第4章 機鋼戦艦カヤマ

4ー①

─静岡県御殿場市


 富士東麓に、畑岡地区という地がある。そこは国防軍が自衛隊だった頃から演習乗として使われており、英雄と四人の娘達、そしてその乗機達はその場に集められていた。


「……何この…何?」


 シアが言う。彼女らの目前には二万人を超える市民が押し寄せていた。


 何故、この様な事態になったのか。先日のエゲツナー帝国再来はテレビ、新聞、インターネット等で瞬く間に世界中に知らされた。かつて世界中を恐怖に陥れた外敵の再来はまたもや人々の心を脅かす事となる。しかし、それと同時に突然現れ帝国を返り討ちにした謎の四機のメカ、そして巨大なスーパーロボットについても人々の知る所となる。次に起こる問題は何か。


『あのロボット達は何ぞや?』


 という事だ。テレビで、ネットで、専門家の間で、マニアの間で、様々な憶測が飛び交い、それは国防省の窓口にも質問という形で届いた。


「ってなワケで、ドラガォンもライゲルも、みんな国防軍の秘密兵器って事で大々的に公開しちゃおう!……という事なんだとさ」


 と、英雄。様々な理由から娘達とロボット達が異世界から来たという事は伏せ、三年間の間に国防軍が再び危機に備えて秘密裏にこさえておいたロボットがドラガォン達であるーそう国民や世界に発表する事でひとまずは落ち着いてもらおう。と、いうのが狙いである。


「少々苦しい部分はありますが、わたくし達も日本政府と国防軍の協力が無いと満足に戦えませんもの。仕方ありませんわね」


 ユリーナは手を振る観客に応え手を振るが、観客側からはパイロット達の姿は見えない。異世界人というイメージがエゲツナー帝国の侵略を連想させる事、年端もいかぬ少女を戦わせる事がパイロット達を秘匿する理由でもある。


「それにしても、拙者達は人気者でござるなぁ」


 えつ子が盛り上がる観客達を見て言う。


「ボク達も堂々と名乗れば一躍有名人だね」


「……やめておいた方がいい。ロクな事にならないぞ」


 冗談めいて言ったシアとは対照的に、英雄は落ち着いた声音で言う。


「…英雄さん……」


 セリカは目の前に座る英雄の背中が寂しげなのを感じ取った。三年前、世界を救った事により有名人となった英雄は、その時に仲間の死を尻目に生き延びた自分だけが脚光を浴びた事を大いに嫌っていた。


 そんなこんなの内に、四機のデモンストレーションは始まった。巨大なドローンの様に浮かび、飛び回るドラガォン、まるで生きた獣の様に跳んだり跳ねたりするライゲル、アクロバット飛行を披露するケツァールの順にパフォーマンスをしてみせると、次は幻舞の番だ。


「いくぞ、セリカ。まずはホバリングだ!」

「はい!」


 英雄とセリカは阿吽の呼吸で幻舞を跳躍させる。そして足裏と背部のスラスターから紫色の炎を吹き、上昇。富士山を背にホバリングすると、腰の後ろからヤマカガシを抜き、まるでロボットアニメのように剣を構えた。その姿に2万人の観客たちは歓喜の声を上げる。


『ご覧ください!この機体の名は幻舞!日本が生んだ世界最新鋭のMMSです!!』


 アナウンスがそう紹介した。幻舞の正体が英雄が駆ったメタルディフェンサー乙型の16年後における姿である事はセリカ達4人のみ知るところである。奇しくも国防軍側の考えた嘘が真実と重なった形になる。


 英雄は幻舞を地表に着陸させると、ヤマカガシを収納し直し、幻舞の右手を振って見せるパフォーマンスを見せた。その時である。


「……あのMMSから出た光、エゲツニウムじゃないのか…?」


 観客の一人が呟いた。すると、その周りの人たちも次々とざわめき始める。


「エゲツニウムだって?」

「何でそんなものを国防軍が使ってるんだ!」

「あんな危険なものを使って、私たちが危ない目にあったらどうするのよ!!」


 ざわめきは、やがて抗議へと変わる。無理もない事だった。3年前、世界はエゲツニウムの光によって所々が焼け野原にされたのだ。中でもアジア大陸中央部で大国が瞬く間に滅ぼされかけたのは記憶に新しい。


「どうなってるんだー!」

「何とか言えコラーー!!」


 抗議はもはや罵倒と化していた。核兵器を持たないと宣言している日本の軍隊が核以上の兵器を持っていたと知ったのだから。


「何だよあいつら!」

「何のためにわたくし達が戦ってると思ってますの!?」

「拙者も堪忍袋の緒がぶち切れそうでござるよ!!!」


 暴動寸前の観客に対し、シア、ユリーナ、えつ子も怒りを露わにする。


「待て!」


 英雄は一喝すると立ち上がり、哀しそうなセリカに向き直る。


「セリカ、外から見えないように身を隠していなさい。そして一言も声を出すんじゃあないぞ!」


 英雄はセリカの右肩を軽く叩くと、外部スピーカーのスイッチを入れ、コクピットハッチを開けた。


「ッ……!!」


 英雄さん、若しくはパパと呼びそうになったが、声を出してはいけないと言われたのを思い出し、セリカは口を自らの手で塞いだ。


 幻舞のハッチが開き、中からパイロットらしき人影が現れたのを見るや、観客たちは声を止めた。そして、パイロットがヘルメットを脱ぐや、その顔を見て再びざわめき始めた。


『お集りの皆様、お久しぶりです……とでも言いましょうか。……私は来満英雄です!』


 幻舞のスピーカーから流れたその声に、人々は再び歓喜の声を上げる。


「く、来満英雄だぞ!!」

「『ヒーロー』だ!!!」


 3年前、世界を救い一躍時の人となった男が、再び世界の危機に立ち上がった。その事実に人々は歓喜しているのだ。


『この『幻舞』は、皆様の言う通りエゲツニウムにより動いています。これは3年前の戦いで我々が鹵獲したエゲツナーロボからエゲツニウム炉を移植したMMSです』


 英雄は口から出まかせを言ったつもりなのだが、英雄本人は16年後に自らの命を賭して同様の行為を行っている。人々に呼びかける英雄の背中を見てセリカは声を殺し、泣いた。記憶に新しい父の最期を思い出したのだ。


『危険なのは重々承知です。しかし、信じてください、私を!そして国防軍を!!……もう一度、我々に皆様を守る役目を、果たさせてください!!!』


 叫ぶように懇願した英雄に対し、観客たちはくるりと返した掌で拍手の嵐を送り、「ヒ・デ・オ!」

 と、コールする。英雄はそれに対し、ヘルメットを被り敬礼すると、再び幻舞のコクピットへ入る。

 ハッチの扉が閉じると、英雄はそのまま尻餅を突いて座り込んだ。顔に滲む脂汗、震える膝、荒くなる呼吸。何よりも嫌い、自ら否定した英雄えいゆうとしての称賛を、2万人から投げかけられ、その身に受けたのだ。

 セリカはマイクのスイッチを切ると、英雄の元へ駆け寄った。そして、へたり込んだ英雄の腰の上に被さる様にのしかかると、両肩を掴んだ。


「なして……なして貴方はそがな事をするんですか!!」


 感情的になるあまり、少し訛ってしまったが、セリカは気にする暇もなく英雄を問い詰める。


「そりゃ、お前達と幻舞が可哀そうだったからさ。娘の味方をしてやるのは父親の仕事じゃないか。セリカのお父さんだって、俺の立場だったら死に物狂いでお前を助けたんじゃないか?」


 英雄は微笑みながら言う。その父があなたであり、死に物狂いの末に死んだのも、目の前にいる父なのだと、セリカは言いたかった。しかし、彼女に出来る事は父の胸に顔を埋め、泣くことだけだった。


「泣くなよ」


 英雄は変わらぬ笑顔でセリカの背中を数回叩いた。

 この男は、私の父は、誰かを守るため、何かを救うため、常に戦わないといけないのだ。メサイアとは、そんな宿命を持って産まれてきた存在なのだ。ならば、誰かが彼を支えなければいけない。この時代に妻も友もいない父。だが、娘である私がいる。


(ウチだけが……)


 セリカはそう、思った。


「おじさん、セリカ、そろそろいいかい?」


 ふと聞こえたシアの声に反応してセリカは顔を上げる。


「その…絵面がヤバいですわよ……?」


「ほう…忍び居茶臼でござるか。助兵衛でござるなセリカどのも」


 コクピット内の様子はドラガォンやライゲル、それらのパイロット達にもお見通し且つ筒抜けである事をセリカは忘れていた。


「ち、違うくて!これはそがぁなんやのうて!!!」


 セリカは顔を真っ赤にしながら立ち上がり、機内カメラに向かって弁明する。


「冗談でござるよ」

「わたくしもセリカさんの立場だったら、おじ様を励ましてましたわ」

「いいから次のプログラムに移ろうぜ」


 先ほどとは別の感情で泣きそうになってるセリカに対し、立ち上がった英雄が背後から両肩を掴んだ。


「ありがとうな、セリカ。セリカだけじゃない。みんなもだ。俺はお前たちがいなけりゃ、こうやって戦えていなかったんだ。……助け合っていこうな!」


 英雄の言葉に、4人の娘達は各々の返事を返す。


「よし、最後にアレだ!!」


『お待たせしました。次が最後の演習プログラムとなります』


 アナウンスが流れると、幻舞が飛び上がり、空中で体を十字にする。続いて飛び上がったのはドラガォン。ミサイル弾倉を兼ねた両翼が分離し、幻舞の両腕と接続される。ドラガォンの本体は機首を真上に幻舞の頭部を冠のように覆う。すると、端正な顔立ちをした機神の頭部となる。続いて飛び上がったライゲルは胸部からが前方に90度折れ曲がると、空いた胴に幻舞のボディが刺さる様に繋がった。分離した両前脚は、肩となったドラガォンの両翼に腕として繋がる。そして最後にケツァールの機首は腰として、ブースターは腿、五本の刃は羽となり、巨神の姿を形作った。


『四獣合神!キリンオー!!』


 まるでロボットアニメのタイトルの様にアナウンスがその名を呼ぶと、2万人の観客は今日一番の歓声を上げた。


「みんな、喜んでるだろう?笑ってるだろう?」


 英雄の言う通り、観客たちは笑顔でキリンオーに手を振っている。老若男女、子供たちが、子供だった大人たちが、アニメや軍事の愛好家が、あらゆる人々が目の前に現れたロボットのヒーローを応援する。


「この人たちの笑顔を守るのも、俺の軍人としての仕事であり、メサイアとしての使命なんだと思う。だから、お前たちも手伝ってくれ!」


 娘たちが応えると、キリンオーは肩と腿と背中から、それぞれ青と赤と紫の炎を噴き上げ、大空の彼方へと飛び去った。


『キリンオーは、次なる任務のため、ここ静岡から広島へと向かいました!お集りの皆様、今日は誠にありがとうございました!!』


 アナウンスが演習の終了を告げても、人々は拍手を止めなかった。

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