第15話 下っ端の騎士と精霊
「いったい、何なんだ」
アレシュは思わず悪態をついてしまう。
それくらい、彼は先ほどからついていなかった。
馬に乗り城を出てから、突風に煽られ、紙が飛んできて顔に張り付いた。そのまま馬を駆るわけにもいかず、止まってから紙をはぎ取る。それが二回起きて、今度は水だ。
紙を警戒して馬の歩調を緩め歩かせていたら、突然足元に水をかけられたのだ。方向を見ると、怯えた顔をした女性が手に桶を持っていて、そのまま地べたに両膝をついて謝られた。
そこまでされると、怒りなど吹っ飛んでしまい、アレシュは馬を降りると女性に声をかける。
「大丈夫だ。気にするな。それより……」
「か、勝手に桶が突然動いたんですよ。引っ張られるように。あたしはそんなつもりは一つもなかったのに。申し訳ありません!!」
「いや、泣かないでくれ。大丈夫だ。大丈夫だから」
女性を宥めてから、アレシュは再び馬に乗った。
――勝手に桶が突然動いたんですよ。引っ張られるように。
馬上で女性の言葉を思い出して、彼はある可能性を思いつく。
(精霊か……。あの突風も故意的だったし、水も……)
「騎士様!危ない!」
切羽詰まった声がして、馬が嘶いた。
突然手のひらの大きさくらいの火の塊が飛んできて、怯えた馬がアレシュを振り落とそうと暴れる。馬から離れれば自分が助かるかもしれない。けれども馬が燃えてしまうと、必死に手綱を掴み馬を誘導しようとした。
目前にまで迫り、火傷を覚悟したところで、火の塊が急に凍り付いて砕け散った。
その光景に一瞬呆然してしまうが、馬は興奮状態のまま。アレシュは鬣を撫でて落ち着かそうとする。
(……火の塊。自然に現れるわけがない。そして突然凍って砕けた。間違いない。精霊だ)
馬を撫でながら彼は自分の心をも静めようとしていた。
(ラダの店に行こうとする、俺を妨害しているのか)
「騎士様。大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
怪奇現象としか言えない状況で、通りにいた人々が口々にアレシュに声をかけてくる。それに返しながら、彼は別のことを考えていた。
(ラダは、やはりヤルミルの生まれ変わりなのだ。それで、精霊たちが俺の邪魔をしている。俺……ウルシュアのせいでヤルミルは死んだのだから)
☆
『なんでよ~。水。オレッチの邪魔すんなよな』
『やりすぎダヨ。この馬鹿!』
お昼は繁盛期で、人がひっきりなしに来る。その対応に追われながら、ラダは精霊たちの声を聞いた。
「おい、さっきの凄かったぜ」
「なんなんだろうな」
入ってきた二人の組の男の客がそんな会話をしている。
『凄かったって!流石オレッチ』
『まあ、オイラの消し方も見事なんダヨ』
ラダの言葉がわかるように、精霊たちは他の人間の言葉も理解できた。どうやら、外で何か、しかも精霊たちが何かをしでかしたようだった。
「なんだか。どうしたんだろうね。下っ端の騎士様。正午はとっくに過ぎているのに」
料理をテーブルに運びながら、母がぼやく。
「まさか……」
「ラダ!?」
「ごめん。お母さん。ちょっと外、見てくる」
精霊、お客、母の言葉を繋げて、ラダは嫌な予感を覚えながら店の外へ飛び出した。
『ラダ。だめだって!』
『ラダ。オイラたち、何もやってないカラ!』
火と水の精霊が止めるところも怪しくて、彼女は無視して人だかりに近づく。
馬と騎士がそこにいた。
(やっぱり。精霊たちが邪魔したんだ。本当に、なんで)
大事なお客さんに何かあったら大変なのにと、彼女は人をかき分ける。
そして、騎士の姿が完全に見えるところまで来て、ラダは動きを止めた。
「……王女様」
ポロリと思わず漏らしてしまってから、後悔する。
騎士――アレシュがラダを見つめ、泣きそうな顔になった。
その紫色の瞳が、ラダーーヤルミルの最後の記憶と重なる。
「ヤ、ラダ!」
回れ右をして逃げ出そうとした彼女の腕を掴んだのは、アレシュだった。
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