第28話 戦争の記憶
「ホンザ」
裏口から屋敷に入った庭師の弟子をケンネルは呼び止めた。
彼は立ち止まり、従順に頭を下げている。
「おかえり。あれ?何かあった?君の様子ちょっとおかしくない?」
「そ、そうっすか?」
ホンザは恐る恐る頭を上げ、答えた。
「ほら、そんなところ。何かあったの?」
「な、何にもないっす。ないっすから!それでは俺は部屋に戻るっす。おやすみなさい!」
まさに脱兎のごとく、彼はケンネルの前からいなくなってしまった。
「うーん。何かあったのかな?」
ホンザはあの侍女の元から戻ってきたはずだった。
「……ホンザの恋人。いや、恋人ではないか。痴話喧嘩?それにしてはあのホンザの動揺はおかしい」
ケンネルは色々と可能性を考えてみる。
「そういえば、あの侍女。どこかで見た気がするんだよね」
彼はスラヴィナの侍女を思い起こす。けれども、マクシムの記憶を探って眼鏡をかけた琥珀色の瞳の女性に該当する者を思い出すことはなかった。
☆
翌日、朝食を終わらせて、お昼の開店準備をしていると外が騒がしいことに気が付いた。
「何かあったのかね」
その騒がしさには既視感があり、ラダは両親に一言いって店を駆け出る。
(まさか、また精霊がアレシュ様に?!)
『ラダ。ほおっておけ』
『ソウダヨ。死なないカラ』
「やっぱりあなた達なの?!」
『だって、あいつ悪い奴』
『うん。悪いヤツ』
「あいつって、アレシュ様?」
『違う!』
精霊たちと可能な限り小声で会話しながら、ラダは人だかりに近づいた。
「人の氷漬けか?」
「こんなに天気がいいのに?」
集まった人々は口々にそんなことを言っていた。
人をかき分けて、その光景を目にした。
見覚えがない人物が二人、氷漬けになっていた。
「水の精霊」
叫ばなかった自分自身をラダは褒めてやりたかったくらいだ。
理由を色々聞きたかったが、まずは助けるのが先だった。
まずは精霊と話しても見えない場所――建物の間へ移動する。
「水の精霊。あの人たちの氷を溶かして。今すぐ」
『嫌ダヨ。あいつ悪いヤツ』
『そうだ。そうだ。燃やさなかっただけ幸運だぜ』
「悪い奴って?」
『あいつ、ラダを虐めるつもりなんだ!殺されたことを恨んでるから』
「……誰なの?」
――殺された。
胸が刺されたような痛みが走ったが、ラダは問いかけた。
『サイハリの王太子だった奴だ。自分が悪かった癖にヤルミルを恨むなんておかしい奴』
『ソウダ。あいつオカシイ』
――お前のことは許さない。絶対に。私が、私が変えるつもりだった。こんな形で終わるなんて!
隣国サイハリの王太子ゾルターンは軍勢を引き連れてチェリンダ軍を攻撃した。
今は、自治領として支配下に置かれているが、当時はサイハリのほうが軍事力が上で、チェリンダ軍がまともに戦えば負けていた。なのであの申し出があるまでサイハリの言いなりだった。
しかし、サイハリの王がウルシュアを愛妾にと望んだ際、チェリンダの王は断った。それが元で一度サイハリの攻撃を受けたが、ウルシュアが成長してからと約束して、戦は回避された。
数年後ウルシュアが成人して、再度請われた時にチェリンダの王は従わなかった。それで起きた戦において、ヤルミルが精霊の力を借りて、サイハリの軍を壊滅させた。
当時王太子は、苦言を王に申し立てる事が多く冷遇されており、軍の最前線の指揮を執っていた。なのでヤルミルと対峙することが数回あった。
圧倒的な精霊の力に何もできず、王太子ゾルターンは三度目の戦いでとうとう命を散らす。
彼は王の悪政に反対していたが、結局王に逆らえず何もできずに死んだ。後々彼が国民を率いて王を打ち滅ぼしておけば、チェリンダによって一度滅ぼされることもなかったとも、言われてもいる。
「水の精霊。氷を溶かして。もし、彼が私に会いにくるようだったら何もしないで。お願い」
『ラダ!』
水以外にも火の精霊が不満げに彼女の名を読んだが、彼女は首を横に振る。
「これは私のお願い。精気を代償にお願いする。水の精霊」
『ワカッタ』
水の精霊が返事をして、遠くで人々が騒ぐのがわかった。
ラダは人の声から逃げる様に店に戻った。
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