6ー⑥

 来満家は代々、鳥取で米農家を営む家系だ。英雄の父・俊雄も、そのまた父も農夫である。メサイアという特別な存在として生を受けたのは英雄ただ一人だった。田畑に囲まれた集落の中に来満家の家屋は存在する。豪農でもない一般的な農家の家は、これまた平凡な造りだった。そして、その家に似つかわしくないものがやってきた。漆黒の軍用装甲車だ。


「よう、英雄!」


「你好〜!」


「しばらくぶりですね」


「相変わらずシケた面だな。元気だったか?」


 車から降りてきたのは、かつて英雄とともにエゲツナー帝国との戦いを生き抜いた仲間たちであった。


「縁!タマ!リック!クリス!」


 玄関先で出迎えた英雄は、目前の光景が信じられなかった。彼の記憶では、リック以外の3人は目の前で凄惨な死を遂げたのだから。


「しかし、いつ来ても田舎だなぁ。お前ん


 と、 英雄の親友・瀬田縁。


「ヒデオもナナちゃんも元気だったカ?」


 少し片言の日本語で喋るのは台湾民主国の女軍人・李玉美ことタマ。


「おまえが父親とはなぁ······どれ、子供の顔を見せてくれよ。おれたちはお前じゃなくて、おまえの娘に会いに来たんだぜ」


口の悪い男は米国海兵隊のクリストファー・ガーランド。 面倒見のいい兄貴分である。


「ヒデオ、これはみんなで買ってきた出産祝いです。クリスが一番真剣に選んだんですよ」


 リックが渡したのは高級ブランドのベビー服一式だった。


「……ありがとう、みんな…」


「おいおい、何泣いてんだよ。育児疲れってやつかぁ?」


 英雄の両目からは大粒の涙が零れ落ちていた。死んだ友たちが生きている。会話をしている。彼を3年間苛んできたものが、この時間軸には存在しないのだ。



「は〜い芹佳ちゃん、パパのお友達の縁おじさんでちゅよ〜」


「ヒデオに似なくて良かったネ。ナナちゃん似のペッピンサンに育つヨ、この子は」


 ナナが抱いたセリカを見て、縁とタマは綻んだ顔になる。


「いいか?ヒデオ、父親は必ずワイフを労われ!カミさんから愛想を尽かされそうになった俺からの忠告だ!」


 既に2児の父でもあるクリスは英雄に父親としての心構えを熱く語る。妻から何度か離婚の話を持ち出された彼ならではの熱の入り様だった。


「セリカちゃん、顔立ちはナナさんそっくりなのに髪の色や目の色は英雄と同じ地球人の特徴が大きく出てますね」


 リックは科学者ならではの視点でセリカを見る。


「芹佳、もう眠いのかしら?……英雄さん、私は芹佳と寝てくるから皆さんと楽しんでて」


「すまない。……芹佳、ママを休ませてあげるんだぞ」


 寝室へと消えるナナと芹佳を見送ったあと、英雄はゆっくりと口を開いた。


「……みんな、聞いてくれないか」


 縁達が英雄を注視する。先ほどまでとは打って変わって真剣な表情の英雄に、 ただならぬ雰囲気を感じ取った。


「実はな、……」


……

………


「えっと、俺たちはお前とリック以外みんな死んでて……?」


「オマエはメサイアとかいう聖戦士だかニュータイプみたいな存在で?」


「未来から来たセリカちゃんと、並行世界から来たセリカちゃん達と一緒に合体ロボに乗って、再び襲ってきたエゲツナー帝国と戦って……?」


「なぜかこの時代に魂(スピリット)だけが飛ばされて、今に至る……と?」


 英雄は彼が元いた時間軸で体験した事を全て説明した。


「何だそりゃ?」


「設定の独自性と斬新さはあるけどモ……」


「情報量が多く、一気に詰込み過ぎですよ」


「スピルバーグもルーカスも、そんなハチャメチャ映画は撮らなかったぞ。っつーか売れん!本にすらならん!そんな話は」


 無理もない。説明していた英雄ですら、こんな無茶苦茶な話を誰が信じるんだと思ったのだから。


「けどよ、エゲツナー帝国が異世界から来た時点で、割と何でもアリっつーかさ……」


「ヒデオ、さっきオマエはワタシ達の顔みてガチ泣きしてたナ?」


「育児ノイローゼで変な妄想してるとも思えませんし……」


「おれたちがこの時代で生き延びてこれたのは、お前を信じてきたからだ。ヒデオ、今のお前が本来のこの時代のお前じゃないとしたら、おれたちは何をすればいいんだ?」


 仲間たちは英雄の突拍子も無い話を聞き入れた。今日こそ友情というものに感謝した事はない。


「……15年後、芹佳が15歳になった時に奴らは再びやって来る。そして、俺は幻舞というMMSを完成させる為にエゲツナーロボからエゲツニウム炉を奪うも、同時に死ぬらしい」


 さらりと英雄の口から出た、彼の死。その言葉に縁たちは自分たちの死を聞かされるより衝撃を受けた。


「みんなには、15年後のエゲツナー帝国再来に向けて準備を整えてもらいたい。こんな話をお前達以外が信じるとは思えないから、みんなのできる範囲でいいんだ。そして、やはり俺が死んだら芹佳は過去の俺を頼りに15年前に時間を遡るはずだ……その時、あの子の力になってやってくれ」


 英雄は深々と頭を下げる。そして、縁はその頭を引っ叩いた。


「戦う前から死ぬ事考えてどうすんだバカヤロー!お前を死なせてたまるかよ。 お前はメサイアとかいうやつなんだろ?それにナナさんや芹佳ちゃんが悲しむ所なんて、想像もしたくねえや。お前のいた元の時代での俺は死んじまったかもしれないけどよ、コッチじゃ俺もお前も生き延びるぞ、解ったか兄弟!」


 英雄は、今日2回目の涙を流す。それを見たタマもクリスもリックも、無言のまま「任せておけ」と頷いた。

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