5ー⑤

─太平洋上空


 会議から翌日の事だった。リックの予測通り、エゲツナー帝国は四国と淡路島のちょうど中間に位置する海域に、次元穴を穿ち地球へ転移しようとしていた。


 出てくるエネルギー質量から戦艦クラスの大きさを計測したため、英雄たちは乗機を予め合体させ、キリンオー単騎で敵の元へと飛んだ。


「香山が駆け付けるまでに敵を倒しちゃおうよ」


「そうだね!」


 と、シアの提案を快諾するセリカ。キリンオーの速度に付いて来れないメタルディフェンサー丁型及びパイロットの遠野は、香山とともに後から来る手筈となっている。彼女が居ない方が、心置きなく戦える…セリカはそう考えた。


「みんな、油断するなよ。何が出てくるか解ったもんじゃない」


 英雄は娘たちに言い聞かせながら、自分の言葉に3年前の戦いを思い出した。勝利を確信したその時、 予想すらしない出来事に対処出来なかったがために友の命を3つも失ったあの時を。


「(なぜ、あの時の事を…それに、この胸騒ぎは何だ……?)」


 異様な焦燥に駆られながらも、 英雄はキリンオーを飛ばす。 そして、敵陣へと到達した。


「戦艦でござる!」


 えつ子が指さした先には、次元穴から出ようとする1隻の巨大戦艦の姿があった。


「何だあのデカさは……香山の倍近くあるぞ!?」


 英雄も見た事のないその飛行戦艦は、尊大さと攻撃性を兼ね備えた禍々しい姿をしている。


『ほう。それがキリンオーか、ヒデオ・クルミ!!』


 戦艦の外部スピーカーから聞こえたのはホアホーマ将軍の声。


「また凝りもせずに来たのかよ!今度はその偉そうな船をぶっ壊してやろうか!」


 シアは挑発気味に言う。


「フフフ…やってみるがいい」


 ホアホーマはシアの挑発に乗る事もなく、余裕の態度を見せる。


「ならばお望み通り、食らわせて差し上げますわ!行きなさい、カンディル達!!」


 ユリーナが掌に込めた魔力を操縦席の水晶に送り込む。すると、キリンオーの肩に備えられた弾倉から魔導ミサイルが大量に発射される。約300メートル先の飛行戦艦めがけ襲い掛かるミサイルの群れは利那の間に敵の体に食らいつく……はずだった。


「!?」


 戦艦の周囲を覆う青白い光の障壁にミサイルは全弾とも阻まれ、戦艦のボディに傷一つ付ける事は無かった。光の壁それはユリーナがドラガォン及びキリンオーに搭乗した際にも使う彼女の能力と同じ。


「あれは…魔法!?」


 異世界アラバイムで用いられる奇跡の術、魔法。 それをエゲツナ一帝国が使ってみせたのだ。


『フフフ……驚きましたか?』


 戦艦から聞こえたのはホアホーマとは別の男の声。英雄たちはその声に聞き覚えがある。そして、 その慇懃無礼な口調を二度と聞くことは無いはずなのだ……


「その声は…ベーター!?」


 英雄は、つい数週間前に戦い、そして殺めた男の名を呼ぶ。


『ご名答。なぜ生きているのか?とでも言いたそうですねぇ』


 キリンオーのモニターにエゲツナー戦艦からの通信が入る。しかし戦艦のブリッジ内にホアホーマの姿はあるものの、ベーターのは無い。


『たしかに私はあの時、貴様らに殺されましたよ。しかし、私は自身の記憶をデータ化し、人工の脳に保存していたのです。そして、 この艦の知能として蘇ったのですよ!』


 高笑いするベーターの声にいち早く反応したのはシアだった。


「……ヘテロティスの技術だな!?」


その眼差しは怒りに満ちていた。


「ええ。 あなたの故郷はとても便利な文明を我々にくれましたよ!エルフのお嬢さんの所の【魔法】はやや不便ですが、まぁまぁ使えるモノでしたねぇ』


 先ほど戦艦に張られたバリアはユリーナの故郷アラパイムから奪った技術である。 普段は大人しい彼女も、故郷とそこで代々培われた魔法を虚仮にされては我慢ならない。


『やめよベーター卿!戦に殊更ことさらいらぬ言動を持ち込むでない!』


 ベーターの総舌な舌を停めたのは同じ陣営のホアホーマだった。


『おやおやホーマ卿、またお得意の騎士道ですか?貴方はそれで何度、そこのヒデオ・クルミに敗れたか覚えているのですかね?』


 ベーターの挑発は敵だけでなく仲間にも向けられる。


『いい加減にせよ、二人とも!』


 突如、地獄の底から響くかのような声が聞こえると、 ホアホーマは跪き、ベーターは声を震わせる。


『し…失礼しました、大帝陛下!』


 身体が艦となったべーターも、人型のボディをしていればホアホーマと同じく跪いていただろう。地獄の声の主、彼こそがエゲツナー帝国の国家元首にして、英雄達の討つべき仇敵だった。


「ウンババ大帝!?敵のボス自ら乗り込んで来たでござるか!!?」


 こと戦争において、国家の王が戦場に赴くなど有史以降で聞いた例など無い。


『左様…余がエゲツナー帝国大帝ウンババ・ゴッツェカン15世である!ヒデオ・クルミとメサイアの娘達よ、此度は余みずから貴様らに引導を渡しに来たのだ!!』


 キリンオーのモニターに、奇怪な仮面を被った男の顔が映し出さ れる。どうやらそれがウンババ大帝の姿の様だった。


『ベーター、【オジャパメン】 を出す。デッキを開けよ!』


『御意!!』


『大帝陛下の御出陣である!』


 ベーターとホアホーマが言うと、戦艦の下部が観音開きに展開し、人型の機影がエゲツニウム粒子を噴射しながら姿を現す


「あ、あれは……」


 既存のエゲツナーロボとは異なる鋭角的なフォルムと紫色に金をあしらったカラーリングのその機体は全高15メートル程という大きさながらも威圧感を纏っている。


「……英雄さん、どうしたの?」


 セリカは様子のおかしい英雄に問う。


「間違いない……アイツだ…3年前、いきなり出てきて縁とクリスを殺った…あのエゲツナーロボだ!!」


 英雄は、その機体─オジャパメンを知っていた。彼の眼前で友をこの世から消し、心に深い傷を負わせた悪魔を。


─エゲツナー帝国大帝専用艦『エキセントリックボウイ』艦橋


『忘れたとは言わせねえぞ!緑とクリスを殺してタマを死なせやがったテメエだけは、俺の手で殺ってやる!!』


 キリンオーの右手がオジャパメンを指さし、英雄が吠える。


「……何を言っているのだ彼奴は?オジャパメンが完成したのはついぞ最近。そして陛下は3年前の戦いで一度も戦場には出られてはおられぬはず……」


 ホアホーマは、英雄の言動が帝国の内情と食い違っている事を怪訝に思う。


「それに、ヒデオ・クルミの仲間達が姿を見せないと思ったら既に死んでいただと……3年前に、あるはずのないオジャパメンに殺された…??」


「些細な事は、どうでもいいじゃありませんか。ともかくヒデオ・クルミを亡き者とし、地球を頂く事になるのですから、陛下の戦いを見守りましょう」


「う、うむ……」


 ウンババ大帝とベーター何かを隠している……そんな疑念が、エゲツナー帝国きっての武人ホアホーマの胸中に僅かに芽生えた。

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