第4話 迷惑な精霊たち

 風の精霊がいなくなったと思ったら、今度は火の精霊が遊びに来ているようだった。

 鍋の下の火力が大きすぎて、ラダの父は泣きそうになっている。


「ラダ。いいところにきた。どうにかしてくれ!」


 叫び声をあげた父親の前に出て、ラダは小声で話しかける。


「やめてよ。悪戯しないで」

『だって暇でさあ。ラダの親父って脅かしたらめっちゃ怖がって楽しいよなあ』


 彼女の眼には火の動きは踊っているように見える。実際火の精霊は踊っているかもしれない。


「だったら私が遊んであげる。だからやめて」

『本当か?』

「うん」


 全く気が進まないが父のために遊んでやることにして、火の精霊はやっと炎に干渉することをやめる。


「ラダ。助かったよ。本当、なんでいつも突然なんだろうなあ」


 弱りきった父親の目には涙がたまっていて、ラダは謝りそうになったがどうにか堪えた。


(私のせいじゃないし。本当、なんでこう精霊って)


『ラダ、ラダ。早く。早く!庭で遊ぼうぜ』


 どっと疲れたラダに反して、火の精霊の声はウキウキしている。それでまた疲れがやってくるのだが、約束を破るととんでもないことになることを知っているので、彼女は両親に伝える。


「お父さん、お母さん。ちょっと庭に忘れ物したみたいなの。いってくるね」

「え、そうなのかい?」

「ああ、それじゃ、ついでに香草もとってきておくれ」

「うん。わかったよ。お父さん」


 料理人用の帽子を被りなおす父、心配そうな母に手を振って、ラダは再び裏庭に戻っていった。


『ラダ、ラダ。これ見てくれよ!』


 裏口から庭に出るとすぐに声がした。

 宙に子どもの形をした炎の塊が現れ、小さな火の玉を手の平で転がすように遊んでいる。


『オレッチ。すごいだろ?』

 

 自慢げに言われたが、ラダからしたら庭が燃えないか心配でたまらない。


『ラダ。受け取れ』

「え?!」


 ふいに火の玉が一つ、彼女に向って飛んできた。

 避けたら庭が燃える。避けなければ自分が火傷を負う。迷っていると声がした。


『火の馬鹿ヤロウ!』

「水の精霊!」


 ラダの目の前で火の玉が凍らせされて、消滅する。

 

『ナニ、やってんだヨ!』

『いたっつ!』


 火の塊の頭の部分が少し凹み、氷の結晶がキラキラを周りに散らばる。


(なぐられたんだよね?)

 

 そんな想像をして、ラダはちょっとざまあみろと思ってしまった。


『ごめんヨ。ラダ。いつもコイツが!』

「大丈夫。水の精霊がいつも助けてくれるから」

『あったりマエだヨ。コイツの尻拭いはオイラの仕事だから』

『うっさいんだよ。水。いちいちさあ。オレッチがラダを怪我させるわけないだろう。火の玉は途中で消すつもりだったんだぜ』


(本当かな)


『嘘ダロ。考えてなかったクセに』

『うっせいなあ』


 声と共に、炎の塊の勢いが増して、水の塊も実体化しようとしていた。

 実体化と言っても見えるのはラダ限定なのだけれども。

 精霊たちは仲が良好とはいえない。火と水、光と闇は特にいつも競いあっていて、喧嘩をされるといつも何かが破壊されたり、かなり迷惑なことになる。

 なので、ラダは間に入る。


「ちょっと喧嘩はやめてよ。ここで喧嘩されら香草が駄目になっちゃうから!」

『あ、ゴメン』

『そ、そうだな』


 悪戯好きだが、ラダには素直な精霊たちはそういうと、お互いに距離をとる。いがみ合いは続いているようだけど、ラダは胸を撫で下ろした。


「火の精霊。火の玉の芸は面白かったから、今度は何もないところで見せてね。水の精霊も助けてくれてありがとう」

『おう。今度はどっかひらけた場所でみせてやるぜ』

『イヤイヤ。お礼はいらないヨ』

  

 そうして精霊たちがやっと帰ってくれて、父に頼まれた香草を摘みはじめる。すると今度はキラキラと光が近づいてきた。

 

『ラダ!王女にとうとう会ってしまったのですか?』


 光の精霊は天気がよい庭で、日の光に負けないくらい光を放っている。大きさは手の平くらい。光の球はぐるんぐるんと周りを旋廻し続け、ラダは眩暈を覚えた。


「えっと会ったっていうか……」


 答えようとするが目がちかちかして、思考がまとまらない。

 王女のことはあまり触れても欲しくない事なのにと、ラダは答えようとした。

 けれども、言葉が紡げない。

 意識がぼんやりしてきて、幻が見えた。

 豊かな黒髪が波打ち、紫色の瞳は真っ直ぐにヤルミル――ラダに向けられた。卵型の顔立ちが女性のものから、男性のものへ変化する。

 ――ヤルミル?

 あの騎士の声で名を呼ばれる。


(違う、私は……)


『ラダ!』


 光の精霊が叫ぶ。

 香草を持ったまま、ラダの体がゆっくりと倒れていく。

 今日は馬車に轢かれそうになったり、空を飛んだり、火の玉に焼かれそうになったり、いつもより精霊たちに構われすぎだった。しかも風の精霊には精気を少し分けている。まだ付け加えるなら、あの騎士にも出会ってしまい、心に負担がかかっていた。

 気力でもっていたのに、光の精霊に周りを飛び回られ限界だった。

 ラダは意識を失い、そのまま庭にひっくり返ってしまった。

 

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