第二章 「隣国の王太子」の復讐

第27話 「彼」の復讐のはじまり

「それでは。また明日来るから」

「はい。お待ちしてます」


 

 ラダはアレシュを見送り、店に戻った。

 先ほどまで二人の会話を聞いていた客たちは、何事もなかったようにそれぞれの会話を再開させる。

 本人たちは気が付いていないが、二人はちょっとした噂になっている。

 美貌の騎士と看板娘の恋。

 ラダの両親、イルジーとガリナは気が付くと否定しているのだが、噂はなくならない。客寄せにもなっているため、微妙な気持ちを二人は抱えるくらいだ。

 ケンネルの注文期間が終わっても、アレシュは毎日通い続けた。昼食休憩に来るため、時間がかなり限られており、二人は会話らしい会話をしていないので、客と看板娘という関係で進展はまったくしていない。


『つまんねぇな』

「突然、何?」


 火の精霊の声が突然聞こえ、ラダは思わず身構えてしまった。

 そういえば最近悪戯をすることがなくなり、声も聴いたのも久しぶりの気がした。


『ここはいっちょ』

『だめダヨ。闇が言ってタヨ。人の心は人に任せろッテ』

『つまんないんだよ。ちょっとラダの父ちゃんと遊ぼう』

「ちょっとやめてよ」



 給仕をしながら、ラダは小さい声で火の精霊を止める。それから気になっていたことも尋ねた。


「あの、人の心ってどういう意味なの?水の精霊。闇の精霊も言っていたよね」

『あ?ソレネ。ほら、火、鍛冶屋にイキナヨ。アソコなら一杯火があるダロ』

『そうだな。暇つぶしはそっちでするか』

「あ、人に迷惑かけちゃだめだよ」

『わかってるって』


 

(心配だけど、そこまで私は関与できないしね)


 火の精霊につきっきりになるわけにもいかないので、ラダは諦めて給仕を続ける。そしてはっと質問に答えてもらっていないことに気が付いたのだが、もう何も声も聞こえなかった。


「逃げられた……」

「どうしたんだい。ラダ?逃げられた?」

「なんでもないよ。お母さん。お昼の繁盛期も、あともう少しだね。頑張ろう!」

「あ、うん」


 ラダの不思議さはいつものことなので、母ガリナは頷くと会計のほうへ回る。

 約束通り、アレシュは過去(ヤルミル)のことを聞かなくなった。お昼時にきて美味しそうに父の料理を平らげ、帰っていく。時折紫色の瞳にじっと見つめられると胸が騒いだが、「恋はしない。ヤルミルの過ちはおかさない」と心の中で唱えて、どうにか気持ちを押さえた。

 そうして毎日、ラダにとっては平和な日々が過ぎていた。




「アレシュ。最近、お昼は毎日ラダのお店に行っているそうじゃないか」

「……どうして知ってるんですか?」

「それはなあ」

「私が話したからに決まってるじゃないか」

「兄上!」


 本日は久しぶりに家族が揃い、ベルカ家は賑やかな晩餐を楽しんでいた。


「ラダちゃん。私も見てみたいわ。お昼に行ってもいいかしら」

「母上。やめてください。迷惑になりますから」

「だったら、屋敷に招待……」

「そんなことしないでくださいね。父上も兄上も、もう余計なことはしないでください。俺は今の状態で満足なんですから」


 前例のこともあるので、アレシュは父と兄にきつく釘をさす。

 昼食時に、ラダの働く姿を見ながら、美味しい料理を味わうことが今の幸せだった。下手に刺激をして嫌われたらと、父たちを睨んでしまう。


「わかったよ。わかった」

「はいはい。わかったよ」

「残念だわ」


 アレシュの決死の思いを汲んでくれたらしく、三人は口惜しい様子ながらも納得してくれた。

 それに安堵して、彼は明日も彼女に会えることを考えて一人嬉しく微笑む。


「……アレシュ。綺麗な顔が台無しになっているわ」

「アリシア。それは言わないほうがいい」

「そうですよ。母上。気が付かない振りをしたほうが親切です」

  

 両親と兄につっこまれながらも、アレシュの表情は緩みっぱなしだ。

 ラダ同様、アレシュも穏やかな日々を送っていて、二人は前世のことを考えないことが多くなっていた。

 


 ☆


「それは本当なの?!」

「はい」


 スラヴィナは侍女イオラから報告を受け、握っていたクッションを壁に投げつけた。


「それは美貌の騎士と看板娘の恋と噂になるくらいみたいです」

「許せないわ。どうしてそんなことに!」

「殿下。落ち着いてください。ここは私に任せていただけませんか?アレシュ様の目をラダからあなたに向けさせる案があります」

「本当?どうするの?」


 最近のイオラは以前と雰囲気が少し変わってしまった。こうして提案などもしてくるのは彼女にしては珍しいはずなのに、その案に気を取られ違和感には目をつぶる。


「スラヴィナ殿下。実はラダは……」


 イオラから聞かされた話に彼女はしばらく何も言えなかった。


「イオラ……。いえ、王太子殿下と呼ぶべきでしょうか」


 長い沈黙を破ってスラヴィナが口を開く。


「スラヴィナ殿下。今の私はイオラです。一介の侍女に過ぎません。けれども、前世の恨みをすこし晴らすこと、お許しいただけたらと思います。それはあなたの助けになるはずですから」

「……ええ、そうね。だけど」

「殿下。あなたはアレシュ様を夫にしたいのでしょう。それならこの方法以外では難しいと思います。殿下。ヤルミルはサイハリを蹂躙しました。悪政を布いた我が父は確かに亡ぶべきでした。けれども多くの人が命を落とす必要があったでしょうか? ヤルミルの生まれ変わりのラダはあなたの愛するアレシュ様を奪おうとしています。あなたはサイハリの希望です。あなたが女王となり、ウルシュアの魂を持ったアレシュと共に国を統治するのです。チェリンダとサイハリのために」


 イオラはかけている大きめの眼鏡を外して、その琥珀色の目を細めた。それからスラヴィナに暗示をかけるように囁いた。


「このままでは、ラダがアレシュ様を浚いますよ」


 何も言わない彼女にイオラが後押しするように言葉をかける。


「わかったわ。あなたに任せる」

「承知いたしました。よい知らせをお待ちください」



 スラヴィナの決断にイオラは薄く微笑み、眼鏡をかけ直した後、首を垂れた。

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