第14話 お使い


「アレシュ。使いを頼まれてくれ」


 お城の騎士――王直属部隊の第一分隊第一小隊にアレシュは所属していた。

 十四歳から騎士団に入団して、二年間の訓練後に正式に騎士になった。現在十八歳の彼は、新米からとっくに卒業しているのだが、王直属部隊の中でも精鋭部隊とよばれる第一分隊第一小隊に所属し、彼が一番若手だった。

 なので、お使いを頼まれることは普通のことであり、アレシュは上司である第一小隊長ロート・バジナから紙を受け取る。


「そこに書かれている店に行って、今日のお昼八人分を持って帰ってきてくれ」

「バジナ小隊長!」

「なんだ?」


 バジナは顎髭に手をやりながら、じろりとアレシュに視線を返す。


(この店は、ラダの店だ。……偶然にはしてはおかしい。兄上の仕業か。会わないつもりだと言ったのに。兄上!)


 アレシュがそれっきり黙っていると、バジナが権力を行使した。


「お前に拒否権はないからな。上司の命令だ」

「……承知しました」


 まだ一介の騎士である彼に拒否権はなく、アレシュはしぶしぶ返事をする。心の中では兄を罵倒をしながら。

 すると彼の心中を測ったかのようにバジナが、にやっと笑った。


「恨むなら兄を恨めよ」


(やっぱり兄上か!)


 歯ぎしりをしたい気持ちを抑え、彼は敬礼すると踵を返した。

 このまま兄のところへ抗議に行きたかったが、ラダの店にお昼を取りに行く時間を考えれば余裕がなかった。それも計算されていたようで、アレシュは苛立ち気持ちまま、厩舎に向かった。


「アレシュ」


 ふと凛と響き渡る声で名を呼ばれた。

 その主がわかり彼は片膝を地面につけ、首を垂れる。


「スラヴィナ殿下」

「久々になりますね。ご機嫌いかが?」


 王女スラヴィナは優雅に微笑み、アレシュに尋ねる。

 赤色の髪を綺麗に結い上げられており、華美を好まない王女は無駄な飾りのないドレスを身に着けている。けれどもその緑色の瞳は宝石のように輝き、装飾品をつけていないにも関わらず、スラヴィナは輝いて見えた。

 

「スラヴィナ殿下。私は通常通りです。ご気遣いありがとうございます」


 アレシュは片膝を地面につけたまま、片手を胸につけ首を垂れたまま返答する。


「アレシュ。そんな風に答えなくてもいいのですよ。あなたはいつも堅苦しいのだから」

「いえ、規則ですから」


 いくら鈍い彼でも、スラヴィナが自身によく声をかけてくることくらいは気が付いていた。

 恋愛感情に鈍い、経験もない彼は、それは自身が彼女の敬愛する王女ウルシュアに似た外見をしているからだけだと思っていた。

 まさか恋愛対象として想われているなど想像もしておらず、臣下として規則に則った態度を通している。


「アレシュ。ところで、あなた宛てに陛下から書簡が届けられているはずなのです。届いておりませんか?」

「書簡?」


 陛下からの書簡など一大事だ。

 何か大きな間違いしたのではないかと、アレシュはスラヴィナの前だったが、思わず顔色を変える。


「アレシュ。大丈夫です。悪いものではないのです。気にしないで。まだ準備が整っていないかもしれません。陛下に確認してみます。急いでいるところ呼び止めてしまいましたね。私はこれで」


 アレシュの態度で急に慌てだした彼女は微笑みかけると、背を向けて侍女と共にいなくなった。

 膝をついたまま、呆然としていたのだが我に返るとアレシュは厩舎へ急いだ。



「おかしいわ。届いていないなんて」


 アレシュの元から離れ、スラヴィナはまず自室に戻った。

 人前で猫を被っている彼女は考え込んでしまうと、思わず素に戻ってしまう。そのような姿を外で見せるべきではないので、自室に籠って考えをまとめようとしたのだ。


「父上に嘆願したのは確か三日前よね?」

「はい。その通りでございます」


 アレシュの情報を集める役目を担っている侍女は、彼女の言葉にしっかり答える。

 彼が平民の少女ラダを探していると情報を得て、翌朝、スラヴィナは王に「お願い」をした。


 ――アレシュを自分付きの騎士にしてほしいと。

 

 本当ならば、婚約という言葉を出したかったのだが、あまりにも性急すぎる。また、王の溺愛っぷりと自覚していたため、「自分付きの騎士」で妥協したのだ。


 ――スラヴィナの願いはわかった。ベルカ家に打診する。


 王からそう返事をもらい、彼女はじりじりと三日待った。けれども、何の変化も見当たらない。なので、たまたま見かけたアレシュに直接確認したのだ。


「妨害されたのね。きっと」


 王はベルカ家に打診すると言っていた。

 ベルカ家は名門の上、曲者がいる。


「……ケンネル・ベルカ……」


 ベルカ家の次期当主で、マクシム・ベルカの面影を宿す若き宰相補佐官。

 スラヴィナは彼の顔を思い浮かべ、手元にあったクッションを握りしめた。


「殿下!」

「……ケンネルへ連絡を。私の元へ来るようにと」


 彼女にとって、ケンネルは愛しいアレシュの兄であったが天敵のようなものだった。こちらの被った猫をいつもはぎ取ろうと仕掛けてくる。

 しかし、ケンネルを攻略しなければアレシュとの未来はないと、スラヴィナは心を決めた。


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