6ー⑤
一中島医院
町に唯一の産婦人科であり英雄が生まれた病院でもあるそこに、来満一家は奈々を搬送した。陣痛が一時的に止み、ベッドに横たえるナナの傍らに座りながら、英雄は状況を整理する。
(どうやら夢じゃないみたいだ。電話のメッセージ記録には昨日、俺が縁とくだらない話をしている記録まである。どうやら、ここは俺がいた時間軸とは別の世界線ってやつなのか?)
セリカが消えた後、英雄はシアからセリカのいた未来の話を聞いていた。縁もクリスもタマも死なず、ナナは植物状態にならず、エゲツナー帝国も再来せず、ユリーナたちも来なかった時間軸の「今」。
(エゲツニウムに触れた後、俺はこの時間軸に移動したって事なのか……?何故だ!?)
英雄の心境を露ほども知らない両親は、病室の外の廊下で椅子に座りながら生まれてくる初孫の事で浮かれていた。俺はついさっきまでMMSに乗って強敵と戦っていて、気を失ったかと思ったらナナの出産に立ち会うという状況なのにだ……と、思いながら英雄はナナの手を握った。まず今は、目の前の事に集中しよう。 生まれてくる我が子と、それを産む妻の事に。英雄がそう思った刹那、再びナナを陣痛が襲った。
「おめでとうございます、来満さん。元気な女の子ですよ」
産声を上げる嬰児をパイル地の布で丁寧に包み、女性看護師はその小さな命を英雄に渡す。
「ああ……良かった……」
無事に生まれてきてくれて…という言葉が出ないほど、英雄の感は極まる。我が子を命がけで産んだナナも、無事だ。張り詰めきった緊張が解けた英雄はその大きな感情を言葉に出来ないが、腕の中で震えながら泣く小さな命に対し、溢れ出る涙が止まらなかった。
「英雄さん、私にも見せて。私たちの赤ちゃんの顔……」
「ああ……ナナも、よく頑張ったね」
英雄はナナに赤子を近づけてみせる。
「はじめまして。 私たちの赤ちゃん」
小さな掌にナナが自らの人差し指を近づけると、 赤子は五本の指でそれを握り返す。赤子特有の反射行動と言ってしまえばそれまでだが、この小さな手から生み出されるとは思えない、その力強さに生命の力と尊さを感じずにはいられない。それが親というものなのだ。
「ではお父さん、この子に付ける足環に名前を書いてください」
看護師が用意したのは紙製の足環。生まれて少しの間、新生児室で管理される間に付ける識別票だ。
『パパ、ウチの名前は芹佳。セリの花の漢字とお婆ちゃんの名前の字を取って、お爺ちゃんが付けてくれたんよ』
元の時間軸に存在していたセリカが、消える前に言い残した言葉を思い出した。
「芹佳ちゃんですね。それでは責任を持ってお預かりします。お父さんもお母さんもお疲れ様でした」
英雄が 「芹佳」 と書いた足環を、看護師は慣れた手つきで装着する。この日、地球の
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