第28話 戦争の記憶

「ホンザ」


 裏口から屋敷に入った庭師の弟子をケンネルは呼び止めた。

 彼は立ち止まり、従順に頭を下げている。


「おかえり。あれ?何かあった?君の様子ちょっとおかしくない?」

「そ、そうっすか?」


 ホンザは恐る恐る頭を上げ、答えた。


「ほら、そんなところ。何かあったの?」

「な、何にもないっす。ないっすから!それでは俺は部屋に戻るっす。おやすみなさい!」


 まさに脱兎のごとく、彼はケンネルの前からいなくなってしまった。


「うーん。何かあったのかな?」


 ホンザはあの侍女の元から戻ってきたはずだった。


「……ホンザの恋人。いや、恋人ではないか。痴話喧嘩?それにしてはあのホンザの動揺はおかしい」


 ケンネルは色々と可能性を考えてみる。


「そういえば、あの侍女。どこかで見た気がするんだよね」


 彼はスラヴィナの侍女を思い起こす。けれども、マクシムの記憶を探ってに該当する者を思い出すことはなかった。


 

  

 翌日、朝食を終わらせて、お昼の開店準備をしていると外が騒がしいことに気が付いた。


「何かあったのかね」


 その騒がしさには既視感があり、ラダは両親に一言いって店を駆け出る。


(まさか、また精霊がアレシュ様に?!)



『ラダ。ほおっておけ』

『ソウダヨ。死なないカラ』

「やっぱりあなた達なの?!」

『だって、あいつ悪い奴』

『うん。悪いヤツ』

「あいつって、アレシュ様?」

『違う!』


 精霊たちと可能な限り小声で会話しながら、ラダは人だかりに近づいた。


「人の氷漬けか?」

「こんなに天気がいいのに?」


 集まった人々は口々にそんなことを言っていた。

 人をかき分けて、その光景を目にした。


 見覚えがない人物が二人、氷漬けになっていた。


「水の精霊」


 叫ばなかった自分自身をラダは褒めてやりたかったくらいだ。

 理由を色々聞きたかったが、まずは助けるのが先だった。

 まずは精霊と話しても見えない場所――建物の間へ移動する。


「水の精霊。あの人たちの氷を溶かして。今すぐ」

『嫌ダヨ。あいつ悪いヤツ』

『そうだ。そうだ。燃やさなかっただけ幸運だぜ』

「悪い奴って?」

『あいつ、ラダを虐めるつもりなんだ!殺されたことを恨んでるから』

「……誰なの?」


 ――殺された。

 胸が刺されたような痛みが走ったが、ラダは問いかけた。


『サイハリの王太子だった奴だ。自分が悪かった癖にヤルミルを恨むなんておかしい奴』

『ソウダ。あいつオカシイ』


 ――お前のことは許さない。絶対に。私が、私が変えるつもりだった。こんな形で終わるなんて!



 隣国サイハリの王太子ゾルターンは軍勢を引き連れてチェリンダ軍を攻撃した。

 今は、自治領として支配下に置かれているが、当時はサイハリのほうが軍事力が上で、チェリンダ軍がまともに戦えば負けていた。なのであの申し出があるまでサイハリの言いなりだった。

 しかし、サイハリの王がウルシュアを愛妾にと望んだ際、チェリンダの王は断った。それが元で一度サイハリの攻撃を受けたが、ウルシュアが成長してからと約束して、戦は回避された。

 数年後ウルシュアが成人して、再度請われた時にチェリンダの王は従わなかった。それで起きた戦において、ヤルミルが精霊の力を借りて、サイハリの軍を壊滅させた。

 当時王太子は、苦言を王に申し立てる事が多く冷遇されており、軍の最前線の指揮を執っていた。なのでヤルミルと対峙することが数回あった。

 圧倒的な精霊の力に何もできず、王太子ゾルターンは三度目の戦いでとうとう命を散らす。

 彼は王の悪政に反対していたが、結局王に逆らえず何もできずに死んだ。後々彼が国民を率いて王を打ち滅ぼしておけば、チェリンダによって一度滅ぼされることもなかったとも、言われてもいる。


「水の精霊。氷を溶かして。もし、彼が私に会いにくるようだったら何もしないで。お願い」

『ラダ!』


 水以外にも火の精霊が不満げに彼女の名を読んだが、彼女は首を横に振る。


「これは私のお願い。精気を代償にお願いする。水の精霊」

『ワカッタ』


 水の精霊が返事をして、遠くで人々が騒ぐのがわかった。

 ラダは人の声から逃げる様に店に戻った。


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