第17話 美貌の騎士と看板娘
「こちらが鶏肉の入っている袋で、この印が付いている袋にはパンが入ってます。父の自信作なので、きっと口に合うと思います」
ラダは籠に入った紙袋を指でさしながら説明する。
父の料理は美味しい。なのできっと気に入ると自信をもっていた。
(でも騎士って貴族だから、ちょっと好みが違うかもしれないけど)
他のお客の前で自信の無いことは言えないと、ラダは胸を張っていた。そんな彼女の後姿を見ながら感動で父が泣きそうになっていたのだが、ラダが気づくことはなかった。
「ありがとう。美味しくいただく。この籠は食べ終わったら返しにくればいいか?」
「えっと。明日取りに来る時にまたお持ちください」
「明日?」
「はい」
アレシュに問い返されて、ラダは返事をしたが戸惑う。
(もしかして、この騎士様はケンネル様が四日分を注文したことを知らないんじゃ。ってことは……)
「わかった。籠は明日お昼を取りに来る時に持ってくる」
彼女が結論に至る前に、アレシュがそう言ったので、とりあえず知らないという可能性は消しておく。
それでも疑問は渦巻いたままなのだが。
「ラダ。今日は色々あってすぐ城に戻らないといけないのだが、明日は早めに来るから話をしてもいいか?」
「え、あの」
(話ってきっとヤルミルのことだよね。やっぱりしないといけないのかな)
覚悟は決めていたが、このまま触れて欲しくないという気持ちもある。ヤルミルの想いは重すぎて、ラダ自身が持て余すくらいだからだ。
「話をしたくないならそれでいい。とりあえず明日は余裕を持って早めにくるから」
「はい」
公衆面前でそう言われて、ラダは何やら視線を四方から感じた。それには母と父のものも入っていていたたまれない気分になる。
「それでは。お邪魔しました。明日、また来ます」
ラダの気持ちなどお構いなしなのか、アレシュは笑顔を振りまくと籠を持って店を出て行ってしまった。
「おお!!ラダちゃん、どうしちゃったんだ?!あんな美人な騎士といつ?!」
「俺のラダちゃんが~~。所詮顔か!」
彼が去ると突然、店内が騒然とし始めた。
「え、あの?」
「お客さん、うちの看板娘に何を言ってるんだい。冗談もいい加減しないと、このガリナの鉄拳が落ちるよ!」
「うわ、おかみさん、勘弁してくれ」
母が冗談ぽく拳を突き上げ、同時にラダに奥へ行くように目配せをする。それに頷いて、彼女は父のいる厨房へ駆け込んだ。
「さて、ラダ。この食器を洗ってくれるかい」
「うん」
父イルジーは何も聞かず、いつも通りに手伝いを指示する。それに安堵して彼女は父に渡された食器をもって洗い場に向った。
☆
「これ、うまいなあ」
「そうでしょう」
城に戻り上司のバジナ第一小隊長に挨拶してから、彼は先輩たちに配った。普段は城の食堂を利用している彼らなので、珍しがられる。すでにバジナが隊員の騎士たちに伝えていたので、アレシュの帰りを待っていた彼らはすぐに食べ始めた。
パンは今日焼かれたようで、香ばしい香りが漂っており、表面は硬かったが、中身はふわりと柔らかい。
鶏肉はぴりりっと黒胡椒が味を利かせているもので、アレシュが作ったわけでもないのに、先輩たちがおいしいという度に嬉しくなった。
「明日も買ってきてくれるのか?」
「やった。食堂に並ばなくてもすむ」
明日の話をすると皆が喜び、アレシュは明日も買いにいけると思って顔の緩みが止まらなかった。そのため、隊員の騎士から店に可愛い子がいたのかと、何やら聞かれ、アレシュは必死に否定した。
(もしラダの存在がばれたら、押しかけていくかもしれない。それは阻止しなければ)
ヤルミルの生まれ変わりで、罪を償いたいと彼女を捜し求めた。けれども今日改めて彼女に会うと別の思いがこみ上げてきた。
くるくる変わる表情、動くたびに揺れる愛くるしい尻尾のような髪の毛。すらりと伸びた手足はとても華奢で…。ヤルミルの面影ではなく、ラダの可愛らしさにアレシュは心を惹かれていた。
最初にウルシュアがヤルミルに会ったのは森、お互いにまだ子どもという年齢だった。看病をされて意識を取り戻したとき、彼の瞳がとても綺麗で見惚れてしまった。引き止められて心が揺れ動いたが、王女として彼女は決断した。
城まで付いてきてくれると言われたときに、とても頼もしかったのをウルシュアの記憶から思い出される。
(ウルシュアは、ヤルミルを好きだった。恋よりも深く彼を愛していた。けれども、結局彼女は王女としての自身を捨て切れなかった)
ウルシュアの記憶の思いを馳せると、ラダに会えて浮かれていた気持ちが冷えていく。
(ラダはヤルミルの生まれ変わりなんだ。今日はすっかり調子に乗ってしまったな。軽蔑されているかもしれない)
「アレシュ、アレシュ。どうしたんだよ?え?」
先ほどまで緩みっぱなしだった彼の表情が突然強張り、何か暗い雰囲気が漂い始め、先輩の騎士たちは振りまわされることになる。
「バジナ小隊長。ちょっとどうにかしてください!」
騎士の一人が戻ってきた隊長に助けを求めた。
「俺が知るか。アレシュ。なんなら明日は別の奴に、」
「俺が行きます。俺が行かないといけないんです」
真剣に、思いつめるように言われ、隊長を初め隊員の騎士たちはお互いの顔を見合わせるしかなかった。
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