第5章 地獄の使者たち
5ー①
一香山、艦長室
英雄達が太平洋上空に現れたエゲツナー帝国の斥候を、文字通り力業で撃退した次の日。
「失礼します!」
英雄はドアを数回ノックすると、 中から祥子の 「入れ」という応答を確認したのち、4人の娘達を伴い、入室した。中には執務机に腰掛けた祥子と、そのすぐ傍には早坂、遠野、藤原の3人が立っていた。その内の一人、遠野愛菜は英雄と目が合うと、にこりと微笑んでみせた。英雄は少し恥ずかしそうに会釈を返す。昨日、共に戦ったからか遠野は妙に距離が近くなった気がする。
「朝からご苦労。君たちに見せておくモノがいくつかあってな。まずは……藤原!」
「はっ」
祥子の合図で藤原悠は後ろ手に持っていた掛け軸の様な巻物を英雄達の前に出し、留め紐を解く。 するすると、巻物は上から下へ垂直に伸びる。
ム
ス
メ
サ
イ
ア
「「むすめさいあ・・・?」」
毛筆の縦書きで書かれたその文字を読めたのは、住んでいた世界でカタカナを使うセリカとえつ子。
「何ですかソレ?」
英雄が聞くと、祥子は軽く咳ばらいをした。
「君たちの部隊名だ。呼称が無いと不便だからな」
「何か意味のある名前なのです?」
ユリーナの問いに、祥子は
「来満大尉並びに、 異世界における彼は【メサイア】と呼ばれる存在なのだと聞く。そして君たちはメサイアの
と、少し得意げに祥子は語る。
「えっ?ダジャレ……?」
と、思わず呟いたのはシア。
「覚えやすいし親しみやすくていいだろう。私はカッコつけてて覚えにくい名前は好かん。来満大尉、君にはムスメサイア隊の指揮官の任を任せる」
「了解」
新たな配属先である香山においての部隊名は、艦長である瀬田祥子の一存で決まったが、英雄達も不服は無くそれを受け入れる。他に代替案も無いのだ。
「さて次は、だ。4人ともバラバラの服装では部隊として締まらん。何よりユリーナくん、君の
と、祥子はユリーナの胸元から股の辺りをなぞるように指さす。
「この服はエルフ族の由緒正しき衣装ですのよ!?」
「君の世界ではそうなのかも知らんが、地球でそんな恰好なのはコスプレイヤーくらいだ。 いや、レイヤーでもコスプレで住来は歩かん。それに君だって艦の乗員が水着の様な格好でウロウロしていたら気になるだろう?そうでないなら香山のクルーは明日から全員ビキニで勤務するぞ?」
祥子の言葉にユリーナは納得するしか無かった。
「というわけで、奥の部屋に君たちの制服が用意してあるから着替えてきなさい。 早坂、遠野、藤原、手伝ってあげろ」
「了解。 では皆さん、こちらへどうぞ」
早坂と遠野の先導で、娘達は艦長室の奥にある小部屋へと通された。
「……藤原軍曹どの?」
「何でしょう」
「なぜ拙者の尻尾を触ってるでござる」
「失礼。 つい」
「ついではござらん・・・いや、耳もダメでござる……」
「すみません。 手が滑りました。 おっといけない、 また」
「ぬわーーー!!」
閉じたドアの向こうから聞こえた、 えつ子と藤原の会話に英雄は不穏な気配を感じ取る。
「あの、大丈夫なんでしょうか?」
「気にするな。藤原は優秀だが少し変態なだけだ。 確か“ケモナー”なる嗜好だと言っていたな」
「気にしますよ!一番ダメなやつでしょう、ソレは」
そうこうしている内に娘達の着替えは終わり、早坂と遠野が出てきた後にユリーナ、シア、セリカ、そして疲れた顔のえつ子が満足そうな表情の藤原とともに姿を現した。
「どうです大尉?可愛いでしょう!?」
と、早坂が英雄に感想を求めたその衣装は、灰色の地に青いラインのセーラー服を模した半袖の上衣に下は膝が出るくらいの丈をした紺色のキュロットという出で立ちだった。 頭に被ったベレー帽とセーラー部分の襟はユリーナが青緑、シアが白、えつ子が赤、セリカが黒と、各自の乗機と同じ色である。
「おお。似合うじゃあないか」
と、小さく柏手を打つ祥子。
「艦長、これは!?てっきりこの子達にも軍の制服を着せるものかと……」
英雄は娘達の衣装について祥子に尋ねる。
「何年か前に海自と4人組アイドルのタイアップ企画があってな。その時に使った衣装だ。企画の終了後、扱いに困ってたのだが、使い道が出来て良かったよ」
と、祥子は衣装の出自を話した。
「因みにセリカちゃんが着てるのは当時、私が着ていたものでーす!」
セリカの後ろから彼女の両肩を掴んで笑ってみせる早坂。
「あっ!早坂さん、どこかで見た事ある気がすると思ったら自衛官募集ポスターに載ってた人!?」
英雄は記憶の底に眠っていた既視感を思い出した。
「早坂さんアイドルだったの!?」
と、シアが言うと早坂は現役時に得意としていたポーズを取ってみせる。
「今、わたくし達が着ているのは『あいどる』の 『こすちゅうむ』……という事は、コレも『こすぷれ』なのでは?」
ユリーナは言い慣れない異世界の単語を並べ、祥子に問う。
「……制服だよ。何なら私もソレを着て見せてもいいのだぞ?」
真顔で言う祥子の気迫に負け、ユリーナはまたも納得させられる事になる。
「来満大尉、どの子が一番可愛いと思います?私はモチロンえつ子ちゃん最推しですが!」
藤原は真剣な面持ちでえつ子の耳と尻尾をこねくり回しながら、英雄に問う。当のえつ子は諦めの境地で無抵抗だった。
「ボクだよね!?」
「わたくしに決まってますわ!」
「私…でしょ?」
シアとユリーナとセリカは各々異なるポーズで英雄に問う。
「えっ…?うーん、と……みんな可愛いと思うぞ?」
英雄が考えた末に出した答えだが、それを聞いた三人はガッカリとした目で溜め息をつく。
「乙女心が解っていませんね。来満くん」
「幹教官!?いつの間に!」
声のした方を振り返ると、副艦長・幹霞が立っていた。
「副艦長は私が呼んだのだ。来満大尉はこの後、副艦長の下で当艦の戦闘員達とともに訓練を受けてもらう」
「幹教官の!?ちょっと待ってください……」
学生時代に味わった地獄の訓練を思い出し、英雄は狼狽える。
「大尉どの、自分もお供いたします!一緒に行きましょうっ」
遠野により腕を組む様に拘束された英雄は霞と共に退室した。
「早坂、藤原。君達もご苦労だった。持ち場に戻っていいぞ」
「では失礼します!みんな、その服は大切に着てね?」
「またね?えつ子ちゃん…ウフフフ」
朗らかな笑顔の早坂と妖しい笑みの藤原は揃って退室した。藤原の声にえつ子が「ヒッ!?」と小さく悲鳴を上げた。
「来満大尉は嫌がりつつも、ちゃんと行ったな」
「はい。真面目な人ですから」
祥子の何気ない話にセリカは答える。
「いいお父さんだな?」
「はい!」
「……やはり、来満大尉と君は実の親子のようだね?」
「あっ……!」
しまった、という表情でセリカは口元を押さえた。
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