第25話 和解

「今度ゆっくり会ってくれないか?」


 城へ一直線の道が走っているところまで歩いてきて、アレシュは足を止めるとラダに尋ねる。

 彼の紫色の瞳を直視できなくて、彼女は視線をそらしてしまった。


「あなたは、ヤルミルは誤解している。誤解されてもしかたがない。それでもウルシュアの気持ちを話したいんだ。そして償いをしたい」

「償いなんて必要ありません。過去、もう終わったことなんですよ。私は、ラダとして生きてます。精霊たちは未だに傍にいますけど。私は、ヤルミルじゃないんです」

 

 顔を上げて、ラダは意志をはっきりと伝える。

 そのウルシュアと同じ瞳を見つめ返して。


(王女様……)


 ヤルミルの想いが込み上げてきて、苦しくなる。

 

「……わかった。もうウルシュアの話はしない。だけど、明後日以降も会いに来てもいいか?」

「は?どうして?」

「それは……、あなたのお店の料理がおいしいから」

「え、はい。もちろんです。父も母も喜びます」

「そ、そうか。うん。じゃあ、また。明日。そうだ、明日のお昼についてだが……」


 アレシュは明日のお昼の料理を八人分伝えると、籠を鞍の後ろに固定して、馬に乗って行ってしまった。


 ――明後日以降も会いに来てもいいか?


 そう聞かれた時、思わず別の意味で期待してしまったラダは、一人で恥ずかしくなって悶えてしまう。


(これじゃ、ヤルミルと一緒だ。しっかりしないと。ヤルミルは、ヤルミル。私は私!)


 もう一度だけ、アレシュが去った方向に眼をやった後、彼女は小走りでお店に戻った。


「おかみさん、会計頼むよ」

「おかみさん、注文」


 お店に戻ると母ガリナが慌ただしく給仕をしていて、ラダは手伝いに入る。それからしばらくして客の足が途絶えたので、三人はお昼にすることにした。


「ラダ。問題は解決したのかい」

「うん、まあね」


 解決はしていないのだが、とりあえず和解はしたような気がして、ラダは曖昧に頷く。


「でも珍しいな。ラダがあんなに不機嫌そうにしているのは。あの、えっとケンネル様だっけ。あの方に対してもそんな態度はとらなかっただろう?」

「え、ケンネル様?」


 父イルジーが急にケンネルの名前を出したので、彼女は聞き返す。


「ああ、そうだね。ラダはケンネル様を苦手そうにしてたけど、顔には笑顔を張り付けていたからね」

「お母さんまで。……なんでわかったの?」

「私たちはお前の両親だよ。娘の変化くらいわかるものだ。なあ、母さん」

「そうそう。頑張って笑顔を作っていて、ちょっと可哀そうになったよ」


(うわあ、ばれていたんだ。だって、ケンネル様はマクシムそっくりなんだもん。うう、思い出したら胸がムカムカしてきた)


「あ、また何か……。この話題はよそうかね。それよりあのアレシュ様なんだが」 

「父さん、その話題も……」

「うん。大丈夫だから。アレシュ様はうちの料理を気にいってくれたみたいで、このお昼の注文が終わってもうちに来たいって言ってたよ」

「そうかい?」

「ふーん」

「どうしたの?二人とも」

「いや別に」


(なにかあんまり嬉しくなさそうなんだけど)


 二人が喜んでくれないので、ラダは首を捻る。けれども聞き返そうとしたら、お客さんが来て、その話はうやむやになってしまった。




「ちょっと気持ち悪いぞ」

「何かムカつく」


 結局遅れて届けることになったお昼だが、アレシュの選択も正しく、ラダの父の料理の腕もよかったため、先輩たちは昨日と同様旨いと言いながら食べていた。

 その度に、アレシュは自慢げに頷き、美貌崩壊とも言っていいほど顔が緩みっぱなしだったので、騎士たちは彼に悪態をつく。

 

「ああ、いいよなあ。アレシュなら、どんな子でも選り取りみどりだよなあ」

「それで、可愛いのか?」

「そんなんじゃありません」

「だったら、なんで今日遅かったんだよ。しかも顔がだらしないくらい、緩んでるぞ」

「え?そうですか?」


 先輩たちに言われアレシュはきりっと表情を戻すが、それもすぐに無駄に終わる。


「アレシュ!ああ、なんてこったい。こんなんだったらケンネルの野郎に協力なんてしなきゃよかったな」

 

 小隊長すら嘆くほど彼は浮かれきっており、アレシュ自身も驚くくらいだった。


(問題はまったく解決してないんだが、ラダにこれからも会えることを考えるとうれしくなる。ちょっと異常なのか?)


「あ、小隊長。またアレシュがおかしくなってきている」

「ああ、またか。誰かこいつと模擬戦してこい。騎士としての務めを教えてやれ」

「あ、俺やります」

「俺も」

「んじゃ、俺も」


 休憩を終わらせた後、再び一対一の模擬戦形式の訓練が始まる。

 アレシュは休みなしで、三人の相手を連続することになった。他の先輩は自粛したのか見学に回る。

 アレシュは精鋭隊とも呼ばれる第一分隊第一小隊に所属するほどの力量がある。けれども、小隊内ではまだ青二才扱いで、まだまだ甘い。

 日ごろは手加減されているのではないかと思うくらい、コテンパンにやられたが、いい気持ちの切り替えになった。


「ありがとうございました」


 ズタボロになりながらも、アレシュはお礼を言う。


「やっぱりアレシュだよな」

「なんか、こう罪悪感が湧いてくる」

「どうしたんですか?」

「いや、なにも……」


 実は恋に浮かれている後輩に嫉妬して扱いてしまったなどと言えるはずもなく、騎士たちは狼狽えがちだった。

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