5ー⑦
オジャパメンの斬撃を、幻舞はヤマカガシの刃体で全て受け止める。次から次へと繰り出される手数の多さに手を焼くが、一瞬の隙を突いて一閃。長剣の横薙ぎをオジャパメンはひらりと躱す。そして上段から振り下ろされた刀身を、交差させた両手の剣で受け止める。
「すごい……」
「親父殿とウンババ、ほぼ互角でござる!」
一進一退の攻防をして、シアとえつ子にそう言わしめる。
『認めん……メサイアは一人として生かしてはおけん!』
大振りの斬撃を、 英雄は最小限の動きで回避、そして……
「うるせえ!」
幻舞は両足でオジャパメンの頭部を挟み込むと、水平方向に回転する。誰もが予想などしない動きに、ウンババも判断を遅らせる。
「あれは……ラ・ミスティカですわ!!」
それはえつ子の得意とする技だった。スペイン語で「神秘的」を意味するそれは、英雄がえつ子との徒手格闘訓練で会得したものである。
「オラぁ!!」
脇固めで敵機の左前腕を引きちぎり、破壊。3年前に英雄の乙型がオジャパメンにされた事をやり返す形となった。
「今のは縁の分!!」
幻舞は引きちぎったオジャパメンの左前腕で相手の頭部を何度も叩く。
「これはクリスの分!」
反撃しようとしたオジャパメンの腹部─ビームの砲門に引きちぎったオジャパメンの左腕を突き刺した。
「それはタマの分!そしてこれは……」
後方へ飛び退き距離を取ると、幻舞は左肩にブラックマンバの砲身を担ぐ。
「お前たちに滅ぼされた異世界と、そこに住んでいた人達の分だ!!」
英雄が幻舞にブラックマンバの引き金を引かせる直前、オジャパメンから映像通信が入る。
「!!」
そこに映ったのは、仮面を被ったウンババ大帝と思われる人物。そして、その男はおもむろに仮面を外し、その素顔を晒す。
「なっ……」
絶句する英雄とセリカ。それにより、ブラックマンバを撃つ手元に狂いが生じた。
「お、俺がいる......」
「そんな…まさか……」
画面越しに映ったウンババ大帝の素顔、それは紫色の髪をした英雄そのものだった。
『ぼくの本当の名はヘイト…ヘイト・ライマン!エゲツナー帝国のメサイアだ!!』
沈黙が、2機の間を包んだ。
「おじさん!セリカ!何で動かないんだよ!!隙だらけじゃないか!」
「陛下!いかがなされた!!」
先の通信は、オジャパメンと幻舞の間にだけ流れていたらしく、ムスメサイア達とホアホーマは時が止まったかの如く静止した2機が動けない理由を知らない。
「メサイアだと……お前は、エゲツナー帝国の“俺” なのか?」
『そうとも。エゲツナー帝国を繁栄させる為の救星主、それがぼくだ。その為には如何なる手段だって選ばない!たとえ自分と同じメサイアでも、躊躇なく殺す!ヒデオ、君にはそれが出来るか!?出来ないだろう!ヒーロも、インションも、ギェロイも、みんな甘ったれたメサイアだった!』
ヘイトは嘲笑うかの様に、今までに手を掛けたメサイア達の名を並べる。
「……セリカの親父も、ヤンセってメサイアもお前がそうやって殺したんだな?」
英雄の質問に、ヘイトは怪訝そうに眉をしかめた。
『ヤンセ?その子の父親……?』
ヘイトは画面越しに落ち着かない表情のセリカを見ると、疑問が解かれたように、うじゃけた笑みを見せた。
『ああ。そういう事か……』
そして、ヘイトは再び仮面を被る。
『ぼくが先代のウンババを殺害して大帝に成りすましてる事は、ぼくとベーターしか知らないからね……っと』
そしてウンババ大帝に扮したヘイトは口調を変え、通信をその場にいる全機を対象にして喋りだす。
『いい事を教えてやろう、 ヒデオ・クルミ。その娘、セリカはエゲツナー人の母とヤンセ・ライマンなるメサイアとの間に産まれた子だそうだな?だが、ヤンセなどというメサイアを余は殺しておらん! そもそも「存在しておらん」 のだ、そんな男は!!』
「……何だと!?」
『おじさん!そいつの話を聞いちゃあダメだ!!』
シアが叫ぶも、ヘイトは更に続ける。
『そして、帝国の管理下から外れたエゲツナー人は現在までに一人しかおらぬ!その名は『P7』!!』
「ピーセブン...... ナナの事か?」
『やめろおおおおぉ!!』
シアはたまらずライゲルのキャノン砲をオジャパメンに向けるが……
『手を出すな小娘!出せば貴様らも幻舞もエゲツニウム砲の塵にするぞ!!』
ホアホーマの警告に、シアは砲撃を躊躇った。
『シアさん、気持ちは解りますわ、でも……』
『ここは堪えるでござる!』
ユリーナもえつ子も、ヘイトを止めたかったが、それも叶わない状況である。
『その娘の母は P7!父は……来満英雄、貴様だ!!!』
ヘイトの口から告げられた言葉に、英雄は全身を雷で貫かれたかの如く硬直した。
『エゲツニウムは次元だけでなく時間をも跳躍する。余とオジャパメンが3年前のあの地に遡り、貴様の友を殺めた時の様にな。その娘も未来の地球から、現在の地球へエゲツニウムの力で時を遡ったのだろう!』
固まった英雄の脳内で、全ての謎が繋がってゆく。幻舞のAIが英雄の名を知っていた事、セリカがシジミの味噌汁を作った事、ナナの手を握り泣いていた事、縁を縁おじさんと呼んだ事……セリカは未来から来た、自分とナナの娘であると……
「パパ」
ふと、そう呼ばれ、英雄は振り返った。
「ウチはね、えっとパパにアンタの娘じゃって言いたかったんよ……」
涙ぐむセリカの口調は、それまでと違い、非常に耳なじみの良い方言だった。やはりこの子は未来の鳥取から来たのか……しかし、今までに子を成した事の無い男が目の前の少女を実の娘だと言われ、完全に信じられるだろうか······
「あっ…」
セリカの体が徐々に透明になってゆく。
「セリカ…待て!セリカ!!」
英雄は消えてゆくセリカの体を抱き締めた。
「パパ、ウチの名前は芹佳。セリの花の漢字とお婆ちゃんの名前から佳の字を取って、お爺ちゃんが付けてくれたんよ」
英雄の腕の中でセリカの質感が消えてゆく。
「……“だんだん”」
そう言い残し、セリカは消えた。
「セリカーーーーッ!!!」
英雄は泣き叫ぶ。 そして、幻舞はその姿をメタルディフェンサー 乙型へと変え、エゲツニウムという翼を失った鋼鉄の巨人は海面に落下してゆく。
「親父殿ーーーッッ!!!」
えつ子は落ちてゆく乙型の元へ、全速力でケツァールを飛ばす。
着水した乙型は、この時代のものではない。先ほどのセリカと同じくこの時空から姿を消した。残された英雄は海面を漂いながら空を見上げる。
『フハハハハハハ!!ホアホーマ、べーター!引き上げじゃあ!!』
ウンババ大帝こと、ヘイト・ライマンの高笑いとともにオジャパメンを搭載した戦艦は、次元の向こうへと消えていった。
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