第6章 ワンス・アポン・ア・タイム・イン・トットリ

6ー①

一兵庫県・淡路島


FフォクストロットからAアルファ及びBブラボー、敵機5体は予定通りそちらへ向かったであります』


『B、了解ですわ』


『A、了解・・・・・・』


 コールサインFこと遠野愛菜からの無線通信に応えると、Aこと来満英雄はヘルメットのシールドを下げた。


「おじ様、準備はよろしくて?」


 ドラガォンの操縦席で水晶玉に魔力を送りながら、Bことユリーナ・ライマンは英雄に問う。


「……ああ。数分で終わらす」


 ぶっきらぼうに答えると、英雄は搭乗するMMS『メタルディフエンサー乙型』を跳躍させ、空中で静止するドラガォンの背から跳び下りた。


「ちょっと、おじ様!?」


 ユリーナは驚嘆の声を上げた。英雄の取った行動が、作戦とは大いに異なるからだ。5機の編隊で飛行するエゲツナーロボ達。その先頭を行く機体の真上に、英雄はダイビング・フットスタンプの要領で着地した。踏みつけた敵機の頭部へ左手に把持した槌 (メイス)を振り下ろし、頭部を砕くと更に跳躍し、空中で反対の手に構えたガトリングガンを連射し、残りの機体を次々と穴だらけにする。


「そらよ」


左手のメイスを仕舞うと、いつの間にか持っていたMMS手榴弾を敵機の中心へ投擲。 エゲツニウム炉5基分の爆発で生じた衝撃波に翻弄され、宙を舞う乙型。機体が制御不能な体勢で落下してゆくも、英雄の心には何の乱れもなかった。コントロールが戻る と、乙型は背中と足裏のスラスターを全開にして落下の勢いを殺す。着地と同時に衝撃。 並みの人間なら失神しているであろうGを全身に受けても、英雄は眉一つ動かさなかった。たった1機のMMSでエゲツナーロボ5機を瞬殺した英雄に対し、その戦いを見ていた者達は言葉もなかった。 驚いているのではない。呆れているのだ。


「親父殿、 いつまでその様な戦い方をするでござるか?」


「…………」


 えつ子の問いに、英雄は答えなかった。あの日、セリカが消えてから1週間。 未だに現れるエゲツナー帝国に対し、英雄は自らの命を顧みず狂った機械の如く戦い続けていた。


「……見ていられんであります。シアさん、ひとつお願いしたい事が」


 遠野は無線の回線を英雄以外に指定し、シアにある事を頼む。


「OK、ボクらの代わりにやってくれるなら手伝うよ……っと!」


 ライゲルの尾が伸びると、乙型の左足に絡みつく。


「何だ? シア、どういうつもりだ……」


 シアとライゲル独自の能力『マシンハック』は対象が機械である限り、自由に操る事が出来る。英雄の乙型は強制停止すると、コ クピットハッチを解放させられた。すると、乙型の前に遠野の MMS『メタルディフェンサー丁型』が接近し、同じようにハッチを解放。丁型からは遠野が姿を現すや、乙型のハッチに跳び移った。


「……大尉どの、失礼します!」


 遠野はシートベルトに拘束された英雄のヘルメットを強引に脱がすと深呼吸し、振り上げた右掌で英雄の左頬を思い切りひっぱたいた。


「いい加減にしてください!」


 グローブ越しに伝わった掌の痛みと、憧れの上官に対する軽蔑と怒りは、水滴となって彼女の両目から滲み出る。


「セリカさんが……娘さんが消えてしまって辛いのはお察しします……でも、あなたは軍人として、そしてムスメサイアの皆さん達の保護者としての誇りと責任を持ってください!そんなヤケクソでメタクソな戦い方をされるくらいなら、引きこもって泣かれてた方がよっぽどマシであります!!」


 張られた頬の痛みをひりひりと感じながら、英雄は声を絞り出す。


「解ってるよ……でも、解ってるのに解らねえんだよ。 どうしていいか……」


 ヘイト・ライマンの駆るオジャパメンとの戦いの後、香山に回収された英雄は、全てを知った。セリカと、幻舞と、ナナと、未来の地球と、エゲツナー帝国の事を。セリカがこの時代に存在出来なくなった理由は、「セリカに一番近しい存在の者が、彼女の存在を信じられなかった」からではないかとの仮説が立てられた。英雄は彼女を「異世界から来た少女・セリカ」として認識していた為、この時代に彼女は形を保っていられたが、「未来から来た英雄の娘芹佳」としての認識を英雄が信じられなかった為、彼女の存在をこの時代に保つ力が無くなってしまったのでは……それがシアとリックにより出された結論である。しかしながら、シアもリックも天才ではあるが精神医学や超常現象に関してはまるで門外漢であり、真相は謎のままだ。


「……セリカが消えたのは、俺が原因だ」


 未来で結ばれた英雄とナナの間に生まれた子がセリカ─えつ子は地球に来てから読んだ、240年くらい前に描かれたコミックを引き合いに出して「つまりベジータとブルマの間に出来たトランクスがセリカどのでござる!」などと言っていたか。……そう説明するのは簡単な事かもしれない。しかし、英雄はナナに思いを告げ、男女の仲になる前にナナは醒めない眠りに就いた。セックスも、キスも、手を繋ぐ事も、口から愛を語り合う事もなかった相手との子……そんな事実を英雄は受け入れる事が出来なかった。


「おじさん、一つ聞いていいかい?セリカが消える前に言った一言……あれは何て言ったの?」


 シアが気になっていた言葉─“だんだん”、セリカはそう言い残し、この時代の、この宇宙から消えた。


「“だんだん” ってのは、俺の故郷の言葉で“ありがとう”って意 味だよ。今となっちゃあ、お爺お婆も使わないような言葉だが……」


「セリカさんは、おじ様に”さよなら”ではなく“ありがとう”と言い残した……まだ、諦めるのは早いのではないかしら?」


「そうでござる!『最後まで、希望を捨てちゃいかん」』でござるぞ!」


「おじさん、信じようよ。セリカはきっと戻ってくるから!」


「大尉どの、もう一度がんばりましょう!」


「ユリーナ…えつ子…シア…遠野さん……」


 英雄は仲間たちの顔を一瞥すると、乙型のシートベルトを外し、立ち上がった。


「すまない、みんな。 こんなカッコ悪い姿をセリカに見られたら笑われちまうぜ」


 英雄の顔は、先ほどまでの曇った表情と打って変わって従来の覇気に満ちたメサイアのそれに戻りつつあった。

「待ってろよセリカ!パパがお前を助けてやるからなー!!」


 夕焼けの空に向かって叫ぶ英雄を見て、 遠野は少し寂しそうな顔をする…… その時だった。


『香山よりムスメサイア隊、早急に帰投願います。』


 海上で待機している香山のブリッジより通信が入る。


「早坂さん!?」


「何事ですの?」


『艦長より、緊急の通達事項があります。詳しい事は皆さんの着艦後に追って連絡するとの事です』


 無線の声の主、早坂香織は落ち着いた声で話す。


「了解!ムスメサイア隊、帰投します!!」


 英雄が答えると、乙型はドラガォンの上に乗り、 ライゲルはケツァールと合体し、それぞれ香山の方向へと離陸してゆく。その少し後から、メタルディフェンサー丁型もスラスターから推進剤を噴射させて続く。


「早坂先輩……」


『マナちゃん?どうしたの?』


 遠野は香山の艦橋にいる早坂へ無線を送る。


「自分、失恋しちゃったみたいであります………」


「ドンマイ。 仕事が終わったら、 悠ちゃんも誘って3人で呑もうか」


─香山 会議室

 英雄、 ユリーナ、シア、 セリカ、遠野、 が待つ中、 祥子は副官の早坂を伴い入室した。


「皆、ご苦労。戦闘後すぐで申し訳ないが、これは早急に伝えねばならん。 博士、 入ってくれ」


 祥子に呼ばれ、入室したのは白衣姿の黒人男性。


「やあ、ヒデオ。 ムスメサイアの皆さん」


「リック!」


「リックさん?なぜ香山に!?」


 富士の研究所にいるはずのリックことリチャード・マーリー。彼が静岡から淡路島まで飛んで来たのには理由があった。


「皆さん、先の一戦でセリカさんと幻舞を失った事は、大変痛み入ります……」


 そう言った後、リックはプロジェクターから立体映像で1枚の設計図を映し出す。


「これは…乙型……?」


 そこに描かれていたのは英雄の愛機・メタルディフェンサー乙型と、エゲツニウム炉だった。


「まさか、リックさん……」


 シアの問いかけに、リックはにやりと笑い、答える。


「そのまさかです!」


 リックが手をかざすと、ホログラムの乙型とエゲツニウム炉が重なり、幻舞の姿に変化した。


「幻舞は未来の地球で、ヒデオの乙型にエゲツニウム炉を搭載し、生まれたMMSです。あの機体がMMSであり、地球で作られたというのであれば……僕たちの手で幻舞を作るのです!」


 静まり返る会議室。リックの提案は理解できる。 だが、不可能に近いものだった。


「そのエゲツニウム炉は、どうやって手に入れますの?」


  幻舞が他のMMSと唯一異なる要素である、エゲツニウム炉。これは未来の世界では英雄が命を賭して手に入れたものとされているが、そもそも入手する事が困難を通り越して無理、である。


「エゲツナーロボはAI制御で、機体の機能が停止したりすると自爆するようにプログラムされててね。 ボクが何回かマシンハックで動きを止めても絶対にすぐ爆発しちゃったんだよ。そんな敵からどうやってむしり取るのさ?」


 と、シアは自身でも試みた体験談からそれが無理難題である事を話す。


「無人機からの奪取が不可能なら、有人機から奪うんですよ。中のパイロットを何とかしてしまえばエゲツナーロボは自爆しないはず!」


「こないだの『オジャパメン』がそう何度も出てくるか?それに奴は…ヘイトは俺と同じメサイアだ。悪いが幻舞以外の機体で勝てる保証は無い。未来の俺と同じく相打ちで死んじまったら本末転倒だぞ」


英雄の言葉に頭を抱える一同。 と、その時だった。



「次元転移反応でござる!!」


 空間が揺れる。 エゲツナー帝国が次元穴を開いた時の現象だ。


『艦長、 エゲツナー帝国の機体が……香山の真上に現れました!』


 早坂の携行する無線機からは、艦橋で指揮を執る霞の声。


「何だと!?」


『でも、様子がおかしいです…… 窓から見えると思いますので確認願います』


 今度は藤原。冷静な彼女が少し困惑気味に伝えている事から、異常があるのは間違い無いだろう。一同は窓から甲板を見やる。


『やあやあ我こそはエゲツナー帝国が将、ホアホーマなり!!ヒデオ・クルミよ!吾輩と一騎打ちによる決闘を所望する!!』


 甲板に降り立ったのは、鎧武者の如き意匠のエゲツナーロボがたったの一機だった。


「リック、手に入るかもしれねえぞ……エゲツニウム炉がよ」


 英雄は口角をつり上げ、笑った。

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