第16話 金髪碧眼の紳士と赤髪の王女
「お呼びでしょうか。殿下」
金髪碧眼の若き宰相補佐官は、スラヴィナの呼び出しにウキウキという様子で現れた。
部屋には、侍女が二人付いており、お茶の準備をしている。
「ええ。応じてくれてありがとう」
王女という立場に相応しく彼女は悠然と答えたが、内心はかなり緊張していた。
ケンネルは油断も隙もない男。
言葉を選ばなければと、前に座った彼を見据える。
「用件はわかっていますよ。殿下。アレシュのことですよね」
彼女の努力もむなしく、切り出したのは彼からだった。
顔いっぱいに笑みを浮かべ、妙な重圧がある。
「アレシュをあなたの騎士に、だそうですね。父上から聞きましたよ。我がベルカ家は名門も名門、王家とのつながりも長いのですよ。そうそうあなたの思い通りにはなりません。残念でしたね」
ケンネルは涼しい顔をして侍女がいれたお茶を美味しそうに飲む。
その足を踏みつけたくなったが、そこは王女。懸命に堪えて、引きつっていたが笑顔を保った。
「どうして反対されるのですか?アレシュにとってもいい話だと思いますのに」
「まあ、普通であれば、でしょうね。あなた様はとても魅力的だし、王女という立場ですから」
魅力的と口に出した時に、妙に色っぽい視線を向けられ、純情な彼女は動揺してしまったが、どうにか矜持を保って余裕の笑みを維持した。
「普通とは、どういう意味かご説明いただけますか?」
「殿下。それはベルカ家の秘密です。聡明で美しいあなたならどうか、引いていただけませんか?あなたを慕う者としては、あなたが別の者にそう関心があるのは好ましくありませんし」
「し、慕う者ですって?!」
それまで必死に堪えていたのだが、これが限界だった。
アレシュの美貌に隠れているが、ケンネルは英雄とも讃えられるマクシムの面影をいただく美青年。これでもかと色気を醸し出されて、スラヴィナは落ち着きを完全に失った。
「そうですよ。殿下。私はあなたをお慕いしております。どうか、弟ではなく私をお選びください」
「け、ケンネル。じょ、冗談はやめて頂戴」
「私は本気ですよ。スラヴィナ殿下」
ケンネルは顔を真っ赤にさせる彼女に後一押しと迫ろうとするが、侍女が間に入った。
「ケンネル様。いい加減にされてください。なんと刺激的な……。困ります」
「これは、失礼しました。私としたことが、思わず衝動的になってしまいました」
彼は距離を保つと、上品に再びお茶を飲み始める。
早く帰ってほしいと願うスラヴィナの思いを無視して、ケンネルは彼の部下が呼びにくるまで王女の部屋に居座り続けた。
☆
『ラダ。逃げようか?』
風の精霊がそう聞いてきた。
腕を掴んだ騎士――紫色の瞳は請うように彼女に向けられている。
(彼は間違いなく、王女様。だから、こんな表情をしている。だけど、必要ない。僕は……私は彼女……彼にこんな顔をさせるために、死んだわけじゃない。笑っていてほしい、それは本当にそう思ったんだ)
ラダはヤルミルに思いを馳せ、首を横に振った。
「大丈夫」
(逃げても何の解決にもならない)
「や、ラダ?」
掴まれた腕は悲鳴を上げていた。
それだけ必死の思いを彼から感じる。
「私は逃げないので、離してください。あ、あのお昼を取りにきた騎士様ですよね?」
集まった人たちは、あの騒動の後にアレシュが必死になってラダを追いかけたので、別の好奇心が生まれていたようだ。けれども、ラダの言葉に納得したように散っていく。
「……そうだが……」
アレシュは迷うような仕草をした後、手を離して小さく答えた。
「私についてきてください。用意はできますから」
「ああ」
アレシュは返事をすると、素直にラダの後を追う。手綱を引かれた馬は主に従い、ゆったりと歩いている。
ラダはどう会話していいか、わからなかった。店はすぐだと自分に言い聞かせて進む。
『どうすんの?邪魔だったら』
『火がやったら死んじゃうヨ。オイラが!』
「ちょっと二人ともいいから。何もしないで」
物騒な会話を精霊がしているのを聞いて、ラダは慌てて止める。
「ラダ?」
「な、なんでもないですから」
『なんでもなくないぞ』
『ソウダ。オイラ達はラダが心配なんだ!』
「わかってるから。大丈夫」
ラダが答えると二つの精霊はそれから何も言わなくなる。多分どこかにいったか、見守っているかどっちかなのだが、アレシュは再び独り言を漏らした彼女に何も聞かなかった。
騒動の場所と店は近くだったため、心配そうに外に出ている母が直ぐにラダとアレシュの姿を見つけてくれた。
「おやまあ、なんて別嬪さんの騎士様だい」
母は挨拶も何よりも先にそう口に出した。
アレシュは苦笑して、ラダはまじまじと彼を見てしまった。
(王女様も綺麗だったもんね。そうりゃそうだ。でも女性っぽくないのがとても不思議)
逃げないと気持ちを決めたせいか、ラダは落ち着いてアレシュを見ることができていた。
けれども逆に視線を向けられると、なんだから直視できなくて彼女は顔を反らす。
(やっぱり王女様は綺麗だ。今は男の人だけど。綺麗なのは変わらない。私と違って性別以外はそのまま転生してしまったみたい。私のほうは全く別の姿になったけど。でも、そっちがよかった。もしヤルミルと同じ姿で転生していたら、この幸せを得ることはなかったもの)
「ラダ。どうしたんだい?ぼーっとして。騎士様が美人だから見惚れているんだろう?ほらほら、奥から注文の品を持ってこないと」
「そ、そんなこともないもん。今取ってくる。騎士様、お待ちください」
母に指摘されラダは赤くなった顔を見られないように、厨房に逃げた。
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