第18話 光の精霊の約束

「お、お帰りっす?!」


 庭でチョキチョキと鋏で木の形を整えていたホンザは、青白い顔で屋敷に入っていくアレシュに驚いて、鋏を落としそうになった。


「アレシュ坊ちゃん!」


 その師匠のデニスも何事かとアレシュの元へ駆けつける。


「デニス。今日も精が出るな。いつもありがとう」


 心配する彼をよそにアレシュは力なく微笑むと玄関の扉を開けて中に入ってしまった。

 デニス以外、他の使用人もアレシュの様子を気にかけ、次々に声をかけていくが、彼は大丈夫と言って部屋に戻る。


「……これはちょっと調べて知らせないといけないっすね」


 梯子に登ったまま大きな鋏を抱えていたホンザは、誰となしにそう言った。


 

「ラダ。お前……。あの騎士様とは知り合いなのかい」


 店を閉め母ガリナの隣で食器を洗っていると、おずおずと質問された。

 父イルジーは奥の方で、明日の仕込みをしている。


「もう少し時間をもらってもいい?そのうち話すから」


 これまで何度も誤魔化してきた。

 けれどもそろそろ話すところまで来てしまったかもしれないと、ラダは考えていた。

 話した後の反応を考えると怖くなる。


「ラダ。無理に話さなくてもいいから。お前が悩んできたことだろう。父さんと母さんはいつも傍にいるから。ただ、今度はちょっと騎士、男の人だろ。ちょっと気になって」

「母さん!そんなんじゃないから!」

「そうなのかい?私にはラダが口説かれていたみたいに見えたけど」

「え!まさか。ありえないよ。本当。っていうか、みんなそう見えていたの?」

「そうだよ。ほら、お客さんの悲鳴を聞いただろう?」


 悲鳴のことはよくわからなかったが、ラダはなんだか眩暈がしてきた。


「ラダ。大丈夫かい?」

「うん。大丈夫。……あの騎士様。明日はかなり早く来てくれるといいな。変な噂になるのは嫌だし」

「そうだね。明日、お願いしてみようか。それとも裏口とか」

「それは騎士様に失礼だよ」

「そうか、そうだね」


 母は頷き、洗い終わった食器の水気を拭きとって、棚に並べていく。


「ラダ。今日はもういいよ。お湯を沸かしたから湯あみでもして、先に寝なさい」

「父さん、ありがとう」


 奥から父の声がして、ラダはお湯を貰いに厨房の奥へ行く。

 

『面倒なことするよな。ラダはいつも』

『そうダヨ。オイラたちに頼めばすぐにお湯を作るノニ』


 そんな声が聞こえたが彼女はあえて無視をして、熱湯の入ったヤカンを持って家族で湯あみ場と決めている石造りの場所で、水の張った桶に熱湯を足していく。

 ヤカンを再び厨房に戻して、湯あみをすませると両親に挨拶をして上の自室に戻った。


 部屋に入った途端、無視をしたことに腹を立てて火と水の精霊が話しかけてくるかと思ったが、何も聞こえなかった。なので、ラダは着替えるとベッドに横になる。

 体は疲れているはずなのに、頭に繰り返し浮かぶのは紫色の瞳のあの騎士だ。


(明日も来るんだよね。話がしたいって。話さなくもいいって言ってくれたけど。……彼はきっと誤解している。いや、彼じゃない。王女様だ。僕はきっとこんな風に彼女の記憶の中に僕が残ることを願っていた。だから、あんな……卑怯だ)


『ラダ!』


 突然部屋が明るくなった。


「光の精霊……。どうしたの?」


 わざわざ彼女が夜に出てくるのは珍しい。

 けれどもヤルミルの気持ちに支配されそうになっていたので、ラダは少しばかり光の精霊に感謝する。


『今日はすみません。ワタシは自分の役目を果たせませんでした。これでは闇の精霊との約束を反故してしまいます』

「どういうこと?」


 いつもは元気いっぱいに飛び回る光が、少しばかり弱い気がした。


『ワタシは、あの爺に言ったのです。ワタシがあなたと王女を会わせないようにすると。だから精霊界に戻るようにと。しかし、結局ワタシはしなかった。風、火、水が邪魔する中、ワタシは傍観していました。二人が会えばいいと思ったから。ヤルミルは王女のためにその命を失ったようなものなのに』

「それは違う!」

『違いません。ヤルミルが森から出なければ、彼はその寿命を全うしたでしょう』

「違う。彼は!」

『わかってます。ヤルミルが望んだことだと。知っているから、ワタシは止めなかった。すすんであの時も協力した。あなたが弱っていくとわかっていましたが。それを一番嫌っていたのが、あの爺。だからワタシはでしゃばる爺を黙らせるために、宣言した。精霊としては、失格です。しばらくワタシも精霊界に戻ります。闇の精霊はワタシの代わりに戻ってくるでしょう』


(そんなことを話していたなんて)


 闇の精霊が姿を現さなくなった理由がわかり、納得する反面、寂しい気持ちも生まれる。光の精霊はヤルミルの想いを完全に理解している。なので、今回彼女は動かなかった。ヤルミルとしてのラダは、王女の生まれ変わりに出会えたことを喜んでいるのだから。


「光の精霊。ありがとう。あなたの思い、ヤルミルはわかってるから」

『できればあなたにも理解してほしいです』

「私だってわかってるよ。でも、ヤルミルの想いはとても苦しい」

『……闇の精霊は正しいのかもしれませんね。ワタシはどうしてもヤルミルの想いだけに引きずられます。けれども、ラダ。どうか、ヤルミルの気持ちを否定しないでください』

「……うん」

『それなら安心して、精霊界に戻れます。……あなたが願えばワタシはいつでも現れます。けれどもそんな日が来ることがないことを同時に願ってもいます』

「そうだね。でも時折声が聞きたいかな」


 ラダがそう言うと、光が揺れ、何十個もの小さな光の玉が現れる。


『またそのうちに』


 声がすると、光は一気に弾けて、あまりの眩しさに彼女は目を閉じてしまった。

 目を開けると部屋は真っ暗で、光の精霊が完全に去ったことを告げていた。

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