけた女性と、ホンザのことか?」
「ホンザ?ああ、焦げ茶に眼鏡でした。お知り合いですか?」
「いえ、知り合いではないが、男の方はうちの庭師です」
「庭師?」
「ちょっと、ラダに会わせてもらってもいいですか?」
「いやあ。それは」
「母さん、会わせてあげなさい。もしかしたら、彼が何かを知っているかもしれないよ」
「そうかね。わからないけど、じゃあ、どうぞ」
ラダの母ガリナは戸惑いながらもアレシュを家の中に案内した。
☆
「ホンザさん、何か言いたげですね」
しばらく二人で歩いていたが、イオラは立ち止まると後方のホンザに尋ねた。
「……イオラ様はどうしてしまったんすか?ラダちゃんに何の用で?」
「別にたいした用事ではありませんよ。アレシュ様に見られてしまいましたが、それはそれで面白いかもしれませんね」
イオラは軽やかに笑い出して、すれ違う人が訝しげに彼女を見る。
「ふふ。笑いすぎました。ホンザさん。いきましょう」
けれども彼女は気にも留めず歩き出した。
「どうしましたか?」
動き出さないホンザにイオラが問いかける。
「俺に、事情を説明してくませんか?聞いても、決して裏切らないと約束しますから」
薄茶の瞳は彼女に一途に向けられていた。イオラは目を逸らしてしばらく考える様に、視線を彷徨わせる。
「わかりました。お話しましょう。裏切ったら私は何をするかわかりません。それでも知りたいですか?」
「……はい。お願いします」
かすんだ金髪のにやついた男、十数年ぶりに再会したホンザはそんな青年に成長していた。けれども、彼女を見つめる彼は違う表情をしていた。
☆
「どうして、あなたがここに?」
スラヴィナは楽しそうな笑みを浮かべるケンネルに思わずそう問いかけた。
中庭から戻り、刺繍の続きでもしようと思っていたら、彼女の部屋に彼が突然訪れた。扉の前で彼女付きの騎士の苛立った声を聞いた後、ケンネルが現れたのだ。
事前に伺いを立てることもなく、スラヴィナはこの事を父に伝えるべきかと思案するくらいだった。
大概彼女付きの騎士がそういう輩は追い払うはずなのにとも思ったが、ケンネルは狡賢い。何を彼に吹き込んだのかとも思いながら、とりあえず相手にすることにした。
「あなたに会うためですよ。我が愛しの姫」
「な、なにを言っているの!」
叫び出しそうな自身を抑制はしてみようとしたが、動揺は隠せず口に出してしまった。
「我が弟が不始末をしたようで、そのお詫びも兼ねて参上いたしました」
「ふ、不始末なんて。彼は大丈夫なのでしょうか。手当をしていると聞きましたけれども」
「医務室で手当てをしてしばらく休んだ後に、勤務に戻るようです。弟が心配ですか?」
「勿論です。国を守る騎士の一人なのです」
「私が怪我をしても心配してくださいますか」
「……と、当然よ。あなたも大事な文官の一人なのだから」
「単なる文官の一人なのですね。本当に残念です」
侍女が部屋に一人だけ待機しているのだが、イオラと異なり命令なしで自ら動くことはしない。
なので二人のやりとりを青ざめた顔をして見ているだけだった。
ケンネルは意味ありげな視線をスラヴィナに送り、彼女は必死にそれを躱している。会話をしながらそんな攻防が繰り広げられていた。
「ところで今日は、あなたのお気に入りの侍女がいないようですね」
「え、そうなのです。今日は実家に戻る必要があるらしく、休暇をとらせています」
本日ラダの店に彼女が行くことをスラヴィナは知っていて、少しだけ狼狽えながら彼に答える。
「ふうん。そうなのですね。それは寂しいことでしょうね。代わりに私がお相手をいたしましょう」
「な、そのような必要はないわ」
「本当に?」
ケンネルがぐいっと距離を縮めて、スラヴィナの顔が一気に紅潮した。
「ケンネル様!」
そこでやっと侍女が間に入り、彼は惜しむようにしながらも距離を置いた。
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