第21話 思い出の場所と黄色い鳥

『お願いされたから、ボクは君から精気を貰わないといけないじゃないか』


 風の精霊の作った風に乗って、ラダは空を飛んでいた。

 誰にも見られないようにかなりの高さだ。

 下から見ても鳥か何かと間違われるくらいだろう。


「ごめん。でもお父さんとお母さんの話を聞いているとそうしたほうが一番早い気がしたの」

『王女様が絡んでいるのが嫌なんだよ』


 いつも楽しそうにしている風の精霊がこうも機嫌が悪いのは珍しい。その原因を作ったのはラダだったが、いまさらやめるわけにもいかない。

 彼女は風の精霊に頼んで城に向って飛んでいた。そこでアレシュを探して、料理名がいくつか書かれた紙を渡して、今日のお昼を選んでもらうという計画だ。


『城の中には騎士がいっぱいいるんだよ。その中から王女様を探すつもり?』

「……風の精霊は見つけられるんでしょ?」

『なーんだ。知っていたの』

「だって、最初に王女様……えっと今の名前は…アレシュ様だよね。アレシュ様に会いそうになったとき、本当は知っていたんでしょ。最初から」

『最初からじゃないよ』


 急にうろたえたような声になってラダは噴き出してしまう。


「精霊はみんな優しいんだから」

『ひっくるめて言われるのは癪だな。ボクが一番優しいんだから』

「そうだね。ありがとう」


 彼女がお礼をいうと、少し機嫌を直したようで、体に当たる風がやわらかくなった気がした。


『もう着くよ。どれどれ、どこにいるのかな?』


 城に近づき、ラダは急に胸が痛くなってきた。

 九十年近く経つのに、城は以前と同じだった。


「……風の精霊。あの場所で降ろしてくれない?」

『え?だって』

「お願い」


 ありえないこと。

 そう知っているのだが、ラダは風の精霊に降りる場所を指定した。

 その場所は、ヤルミルと王女ウルシュアがよく二人で話をしたところ。

チェリンダ王国のお城は丘といっても過言ではない小さな山の上に築かれている。その周りには木々が生い茂っており、森の様相を呈していた。その森の中に朽ちかけていた小さな塔があった。


(あの時すでにボロボロだった。だから、もうないかもしれないけど)


 ラダはどうしてもあの場所に再び行きたかった。彼女の中のヤルミルの切ない気持ちが溢れてきて、あの場所に行かないとこのままどうにかなってしまいそうなくらいだった。


『しょうがないなあ。おせっかいも一緒にしてあげるよ』


 口笛のような音がしたけれども、ラダには何が起きたかわからなかった。


「風の精霊?」

『心配しないで。悪いことはしてないよ。じゃ、森に入るよ』

 

 急に方向を変えられ、ラダの体がぐらりと揺れる。悲鳴を上げそうになった彼女をまるであやす様に別の風が受け止めた。


『さあ、行こう。思い出の場所へ』




「珍しい鳥がいるなあ」


 訓練の一環、隊員たちによる模擬戦。

 一対一で行われるため、他の騎士たちは見学になる。

 隣の先輩が空を見上げてそう言ったのをアレシュは聞いた。

 

「え?」

「うげっつ!」


 ぽたりと肩に何か落ちた感触、そして隣の先輩が声を上げる。


「うわあ!!」


 アレシュは自身の肩を見て、仰け反りそうになった。濃い草色の塊が白い何かと一緒に付いていた。


「アレシュ!今すぐ洗って来い。次は俺が代わっとくから」

「はい!」


(なんで、付いていない。いや、付いているのか)


 気分がいい朝で、今日は頑張ろうと気合をいれたところで、何か邪魔されたようで、彼は鳥の糞の臭さよりもそちらのほうが気になる。


(とりあえず洗い落として着替えよう)


 先輩たちはかなり同情的、というよりも近づいて欲しくなさげで、アレシュは堂々と水場に向う。洗い流すのが先だと考えたのだ。

 城にはいくつか井戸が置かれている。

 城内を警備する王直属部隊が利用する水場は、その井戸の近くにあった。井戸で水を汲んでから、桶に水を注ぐ。手で洗う気になれなくて、ハンカチに水をしみこませて、拭おうとしたところ、黄色い鳥が彼を見ていた。


「黄色?珍しいな」


 口に出してから、アレシュは気がついた。


「こいつか。俺に糞を落としたは!」

 

 先輩が珍しい鳥とぼやいたのを思い出して、彼は鳥を睨みつける。

 すると、鳥はまるで馬鹿にするように鳴いて飛び立った。けれども遠くにいくのではなく、近くの木の枝に止まり、まだこちらを見ていた。


 ――ごめん。ウルシュア。悪い気はないんだよ


 子どもの声と共に、黄色い鳥を肩に乗せて謝る少年ヤルミルの姿を思い出す。


「ま、まさか……」


 その鳥は今度は高く鳴くと、大きく翼を広げて飛んだ。その方向には森が広がっていて……。


「ヤルミル……。ラダがきてるのか?」


 確証はもてなかったが、アレシュは導かれるように鳥が消えた森へ足を向けた。

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