第6話 騎士の家の事情


「アレシュ。お前はまだ起きていたか」

「父上」


 城から戻り、湯あみや夕食を終わらせても眠れず、彼は厨房に降りてきて、ワインとグラスを手にしていた。部屋に戻ろうとしたところ、父と鉢合わせして苦笑する。


「どうだ。一緒に飲まないか。久々にどうだ?」

「はい」


 そう誘われ、チーズとハムを調達すると、父の背中を追って彼の執務室へ向かう。居間で飲み始めると使用人たちに余計な気を遣わせると思い、執務室で飲み明かすことにした。

 アレシュの生家は王女も降嫁するほど名門の家系だ。けれども彼たちは奢ることなく、使用人にも優しい。アレシュには二つ年上の兄がおり、彼が次の当主と決まっているので、アレシュが騎士道をまい進するのにも障害はない。


「どうした。また夢でもみたか」


 父の向かいのソファに座りワイングラスを煽っていると、そう聞かれてアレシュは少し頬を赤らめた。

 悪夢……特にヤルミルが死んでしまう夢を見ると、小さい頃のアレシュはよく両親に泣きついていた。

 記憶を取り戻してからはそんなことはないが、小さいときのことを指摘され、恥ずかしくなるのは当然だ。


「冗談だ。アレシュ。だがあの夢関連なのか?」

「まあ、そうです」


 記憶を取り戻してから、女の子とも見間違えるほどの美少年のアレシュは人が変わったように、剣技や学問に傾倒していった。

 以前は夢をみると泣きついてきたのだが、それもなく、両親は彼に尋ねたことがあった。

 前世など信じないと、頭がおかしくなったと思われることを心配して口を噤んでいたが、説得されてアレシュは話した。

 父親はすこし納得するような、母はロマンチックねと、二人ともアレシュのことを信じてくれた。

 両親、特に母には請われることが多いため、王女の話はよくした。それで彼の決意も理解してくれ、むしろ応援してくれているくらいだった。


「……今日、ヤルミルによく似た少女を見たのです。けれどもすぐに消えてしまって。幻ではないかと思うですが……」

「ヤルミル様に似た少女か!でかした!」

「ち、父上?」

「ごほん。なんでもないぞ。少女の特徴は?やはりヤルミル様によく似た白髪に銀色の瞳か……。そんな珍しい外見なら噂になってもおかしくないのだが」

「いえ、姿は普通の少女なのです。ただ、雰囲気と顔の作りがよく似ていて……」

「お前は、その少女はヤルミル様だと思ったのだろう?」

「はい。直感的なのですが」

「それならお前の直感を信じるがよい。私も協力するぞ」


 父はなぜか、前のめり気味で、アレシュのほうが押され気味になってしまった。

 

「父上。あの、少女なのですよ。少年じゃなくて」

「そうだな。お前も男だ。ヤルミル様が女性に生まれ変わってもおかしくないだろう」

「確かに、確かにそうですね!」


 性別のことで、確証がもてなかったアレシュだが、父にそう肯定され、やはりあの少女がヤルミルの生まれ変わりの可能性が高いと胸を躍らせた。


「……外堀から埋めるのがよいな」

「父上?」

「なんでもないぞ。さて、どこで会ったか。どんな特徴であったか教えてくれるか」

「はい!」


 ぼんやりと少女の幻影を追っていただけのアレシュだが、父にも後押しされ、少女のことを探してみようとやる気になった。

 

  

「おはよう。お父さん、お母さん!」


 十分な睡眠をとり、元気いっぱいでラダは目を覚ました。服を着替えて食堂のある一階へ降りていく。

 日が昇ったばかりなのだが、両親はすでに働き始めていた。父はパンを焼くため粉を捏ねており、母は裏庭の井戸から水を運んでいる。


「ちょっと遅れちゃったね」

「もう少し寝ていてもいいんだよ」

「そうだ。今日もゆっくり休めばいいのに」


 水桶に汲んできた水を入れながら母が言い、父は粉ですこし白くなった顔をラダに向けた。


「昨日。ゆっくり休んだから十分だよ。お母さん、次は私が汲んでくるよ」


 母が持っている桶を受け取り、彼女は裏庭へ走った。

 気持ちいい風が吹いてきたと思ったら、風の精霊がやってきた。


『おはよう!』

「おはよう」


 空の色はまだ薄い青色で、ラダは朝の澄んだ空気を吸い込む。


『気持ちいい?』

「うん。気持ちいい。今日もがんばらなきゃ」


 井戸に近づき、縄の付いた桶を下ろしていく。

 蓋はすでに母親が開けていて、食堂に置いてある水桶たっぷり水を溜めたら、再び蓋を閉める。かなりの重労働だが、彼女は精霊の力を借りずに自分でしていた。

 前世のヤルミルとは大違いだ。

 人ができるものは自分の力でやろう。そう思うと、精霊の力を借りずともラダは毎日を普通に過ごせていた。



『ちょっと精気をくれるだけで、そんなのちょちょいとやってあげるのに』

「いいの。ほら、みて。力こぶ」

『ラダ。それって男の子みたいだよ』


 ラダが腕を曲げてみせると、風の精霊がケラケラと笑う。


「ラダ~~。朝食の用意できたよ」


 つられて笑っていると母が裏口から顔を覗かせた。


『じゃ、またね~』

「うん」


 風の精霊は満足したようで、心地よい風を巻き起こしていなくなる。それを見送り、ラダは焼き立てのパンを想像しながら家に戻った。

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