第20話 前を向いて


『おはよう!元気そうだね』

「おはよう。元気だよ」


 ほぼ日の出と共に目覚めて、両親に挨拶してから、井戸に水を汲みに行く。

 裏庭で、澄んだ空気を吸いこみながら風の精霊に挨拶を返した。

 光の精霊に話をしてもらったおかげで、ラダは気持ちにゆとりができていた。これまで後ろ向きに考えていたヤルミルの気持ちに向き合うようになったのだ。おかげで、ぐっすりと眠れて、目覚めも爽やかだった。


『ボクに手伝えるようなことがあったら言ってよね』

「もちろん」


 人の手でできることは自分ですることには変わらない。

 桶いっぱいに水を汲んで、裏口へよたよたと歩く。


『ラダは信用おけないよ』

「これくらいは自分でしなきゃ。本当に困った時はよろしくね」

『うん。まかせて。じゃあ。よい一日を~』


 笑い声とともに優しい風がラダを撫でる様に吹いていく。

 それに手を振ってから、彼女は自分の仕事に専念した。


「昨日の今日だから、ちょっと変えてみるか」

「どうかね。もし変えて気に入らなかったら大変じゃないか」

「それもそうだな」


 朝食を食べながら、ラダの両親は今日の騎士への昼食について話し合っていた。

 

(好みがわかれば早いのになあ。せめて昨日の感想を貰えたら……)


 二人の会話を聞きながらそう思って、彼女ならそれが可能だと気が付いてしまう。


(普通の人じゃ無理だよね。あ、でも馬を借りたということにすれば大丈夫じゃない?)


 平民で馬を乗れる少女は「普通」ではないのだが、ラダはそこには考え至らなかった。しかも城に平民が勝手に入れるわけでもないのに。


「お父さん。すぐ作れそうで持ち帰りにできそうな料理を紙に書いてもらってもいい?ちょっと騎士様に聞いてくる」

「え?ラダが?」

「うん」

「どうするつもりだい?」


 父も母も半信半疑で聞いてくる。


「えっと、ほら昨日会った騎士様、確か、アレシュ様だったっけ。あの方、下っ端なので、門番に聞けばきっと会わせてもらえると思うの」


 ラダは必死に頭をひねって両親に説明してみる。実際にすることはちょっと違うのだが、それは言わないつもりだった。

 顔を見合わせていた二人は頷いて、まずは父が心配そうに口を開く。


「危なくないなら、してもらったほうがいいかな」


そんな父に対して母はいつものように快活に言い放った。


「うん、まあ。あの騎士様とは知り合いのようだし、いいんじゃないか」


 そうして両親の許可を得て、ラダとしては初めて積極的に精霊に頼みごとをすることになった。





「あ、アレシュ。おはよう」

「おはようございます」


 大欠伸をしながら上の部屋から降りてきてケンネルに、アレシュはしっかりと挨拶を返す。


「気持ちは固まったみたいだね」

「はい。昨日はありがとうございました。あの、その」

「アレシュ。まあ、昨日のことは半分忘れてくれると嬉しいな。本当は、私も話すつもりはなかったんだ。これまで同様、兄としてよろしく」

「はい」

「あ、父上には特に言わないように。あの人変な所で真面目だから」

「そうですね」


 父が兄の前世が彼の尊敬するマクシム・ベルカだと知ったら、かなり動揺する様子は簡単に想像できて、アレシュは頷いた。


「じゃ、行ってらっしゃい。私はのんびり城に行かせてもらうよ。騎士って本当に朝早いね」


 前世は騎士団長ではなかったのか、そんなことを思ったのだが、彼は口に出さず兄に再度挨拶をして、玄関を出た。


「おはようございます!」 

「おお、アレシュ!よかった。元気になったんだな」

「ご迷惑をおかけしてすみません」


 王直属部隊、第一分隊第一小隊はバジナ小隊長、アレシュを入れて八人の騎士が所属している。どの騎士もみなアレシュより年上なので、彼は昨日の態度を素直に謝った。


「まあ、いいって。お店の可愛い子と喧嘩しないようにな」

「そうそう」


 彼らは、女性にもてるのに全く無縁だったアレシュを祝うように、彼の肩を叩いたり、その髪の毛をくしゃくしゃにして先輩風を吹かせる。 

 

「可愛い子なんて、いや、確かに可愛いですが。いえ、違うますから!」

「あ、やっぱり可愛い子か。やっぱりなあ」

「そうだと思ったよ」


 昨日のように否定をすればいいのに、ラダのことを可愛くないと否定もできず、アレシュは口ごもった。それで騎士たちはにやにやと笑いだし、ますますからかわれることになってしまう。

 騒いでいると隊長が現れて、第一小隊の本日の任務というか、訓練が始まった。

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