第24話 前世と今
「この袋が香草入りソーセージの入ったもので、こっちが黒胡椒のソーセージ、そして豚の塩焼き二つに、鶏の黒胡椒焼きです。紙袋の上に料理名を書いているので確認して渡してください」
(ちょっと冷たすぎるかな)
ラダ自身もそう思ったけれども、やはりヤルミルの気持ちを笑われたようで、愛想笑いもできなかった。しかし、そのおかげで彼の美しい顔を間近で見ても妙な気持ちにならなくて、それだけでも救いだった。
「ありがとう」
アレシュは少し泣きそうな顔になったように見えたが、彼女は気が付かない振りをした。ウルシュアに泣かれそうな気持ちで、自身の中のヤルミルが胸を痛めている。それをも無視して、彼女は業務的に袋を籠に詰めてから彼に渡す。
「あの、」
「なんでしょうか?」
「ラダ、失礼だよ。何があったんだい」
おずおずと話しかけてきたアレシュにつっけんどんに答えたラダに、すかさず母ガリナが口を挟んだ。
「いえ、おかみさん。俺が悪いのです。ラダ。誤解を解きたい。俺に時間をくれないか」
「誤解なんてありませんから」
「ラダ!」
「よーよー。何があったんだい?綺麗な騎士さん。ラダちゃんが嫌がってるじゃないか?」
お店はまだ昼時、他のお客さんがやり取りを聞きつけて、会話に加わってきた。
「……明日また来る。その時に話をさせてくれ」
これ以上ここにいては迷惑を考えたのか、アレシュは相手にもせず、ラダだけにそう言った。
「おいおい。俺は無視かよ」
「お客さん!大丈夫だから。ほら、たんとおたべ」
無視をされた男が立ち上がりそうになり、すかさず母ガリナが間に入る。
「ラダ。入口まで騎士様を送ってあげないかい。明日の注文も聞かないといけないだろう」
「お母さん!」
「ラダ」
店は一番忙しい時、ラダとアレシュのことで余計な負担をかけているということに気が付いて、彼女はガリナの指示に従うことにした。
「騎士様。いきましょう」
「アレシュだ」
「それではアレシュ様」
ラダが先を歩き、それをアレシュが追う。
母ガリナは小さく息を吐いた後、給仕を続けた。
店の入り口で話すのは邪魔になるので、アレシュの提案もあり、馬が繋がれている場所で話すことにした。
「それでは、明日の注文を聞いてもいいですか?」
目的の場所へ到着し、ラダは直ぐ尋ねた。
店が繁盛時間であること、そして早くアレシュから離れたい、その二つの気持ちがあって気が急いる。
「話を聞いてくれないのか?」
「どういう話ですか?王女様とヤルミルの話は過去のことです。今更話しても仕方がないことです」
「それならどうしてそんなに怒ってるんだ。それは俺がヤルミルの気持ちを笑った、と思ったからだろう」
「そ、そうですが。それは普通ですよ。ヤルミルは、ヤルミルは本当に王女様が好きでしたから」
ヤルミルは自分自身、そしてウルシュアは目の前のアレシュであるから、顔が赤くなったのを見られないように少し俯き加減で彼女は話す。
「ラダ。ウルシュアも、ヤルミルが好きだったんだ。だけど、彼女は王女だった。だから伝えられなかった」
「嘘だ。それは……」
「嘘じゃない。だから、ヤルミルが……あなたの命が尽きた時、ウルシュアも死のうとしたんだ。だけど、マクシムが、」
「マクシム!やっぱりマクシムですか?」
「だから、違う。話は最後まで聞いて」
アレシュは籠の取っ手を腕にかけ、両手でラダの肩を掴む。
紫色の瞳が食い入るように向けられ、ラダは逃げようと顔を反らした。
「逃げないで。ラダ。お願いだ。私の、ウルシュアの話を聞いてくれ」
☆
「あなたの……ヤルミルの命が尽きたのと、隣国サイハリが壊滅したのはほぼ同時期だった。サイハリの王族はすべて死に絶え、人口は半分以下になった。隣国の王によって国民の男子はほぼ兵士として駆り出されていたから。なので、抵抗する力は残っていなかった」
日中の街中、彼の話はとても非日常的だった。
けれどもそれが事実であり、史実であることをラダは知っている。
己が奪った多くの命、それは今も忘れられない。
「ラダ。君、いやヤルミルはウルシュアのために精霊の力を借りた。隣国への攻撃はすべてウルシュアのせいだ。だから……」
「違います。僕がやったんだ。僕は、王女様を守りたかった。そして彼女に……僕を誇ってほしかった」
「……ヤルミル……」
時はまるで、あの時のようだった。
ラダはヤルミルに戻り、アレシュはウルシュアに戻る。
あの森の、小さな塔の天辺で風に吹かれながら言葉を交わす。
「罪は僕にあります。僕はただあなたの笑顔をずっと見ていたかった。そして、僕のことを覚えていてほしかった」
「ヤルミル……」
「ラダ!騎士様!」
その声で、二人の世界が一気に壊された。
現実に引き戻された二人は、周りの状況に驚く。
「いやあ、なんていうか、お前さんたちは役者なのか?役があべこべに見えるけど」
「こんなところで練習して暑くない?」
「どこで上演予定なの?観てみたい」
「えっと、あの」
「そうじゃないんだ」
ラダとアレシュは集まった人々に次々を質問されて戸惑う。
それを救ったのは走ってきたラダの母だ。
「ラダ、アレシュ様。こんなところで何をやってるんだい。おやまあ、人がこんなに。皆さん、うちに寄ってレモン水でも飲んでいかないかい。冷たくて美味しいよ。今なら二杯で銅貨一枚に負けちゃうよ」
「本当か、ならいく」
「俺も!」
ガリナは集まった人々を店に呼び入れながら、二人に目配せる。
「アレシュ様、行きましょう」
「そうだな」
ラダに言われ、アレシュは頷くと馬を引き連れ、その場からそっと離れた。
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