第3話 騎士の目標
ラダの家は、お店である食堂が一階で、二階が住居になっている。周りには柵のように木を植えられていて、家の様子が見えないような造りだ。
『到着!』
ふわりと、家というか店の裏庭に降ろされて、ラダは念のため左右を確認する。
「よっし、目撃者なし」
「ラダ!」
ほっとしたところ名を呼ばれ驚く。振り向くと店の裏口から母が飛び出してきた。
(見られてないよね?)
ラダは心配になったが、降り立ったところは見られていなかったらしく、母は普通に聞いてくる。
「なんで、そんなところにいるんだい」
「あ、えっと。今日は違う道を使ってみたの」
めちゃくちゃな言い訳なのだが、母は納得したようだ。ラダの手から買い物籠を受け取り、そうなんだねと言いながら、裏口へ戻っていく。
小さい時は精霊の声が誰にでも聞こえていると思っていたため、ラダは精霊の話をよく両親にしていた。その上、奇妙な行動を取ることも多かったため、ちょっと不思議な子だと思われているようで両親は多少のことでは驚かなくなっていた。
前世の記憶を取り戻してからは不審がられないように、誰もいないところで精霊と話すことにしている。けれども、暇つぶしなのか注意を向けてほしいのか、相手にしないと精霊たちは悪戯をし始める。
風の精霊がお客さんのカツラを吹き飛ばしたり、火の精霊が火力をあげて父親を驚かせたり、本当に精霊に愛されるって面倒だなあと、最近ラダはつくづく思うようになっていた。
ちなみに通常、精霊たちは呼ばないかぎり、他の精霊がいる場所へ現れることはない。今は風の精霊がラダの周りをうろうろしているので、他の精霊たちはどこかにいるか、離れたところにいるはずだ。
(本当に精霊って暇人だよね。あ、人じゃなかった)
人型になるときもあるが、精霊たちは大概形をとらず、話しかけてくるだけだ。
『じゃあ、精気もらっていくよ~』
母の後を追って裏口を抜けるときに、ふわりと口元を風が凪いだ。
一瞬だけ力が抜けるような脱力感を襲われ、ラダは立ち止まる。
久々の感覚で、前世の記憶と感情が一気に押し寄せてきた。
王女への気持ち、精霊の力を振るって隣国の兵士を蹂躙する嫌な感覚、そして死への恐怖。
最後は、先ほどみた騎士の紫色の瞳……。
(やっぱり。関わっちゃ駄目だ)
「ラダ?」
母が振り返って少し心配そうに窺っていた。
「なんでもないよ。今日もたくさんお客さん来るかな」
(前世のことなんて話したくないし、精霊のことも知られたくない)
ラダは極めて明るい表情を作り、壁にかけてあるエプロンを取る。
「そうだね。今日も頑張ってもらうよ」
「はーい」
柔和な笑みをむけてくる母に、彼女は袖をまくり返事をした。
☆
「どうかしましたか?」
アレシュは突然目の前から消えてしまった少女を探していたが、しぶしぶ馬車に戻った。車内から声をかけてきたのは王女スラヴィナであった。
「申し訳ありません。先ほどの少女を見失ってしまいました」
「少女は無事だったのですか?」
「ええ」
「それならよかったです。先を急ぎましょう」
「はい」
御者はアレシュ一人ではなく、もう一人護衛として馬車の外で待機していた。その者と頷きあい、彼は再び御者として手綱を握る。
脳裏には、悲劇の青年ヤルミルの面影を宿す少女の顔が浮かぶ。
ヤルミルは白髪に銀色の瞳の特別な外見をしていた。
先ほどの少女は茶色の髪に同色の瞳の一般的な容姿だ。ただその顔の形と雰囲気がヤルミルそっくりで、思わず彼女の腕を掴んでしまった。
「アレシュ?」
「ああ、すまない。ちょっと考えことをしていた」
隣に座る騎士に促され、彼は馬を走らせた。
アレシュは、ヤルミルの恋した王女が降嫁した騎士の子孫に当たる。外見は王女に類似しており、小さい時からもてはやされてきた。
十歳の時、高熱でうなされ、前世を思い出して愕然とした。同時に男であることに安堵した。
今度こそは守られる側ではないと。
そうしてもう一つ、彼はやるべきことにを思い立つ。
自分にこうして前世の記憶があるなら、ヤルミルの生まれ変わりもこの世のどこかにいるのではないかと。
ヤルミルの生まれ変わりを探し出し、償いをしたい。
彼は人生の目標にこれを掲げ、騎士の道をまい進する。
十八歳となり縁談の話が持ち込まれ始めるが、彼は人生の目標を遂げるためには必要ないと断固として断り続けていた。
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