第30話 「彼」との約束
「あれ、アレシュ。今日は殿下の護衛じゃなかったの?」
中庭の片づけを終わらせ、医務室で手当てを終わらせ歩いていると、兄とすれ違う。
「はい。少し怪我をしてしまって」
怪我というわけでもないが、言い訳として彼は答えた。
「殿下は無事なの?」
「ええ。殿下への襲撃ではなく、私の不注意によるものでした」
「そうなんだ。それは……。で、君は今からラダちゃんのお店?」
「は、い」
「殿下が怒ちゃうかもな」
「兄上?」
「君の代わりに誰か送った?」
「いえ、まだ。先輩に代理を頼もうと思っているところです」
「必要ないよ。私が代わりに行ってくるから」
「え?兄上が?」
「うん。任せておきなさい」
どうも任せておけない。余計面倒なことになりかねないとアレシュは即答できなかった。
「安心しなさい。ほらほら、さっさとラダちゃんのお店にいきなさい。あ、とりあえずバジナには連絡してね。念のために」
「はい。それではお願いします」
問題は起こすかもしれないが、優秀な兄なのでアレシュは任せることにした。バジナ小隊長には言われた通り伝えておこうと、兄と別れた後、宿舎に向かった。
☆
「あなたは……ゾルターン王太子殿下なのですね」
「わかりましたか?」
「精霊に教えてもらいました」
「そうですか」
何がおかしいのか、女性は笑う。
「私が今日来たのは、あなたにお願いするためです」
「お願い?」
詰られるのかと思ったのだが、意外なことを言われ彼女は聞き返す。
「まずは自己紹介からしますね。私の今の名前はイオラと言います。スラヴィナ王女殿下の侍女をしております」
チェリンダに住んでいるので、王女の名は知っていた。けれども城の状況などに詳しいはずもなく、ラダはただ相槌を打った。
「スラヴィナ殿下はアレシュ様を夫にしたいと考えてらっしゃいます」
「夫……」
(それが何の関係が……?やっぱり、王女様もアレシュ様も遠い存在であることに変わりがない)
わかっていたことなのに、彼女は胸を痛める。
「でもアレシュ様にはその気持ちがないようなのです」
(そんなの、)
先ほどまで沈んでいた気持ちが少しだけ浮き上がり、そんな自身にラダは嫌気がさした。
「それはあなたの存在のせいです。二人の邪魔をするのは、やめていただけませんか?」
「邪魔なんて、何のことを言っているのか。私にはわかりません」
「そうでしょうね。あなたは。ヤルミルは王女様をいつも影から見守るだけでしたから。けれどもアレシュ様は違うようです。毎日あなたのお店に通っているようですね」
「アレシュ様は、そういう意味で、うちの店に来ているわけじゃありません!」
ラダが怒鳴り返すと、イオラは目を細めて彼女を見据えた。
「そうですか?私にはそう思えませんが。殿下もかなり怒ってらっしゃいます。このまま、アレシュ様がお店に通うようであれば、私にも考えがあります。あなたの秘密を、皆さんに教えようと思っているのです。精霊を操れるという秘密を」
「私は、精霊を操ったりしません。力を借りるだけです」
「そうでしたね。力を借りる。精霊はあなたの願いを聞いて、人を殺すのですよね」
イオラは冷笑をたたえ、眼鏡をかけ直した。
「街にそんな危険な人が住んでいたら、人々はどう思うでしょう。機嫌を損ねたら殺されてしまうと、怯えてしまうかもしれません」
「そ、そんなこと絶対にしません」
「ええ、そうでしょう。あなたは。私を殺し、サイハリの軍を壊滅させたのは、あなたの意志ではなく、ウルシュア王女の意志でしたから」
「違います。王女様は、」
「じゃあ、あなたの意志でしたか?」
「違い、」
――王女様を、サイハリの王様なんかには渡せない。王を諦めさせる必要がある。だから僕がサイハリを破壊しなければ
ラダは両手で顔を覆う。
ヤルミルは、王女を救う英雄になりたかった。そうして彼女の特別になりたかった。王女を寄こせとサイハリの王が願い、軍勢を率いてチェリンダを襲う。彼は守るために戦った。王女を、チェリンダを。
「ヤルミル。私たちが何をしたんだ?ウルシュアさえ大人しく来てくれれば、あんな戦争起きなかった。そして私たちは滅ぼされる謂われはなかった」
「王女様を行かせるわけにいかなかった。それはだめだ」
「……ヤルミル。あなたは多くのサイハリの民を殺した。そんなあなたが幸せになるのは、おかしくないか?現王女のスラヴィナ殿下はサイハリの民の血をひいている。そんな彼女を幸せにしてくれませんか?あなたは償うべきだ。もしあなたが、まだアレシュ様と会い続けるというのであれば、精霊のことを皆さんに話するまでです」
「やめてください。わかりました。あなたのおっしゃる通り、アレシュ様に今後お店に来ないように伝えます」
「よかった。物分かりがよくて。これで侍女としての務めも果たせます。ラダさん、ありがとうございます」
イオラは話が済んだとばかり立ち上がる。
「約束は守ってくださいね。守らなければ、私はきっと話してしまいます。あなたの罪を」
見送る元気もなく、彼女は呆然としたままイオラの背中を見つめるしかなかった。
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