5ー②

「何やってんだよこのファザコン!!」


「しゃーないじゃろこがなもん!!」


 口論するシアとセリカをよそに、ユリーナとえつ子は何とか誤魔化そうとする。


「違うんですのよ艦長!セリカさんのお父様とおじ様は何から何までソックリでいらして……」


「しかし妙だな。君達は15歳で大尉は28歳だろ?彼は中学生で父親になったのか……?」


「あっ、この人はもう誤魔化しが効かんでござる……」


 娘達は覚悟を決めて、祥子にセリカの正体を洗いざらい打ち明ける事にした。




「……未来の地球から、か。今さら驚く事でもないが」


 異世界からロボットが攻めて来た辺りから人々の常識観念は崩れてきた。昨日だって合体ロボが空母を持ち上げてブン投げたのだ。遠くない未来でタイムマシンが完成していたくらいでそこまで驚く事ではなかった。


「事情が事情だけに、セリカ君が正体を隠していた事については不問としよう。……それよりもだ」


 祥子は執務机から身を乗り出してセリカを見た。


「君のいた未来では、縁は…私の息子は生きていたのだな?」


「はい。パパと縁おじさんはえっと仲良しで、来満家とは家族ぐるみで付きうとりました」


 祥子は再び腰掛けると、両肘を着き、組んだ掌の上に額を乗せて考える。


「エゲツナー帝国による姑息な歴史改変の結果、縁やその同僚達が死んだというのなら、それを本来の歴史に修正する……というのは可能かね?」


「それは、どがぁな意味でしょう」


 セリカは問い返す。


「言い方が悪かったな。ストレートに言おう。縁を生き返らせる事は可能かね?」


「出来るでしょうね」


 その答えを聞き、祥子は再びセリカと目を合わせる。


「軍人としての権限を濫用してでも、私は親として息子を助けたい……見苦しいかね?」


「いえ。ウチもパパを死なせん為に未来から来たんです。正直、地球の存亡なんかより、ウチにとってはパパの方が大事ですけぇ。艦長が縁おじさんを想う気持ちも、ソレとおんなしなんやないですか?」


 セリカは優しく微笑んでいた。


「……セリカ君、今の君の任務が終わってからでいい。その後で幻舞の力を使って過去に戻り縁を助てはくれまいか」


 祥子は深々と頭を下げる。


「顔を上げてください艦長!ウチも寂しそうなパパを見てるのは辛いけん、縁おじさん達も助ける予定でした」


「……ありがとう。私も君たちには協力を惜しまん」


「じゃあ、セリカの事を誰にも言わない?」


「もちろんだよ」


 シアの問いに答えた祥子の顔にはいつもの厳しさが少しだけ消えた様に見えた。息子を失い3年間抱えてきたものを捨てられる可能性を見出した故だろう。



─甲板


 霞による地獄の特訓を終えた英雄は、大の字に寝転んでいた。昔は訓練後も動ける余裕があったのに、今はこの体たらく。歳を取ったのだなぁと実感した。


「大尉殿!」


 ふと、視線の先には英雄の顔を見下ろすように立っている遠野の顔が見えた。


「飲まれますか?」


 ペットボトル入りのスポーツドリンクを差し出した。


「ありがとう」


 英雄はボトルを受け取ると、上半身を起こして座る体勢になる。


「あの、お隣…よろしいでしょうか?」


「?…ああ。構わんよ」


 遠野は英雄の隣に腰掛ける。訓練後という事もあり、着ている白いTシャツは汗だらけで、その下に着けている黒いスポーツブラが透けていた。実用性重視の下着は異性を誘惑する効果など一切期待されずに作られたものだろう。しかし、遠野の様に健康的な肢体をした女性にはよく似合う。


「元気だね、遠野さん。今いくつだっけ?」


「19であります!」


 レスリングの強化選手として期待されていた遠野は日本どころか世界中の大学から引く手数多だっただろう。しかし、彼女は高校を出てすぐ軍に入り、MMSパイロットになることを目指した。


「若いなぁ」


 200年ほど前に日本人の成人年齢は18歳に引き下げられたとはいえ、それは制度上の話であり、英雄にしてみれば20歳にも達していない遠野は未成年という認識だった。


「あの、大尉殿……」


 遠野は視線を少し英雄から逸らしながら、口を重々しく開く。





「まさか艦長さんにバレてしまうなんて思いませんでしたわね」


「でも、秘密は守ってくれるみたいでよかったよ」


 艦長室を後にした4人の娘達は甲板を歩く。英雄を探しているのだ。


「あ、親父殿でござる!……隣にいるのは遠野伍長でござらぬか?」


「えっ?」


 えつ子が指差した方向には、確かに英雄と遠野が腰掛けて何かを話していた。


「何話してんのか気になるな。こっそり近づこうぜ」


「もう、シアちゃんったら趣味が悪いよ…」


 セリカもそうは言いながら、父が若い女性と二人きりで何を話しているのかは気になるので、忍び足で接近するのに賛成した。ちょうど近くに立っていたMMS『メタルディフェンサー丙型』の陰に隠れ、娘達は聞き耳を立てる。


「あの、大尉殿……セリカさん達は大尉殿の、本当の娘さんではないんですよね?」


 遠野の言葉を聞き、セリカはむっと頬を膨らませる。


「ああ。少し説明しづらいんだが、あの子達は“違う世界にいる俺”の娘なんだ。俺自身は独り身さ」


 英雄のその言葉を聞き、遠野は意を決して口を開いた。


「大尉殿、自分は大尉殿に命を救って戴いたあの日以来、ずっと大尉殿をお慕いしておりました……」


 そして自らの顔を英雄の顔と、文字通り目と鼻の先まで接近させる。


「自分と、夫婦めおとになってください!“この世界のムスメサイア”を自分に産まさせてください!!」


 遠野は訓練時と同じくらい心拍を高くして、その言葉を告げた。


「まぁ大胆ですわね」


「告白どころか求婚ではござらぬか」


「なに呑気な事言ってんだよ、おじさんが遠野さんとくっ付いたらセリカは産まれてこなくなっちゃうだろ!」


 シアの言葉にユリーナとえつ子はハッとしてセリカの顔を見た。


なんよあのひと!この世界のムスメサイアはもうここにおるわ!」


「落ち着きなさいセリカさん!」


 今にも飛び出さんばかりのセリカをユリーナ達は抑える。


「……遠野さん、気持ちはすごく嬉しい。けど、今はエゲツナー帝国との戦いに集中したいんだ。だから、俺からの答えは待ってくれないだろうか」


 英雄は今も眠り続けるナナを愛している。だから遠野の申し出を受ける気は無かった。しかし、ナナの事は軍内部でも機密扱いであり、遠野に「既に恋仲の女性がいる」と言って断るのも彼女を傷つけると考え、答えを有耶無耶にする事を選んだ。しかし、それは女性経験の無い男による間違った選択だった。


「そ、そうでしたね!失礼いたしました…では自分はこれで!」


 と、言って遠野は走って立ち去った。彼女は英雄の答えを“断られてはいない”と受け取ってしまったのだ。


「パパ、遠野さんの告白を断らんかった……何でなんよ……」


 英雄と遠野のやり取りを見て、セリカは呟いた……


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