第29話 望まない再会

「なあ、おかしくないか?アレシュ」


 今日の第一小隊は護衛担当になっており、アレシュと先輩エイドリアンは中庭でお茶をしている王女スラヴィナを少し離れたところから見守っていた。近くには彼女を守る騎士が張り付いているので、アレシュたちの役目は彼女を害する者がいないか周辺に気を配ることだ。


「確かに、おかしいです」


 二人がおかしいと言い合ってるのは、スラヴィナに関することではない。

 先ほどからアレシュにだけ、花びら、葉っぱなどがどこからともなく飛んできて、彼の黒髪に巻き付く。払っても払ってもそれらは風に吹かれてやってきて途切れることはなかった。


「なんなんだろうな」


 先輩エイドリアンは眉を顰め訝しげに首を傾げる。アレシュは飛んでくる花びらを振り落としながら、ある可能性を考えていた。


(精霊か?ラダに何かあったとか?)


「うわっつ、やばい。よけろ!」


 どこから植木鉢が飛んできて、アレシュはよけきれず、その腕で払った。地面に落ちて砕けた音がして、スラヴィナたちにも聞こえて騒動となる。


「何事か!」


 王女付きの騎士が声を上げたので、彼が慌てて返す。


「植木鉢を落としてしまいました。今片付けます!」

「植木鉢?何をしているんだ。君は」

「アレシュ?!大丈夫なの?」


 騎士は苛立った声をあげたが、スラヴィナは驚いたようで制止の声も聞かず駆けてきた。


「殿下。お騒がせして申し訳ありません。今片付けますので」

「そんなこと気にしなくていいのです。アレシュ。それよりあなたは大丈夫なのですか?」

「勿論です。殿下は気になさらぬようお願い申し上げます」

「殿下、こちらへ」


 アレシュは王族への礼を取り、膝を地面につけ答える。騎士がそれを見下ろして彼女に声をかけた。


「私は、」


 騎士を無視して、なおも彼に話しかけようとしたスラヴィナの邪魔するように風が吹く。それは砕けた植木鉢を巻き込みそうになり、アレシュは反射的に彼女を庇った。


「アレシュ……」


 風が止み、彼はスラヴィナから離れる。


「き、貴様!」


 騎士は王女を一時的に抱き締める形になったアレシュに声を荒げた。


「失礼いたしました。砕けた破片が殿下に当たりそうでしたので申し訳ありません」

「き、気にしなくていいのですよ。ありがとうございます。それよりあなたは大丈夫なのですか?」

「私は大丈夫です。風は、破片を巻き込むことはなかったようです」


 破片を巻き込みそうになったつむじ風は急に嘘のように止んだ。吹きあがりかけたものがすべて落下して、大事に至ることなかったのだ。

 自然な風の動きには見えず、アレシュは何かの意思をそこに見出す。


「殿下。今日は風が強いようです。部屋に戻りましょう」

「……そ、そうですね。そうしましょう」


 騎士の申し出に、スラヴィナは惜しむようにアレシュに視線を送ったがしぶしぶ頷いた。騎士を連れ立って彼女は中庭から移動を始める。護衛担当の第一小隊の二人はそれを追わなくてはならない。


「先輩。この後、お願いしてもいいですか?俺はこの片づけをします」

「は?まあ、いいや。そうだな。結構汚れているし。さっき植木鉢を払った時に腕を痛めただろう?手当してから、昼休憩に入れ。そうだ。お前の代わりにヴィクターを俺のところへ寄こせ。今日は俺たちに何か旨いもの買って来いよな」

「ありがとうございます」


 エイドリアンは早口で捲し上げた後王女を追う。アレシュはその背中に礼をいい、まずは片づけに専念した。



 ☆


「とりあえずこちらの服をきてください」


 ラダが店に戻るとほどなくしてずぶ濡れの二人がやってきた。

 イルジーとガリナは胡散げに彼らを見たが、彼女は二人を家に上げた。両親には後で説明すると伝え、どうにか納得してもらった。


『ラダの馬鹿野郎!』

『そうダヨ!』


 精霊たちが口々にそう言うのが聞こえたが、ラダは無視をする。

 ラダより少し背の高い焦げ茶の髪に大きな眼鏡をかけた女性。服装から貴族のようだった。もう一人は下男のようなのに、その女性と親し気で、けれどもラダに対してはなぜか申し訳なさそうな表情をしていた。

 性別からすると王太子であるのは下男のほうなのだが、態度からして恐らく女性が王太子の生まれ変わりなのだとラダは思った。


『追い出せ。ラダ。ヤルミルだって好きでこいつを殺したんじゃないんから』

『そうダヨ!オイラたちだって、好き好んでやったわけジャナイ』


 精霊たちの言葉は時折、ラダの気持ちをえぐる。

 ヤルミルが頼んだことによって、精霊たちは力を振るい多くの人を殺した。人とは違う存在ではあり悪戯好きでも、好き好んで殺傷するような存在ではないのだ。

 それはヤルミル、ラダの人生を生きてきて、ラダ自身が一番わかっていた。


『もう知らないカラ!ジャネ』


水の精霊の苛立った声がして、不意に冷たい何かが頬を擦り少し眩暈がする。それから精霊たちの声はしなくなった。

 二人は着替えを終わらせると、紅茶の準備をしている彼女の前に戻ってきた。


「ホンザさん。申し訳ないのですがラダさんと二人で話をしたいのです。席を外してもらえますか?」


 ホンザと呼ばれた下男は大人しく頷き、若干安堵した様子でその場を後にした。

 それを見送ってから、女性――イオラは大きな眼鏡を外してラダに笑いかける。

 琥珀色の瞳。

 それを見て、ラダははっきりと目の前の女性が王太子の生まれ変わりなのを確認する。


「精霊にすっかり邪魔をされてしまいました。氷を溶かしてくれたのはあなたですよね」


 氷漬けにしたのが精霊だと、あの戦いを経験しているからこそ、彼――彼女はわかるようだった。

 

「ヤルミル。久しぶりです。私のことがわかりますか」

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