5ー④

「ふー」


 退室した英雄は、大きく息をつく。帝国が再来して以来、色んな事が起きすぎている。忙しく、休まる暇も無かったのは3年前も同じだが、今度は自分が【メサイア】であるとか、異世界の自分から血の繋がらない娘を預かるだとか、転勤先の上司が死んだ親友の母だとか……それに少し前には産まれて初めて異性から告白─それも9歳下の女性から求婚レベルのものをされた……あらゆる出来事に対して心が体に着いていけない様な気分だ。


「親父殿!」


 ふと、大きな声で呼ばれて振り返る。声の主はえつ子。そのすぐ側にはユリーナ、シア、セリカ。先日支給された制服姿で4人揃った娘達は、各々の性格が出る形に手を振っていた。


「ああ、お前たち。どうした?」


 英雄の問いにまず答えたのはセリカ。


「お昼ご飯、一緒にどうかなと思って」


 続いてユリーナ。


「会議の終わる時間を見計らって来たのですが、おじ様だけ居残りをさせられていた様ですわね」


 更にシア。


「まぁた艦長と副艦長に何かされてたの?」


 そして、えつ子。


「地球名物ぱわぁはらすめんと、というやつでござるな!?」


「パワハラを勝手に地球の風習にするな。安心しろ、嫌がらせは受けていない」


 英雄の言葉を聞き、娘たちは安堵の表情を見せ、


「……近日中にエゲツナー帝国がまた現れる様だ」


 またすぐに表情が強張った。


「早く、敵の大元を叩かないとキリが無いね」


 そうだな。と、答えて英雄はふと考える。帝国との戦いが終われば、この子達は元の世界へ帰るのだろう。戦争の終結とともに、この疑似的な親子関係も終わる─そう考えると、寂しさを感じずにはいられなかった。


「親父殿、何を辛気臭い顔してるでござるか?こんな時こそ飯を食って、嫌なことは忘れるに限るでござろう!!」


「今日の昼食は『かれーらいす』なるものらしいですわ」


「ニッポンの海軍は曜日の感覚を忘れない様に、決まった曜日にカレーライスってのを食べるんだってさ」


「早く行こ?カレー無くなっちゃうかも!」


 セリカは英雄の右前腕を抱きかかえる様にして引っ張る。


「そうだな。海軍のカレーってのは美味いから、先に食い尽くされちまうかもしれん」


 英雄は引っ張られながらも、セリカだけが、「カレー」という呼び方をしていた事に気付き、彼女の世界にも味噌汁の時と同じくカレーライスが存在しているのだろうと思った。


「(幻舞もカレーも、ほんとに収斂進化の結果なのか……?)」


そして、それと同時に先ほどリックと祥子が話していた事を思い出した。




「……最近のセリカ、やけにおじさんと距離を詰めてるね」


「遠野さんの件があってから、 ずっとですわ。 おじ様に敬語を使わなくなりましたもの」


「それでボロを出さなければいいのでござるが……」


 先を行く英雄とセリカの数メートル後ろを歩きながら、シア達はひそひそと話していた。


─香山・食堂


「いつ来ても広いね」


 シアが言う様に、香山の食堂は広い。 乗員が多い分、収容人数もそれなりになくてはならない。 英雄達5人はトレーの上に載せたカレーライスを持って、 座れる席を探す。


「来満大尉どのー!」


 と、聞き覚えのある声がした方を見やると遠野が手を振っていた。その両隣には早坂と藤原が座り、彼女達もカレーを食べようとしているところだった。


「遠野さん達も今から昼飯?」


 英雄が遠野達の元へ足を運ぶが、その後ろではセリカが遠野、えつ子が藤原に対し警戒した表情をしていた。


「はい!早坂先輩が会議に出ていたので待っていたのであります!」


 元気よく答える遠野とは逆に早坂は


「皆さんも、こちらで食べませんか?」


 と、落ち着いた声で手招きする。


「ハア…ハァ……えつ子ちゃん……カレーを持ってる姿もカワイイわぁ………」


 怪しい吐息の藤原を見て、えつ子でなくても恐怖を感じるが、誘いを断るのも気が引けるため、英雄達は早坂達と相席する事にした。


「皆さん、香山での生活には慣れましたか?」


 そう聞いてきたのは早坂だった。


「ええ。 幹教官のシゴキと艦長のお説教以外には」


 と、冗談交じりに英雄は返す。


「でも、大尉どのも副艦長の訓練に最後まで付いて来れてるではありませんか」


 遠野の語る言葉は、訓練を経験した者のみが知る事だった。あのひとは、自分の知らない父を知っている。母より、娘の自分より近い所にいる─セリカの心には嫉妬の様な感情が芽生えていた。英雄に対し、ユリーナは叔父と姪のように、シアは友人のように、えつ子は犬と飼い主の様な距離で接している。実の娘であるセリカは当然のように親子として接したいのに、英雄に真相を知られる訳にはいかないので一番他人の様な関係だ。そんな葛藤が彼女の心を不安定たらしめている。


「(もういっそ、この場でパパにも遠野さんにも、ウチとパパが実の親子や、ゆう事を打ち明けちゃろうか……)」


 セリカは一瞬そう思った。そうすれば遠野は英雄の事など諦めるだろう。しかし、それで今後の任務に支障を来したら?この時代で眠り続ける母も、未来で死んだ父もエゲツナー 帝国に滅ぼされた地球も救えなかったら?今と未来を天秤に掛け、セリカは大人しくカレーを食べる事を選んだ。


「どう?美味しいでしょ。うちのカレー」


 早坂が娘達に問う。


「はい、とても美味しいですわ!」


「地球を文明の未発達な世界だとナメてたよ・・・こんな美味しいも のを作れる力があるなんて!」


「元の世界にこの料理と作り方を持ち帰ろうものなら世界のバランスが崩れるでござる!!」


 各々が絶賛するが、セリカは雑念により味がよく解からなかったので、


「おいしいです……」


 と、だけ答えた。

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