5ー③

一空母香山、会議室


 ムスメサイア隊が正式に命名され数週間、 帝国側に目立った動きは無かった。 しかし、それは帝国側が大きな動きを準備しているという事でもある。


「本日も集合、ご苦労。 今日は富士の国防省秘密研究所からエゲツナー帝国に関する新情報が入った」


 香山乗務員の幹部達と、艦長伝令を務める早坂が着席する中、 祥子は壁面大型モニターの電源を入れた。 写し出されたのは白衣姿の黒人青年だった。


「富士秘密研究所のマーリー博士だ。エゲツニウムや異世界文明の研究をしておられる」


 祥子が紹介すると、青年ーリチャードはペコリと頭を下げる。


『皆さん、はじめまして。 リチャード・マーリーです。…ヒデオ、何そんな隅っこに座ってるんですか? 顔が見えませんよ?』


 すると、会議に参加していた者たちは皆一斉に後ろのほうで座っていた英雄の方へ顔を向ける。


「リック、そういうのはいいから本題に入れ!」


 リックというのはリチャードの愛称であり、 彼は英雄と旧知の仲どころか、英雄とともに3年前の戦争を生き延びた元オーストラリア軍のMMS乗りである。そのやりとりで出席者の笑いを取り、緊張をほぐす。これはリックがかつて二人のチームメイト・瀬田縁から学んだ人心掌握術だった。


『では、改めまして。 我々はエゲツナー帝国が次元穴を開く際に発する特殊な電磁波、仮の名前で【D(Dimension)波】と呼びましょう。そのD波を感知して、おおよその出現位置とタイミングを計測する事が出来ます。我々の計算によりますと、近日中……早くて明後日、シコクからアワジシマの中間地点に出現する予測結果が出ました』


 ざわつく会議室内。


「うろたえるな!」


 それを一瞬にして黙らせたのは艦長である祥子の一喝だった。


「帝国の攻撃を許せば地球は奴らの手に墜ちる。即ち地球が終わる時には軍艦一隻などとっくに沈んでいる。 だが、我々の艦は日本国防海軍最強の空母香山だ!当艦が沈む時こそ地球が終わる─そう発想を変えられる者だけが艦に残れ!」


 祥子の言葉を聞き、会議に参加していた幹部乗務員達は皆、真剣な眼差しで祥子を見る。その表情に反発は無い。


「うむ。では迫って指示を出す。解散!」


 出席した乗務員は椅子から立ち上がると、祥子に敬礼し、席を立つ。英雄も流れに乗って退室しようとしたが、副艦長・幹霞が送ったアイコンタクトに気付き、最後まで席に留まった。


「何ですか教官、また特訓ですか?」


 と、英雄は彼の元へ歩いてゆく。


『ヒデオ、君に個別の用があって留めてもらう様に僕から艦長に頼んでおいたのさ」


 モニターからリックが話し掛ける。


「では、我々はお邪魔かな?」


 祥子がリックに対し、問う。


『いえ。ヒデオと密談するような怪しまれ方は僕も嫌なので艦長達も立ち会ってください』


 会議室には祥子、霞 、早坂、そして英雄の4人が残る形となった。


『まず一つ目。3年前の襲撃時は世界各地に現れていた帝国が、今回はいずれもニッポン……それもヒデオのいる所にばかり現れている事』


 それは誰しもが怪訝に思っていた事だった。英雄が静岡から広島に移動した時に四国沖に現れた時などは偶然にしては出来すぎている。


「それって、誰かが来満大尉の位置情報を帝国に流してるって事ですか……?」


 早坂の質問も想定できる範囲だった。


「おそらくそれは無いでしょう。 軍に内通者がいる様には思えませんし、軍の外から来ているムスメサイア隊の子達が地球に来るより先に帝国が来ていますから、当然あの子達もシロです」


 霞の言葉に英雄は付け加える様に言う。


「最初の襲撃時に、奴らは駿河基地の部隊と交戦中にも関わらず戦ってる相手をそっちのけて俺の方に向かってきたんです。俺がセリカと一緒に幻舞に乗ったらシア達には見向きもせず幻舞だけを狙って来ました……」


 英雄の言葉を聞き、リックが口を開く。


『……これは僕の仮説ですが、敵はヒデオだけを嗅ぎ分けているんじゃないでしょうか。僕たちがD波を感知する様に、敵もヒデオの何かを感じ取っているのではないかと』


「来満大尉と我々の違いは3年前に帝国と直接戦っている事……しかし、それはマーリー博士も同じだが、彼の元へ帝国は来てはいない……となると」


『【メサイア】です。僕たちとヒデオの違いは』


 リックの口からその単語が出た事により、英雄にある記憶が甦る。


『……3年前の決戦時、僕たちが最後に戦った相手…謎の有人機に乗っていた者が【メサイア】という単語を口にした事を確かに覚えています。それに、あのパイロットが言うには最初から標的はヒデオだとも取れる言い方でした』


「つまり、【メサイア】である来満大尉からは特殊な何かが出てるって事ですか?」


 と、早坂。


「………………」


「大尉、君は「自分のせいで香山に迷惑を掛けている」と考えているな?そんな事は気にするな。私は 【メサイア】とかいうものである以上に、倅の友である君の力になると決めたのでな」


「艦長……」


『次に、異世界におけるヒデオの娘であるというあの子達の機体なんですが……データから分析した結果、ドラガォン、ライゲル、ケツァールの3機は材質も技術も地球のものとは異なる正真正銘の異世界文明の産物だという事が判明しました。が、あの幻舞という機体は材質もチタニウム合金に似た素材でエゲツニウム炉周り以外の基本設計がどう考えてもMMS─それもメタルディフェンサーシリーズと共通の設計です」


 衝撃を受ける4人だが、祥子だけはその意味が違った。セリカの正体を知る過程で、幻舞は英雄が搭乗していたメタルディフェンサー乙型の15年後の姿である事も知っている。だからこそ、セリカが英雄の実の娘であるという事が英雄本人に知られてしまう可能性が出てきた事を危惧しているのだ。


収斂進化しゅうれんしんかというやつではないのか?マーリー博士」


 咄嗟に祥子はリックに問う。収斂進化というのは、 全く分類系統の異なる生物が似た環境で生活する内に生態や形状が似てゆくという現象である。哺乳類であるクジラ目が、同じく水中で遊泳しながら暮らす魚類と似た形状をしている事がその最たる例だ。 奇しくもリックの故郷であるオーストラリアは有袋目と呼ばれる哺乳類が収斂進化を経てあらゆる生態に枝分かれした、進化の見本の様な地である。


「セリカ君は他の3人と比べて地球人に近い人類の様だし、服装、食文化、言語に至るまでオステオグロッサムという世界が地球に酷似しているのだろう。ならば、兵器の発展も地球と同じくMMSに酷似したロボットがいると考えるのが妥当ではないかね?」


『はぁ……』


 やけに饒舌な祥子を怪訝に思うリック。


「それに来満大尉、君がセリカ君に疑念を抱くのはムスメサイア隊、ひいては幻舞に乗る二人のチームワークに影響する。余計な事は考えるな!」


「りょ、了解!」


 祥子の気迫に圧され、 返事をする英雄。 それから間もなくしてリックと祥子らのミーティングは終了した。


「(まずいな……セリカくんの使命は地球の未来を左右する……)」


 祥子は今の状況と、柄にもなく焦る自分に苛立っていた。

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