第5話 続・迷惑な精霊たち
「本当に大丈夫かい?」
「うん。多分昨日夜更かししたせいだから。今日はお店手伝えなくてごめんね」
「ラダ。そんなこと気にしなくていいから」
庭で伸びているラダを見つけたのは母だった。裏口の扉が開いたのに、彼女の気配がなく、行ってみたら庭で倒れている娘を発見した。
扉が勝手に開くなどラダの家では日常茶飯事で、驚きはしなかったが、今度ばかりは母はそのことに感謝していた。
医師を慌てて呼ぶと、疲労という診断で母は複雑な心境に陥る。それは父も同じで手伝いを控えさせようと思うくらいだった。
疲労の正体は、精霊のせいなのだが、二人は知る由もなく、ラダは誤解されたまま休みをとることになった。
夕食まで部屋に運んでもらって、ラダはなんだか胸の奥がほろほろと温かくなった。
前世、ヤルミルは白髪に銀色の瞳で、一般的な容姿とはかけ離れていた。そのため迫害を恐れた生母は彼を森の中に捨てた。それを救ったのが精霊たちで、彼は精霊によって育てられたようなものだ。
しかし、精霊は精霊。人間ではなく、その温もりを与えることはできない。
だからこうして今の人生で、普通の子として温もりを得て、生きているのが幸せに思えていた。
問題は、精霊に構われすぎることなのだが、断ると断るとで余計なことしかしない。またヤルミルだったときの恩も覚えているので、邪険にはできなかった。
『ラダ。すみません』
母が部屋を出てからしばらくして、部屋の中が明るくなる。
西側の彼女の部屋は夕日が眩しい。それなので、母はすでにカーテンを閉め切っていたので、まるで部屋に明かりが点ったようだった。
「大丈夫だよ。お母さんを呼んでくれてありがとう」
『ワタシでは運べないので当然のことをしたまでです。ワタシのせいでもあるので』
「ああ、ちょっと今日は色々あって疲れていたからね」
『それは王女のことですね』
思い出したくないことを指摘され、ラダは険しい顔をしてしまう。
「光の精霊。王女のことはもう言わないで。今の人生では関わりたくないから」
『しかし、ラダ!』
『光!』
叱りつけるような声と共に、急に部屋が暗くなる。
それは光の精霊の放つ光を押しつぶそうとするかのように、濃い闇だったのだが、対抗するように輝きを増し、ラダはあまりの眩しさに目を閉じた。
『余計なことをするのではないぞよ』
『闇!しかし!』
『ラダは関わりたくないと言っているのじゃ』
「闇……?」
ひやりとした感覚、その声から闇の精霊が現れたのはわかる。目を開けたいが、いかんせん、光が眩しすぎた。
『光よ。ラダが眩しそうじゃ。少し光を弱めぬか!』
『あなたがいなくなれば、ワタシも光を弱めます』
『なんという……。まあ、いい。お主の言う通り消えてやるわい。ワシはお前たちのような小さな精霊ではないからな』
『ち、小さな!ワタシはわざと小さくなっているのです!』
『そうかい。そうかい。その器も小さいがな』
『闇!』
依然として目を開けるのは難しいが、またまたいがみ合いが始まり、ラダは思わず溜息をついてしまった。
『ほれ、光。ラダが溜息をついとるぞ。ワシは戻る。お主もとっとと巣にもどれ』
『巣!』
目は開けていないが、部屋がすこし温かくなったような気がした。
光が弱まった気がして目を開ける。
「闇の精霊はいなくなったんだね」
『そうですよ。あの爺は帰りました』
精霊に年齢があるのかはわからないが、光の精霊は時折闇の精霊のことを爺と呼んでいた。二人のやり取りからどうやら光の精霊が若い気がするのだが、前世でそのこと聞いたら酷く機嫌が悪くなった気がしたのを覚えているので、ラダは今世においても確かめていない。
「挨拶もできなかったよ」
『挨拶なんて必要ないですよ。それより』
「光の精霊。私は聞きたくない。王女のことは何も。お母さんを呼んでくれたことは感謝してるけど。ちょっと疲れているから。今日は休ませて」
『そうですか。わかりました。ワタシはラダを困らせたいわけではないのです』
「わかってるから」
『それならよかったです。また今度他の精霊が邪魔をしないうちに遊びにきます。それでは』
そんな時はあるのだろうかとふと思ったが、ラダはあえて口に出さなかった。
「うん。またね」
それだけを口にすると、光の精霊は点滅をしながら壁に吸い込まれるように消えていく。
「……いつみても消え方がなぞ。そういえば精霊って普段は精霊界に住んでいるんだっけ」
前世の記憶を探りながら、少し彼らたちのことを思う。
ヤルミルの記憶をすべて思い出したわけではないのだが、彼の最初の記憶は闇の精霊だった。何も見えない中、優しく撫でられたのがその記憶。温もりなどはないが、くすぐったくて思わず笑ってしまったのを覚えている。
「闇の精霊は今も優しいな」
彼はラダの希望に沿い、王女のことを伝えない。
光の精霊も彼女のことを思っているに違いないが、その思い方が違う。
「今、幸せなんだから。この穏やかな日常がとても」
何も変えたくないというのがラダの希望だ。
なので、今日会った騎士のことは忘れるようにした。
「さて、今夜はもう誰も来ないはずだし。しっかり寝て、明日頑張って働くぞ。お父さんに何か新しい料理も教えてもらおう」
両親のことを思ったり、食堂に来るお客さんたち、数々の料理の作り方。そのことを考えているうちに、ラダは眠りに落ちていった。
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