3ー②

 英雄が運転するオフロード仕様のRV車は舗装すらされていない山道を走破してゆく。


「ねえ、道合ってる?遭難してない?」


 シアは助手席で不安そうな顔をしながら、 隣で運転する英雄に問いかける。彼女の不安も尤もだ。今走っている所は富士山の麓に広がる森林地帯だった。


「秘密の場所だって言ったろ? 敢えて解りにくい所にあるんだよ」


 英雄が答える。出発前にシアは各自の機体で行けばいいだろうと抗議したが、 英雄曰く、目立つ移動手段は絶対に避けなければならないとの事であった。


「お前達は車酔いしてないか?」


 英雄が後部座席に座るえつ子、 セリカ、ユリーナに確認する。


「大丈夫ですわ」

「平気でござる」

「私も・・・」


 3人とも、普段からロボットを乗りこなしているのだ。特にセリカは英雄の操縦には全幅の信頼を置いている。


「よーし、見えてきたぞ」


 英雄が指さす前方には、周囲の景色とは場違いな程に白く巨大な建物が突如として現れた。


「まぁ、どういう事ですの?」


 まるで魔法だとでも言わんばかりに驚くユリーナ。


「光学迷彩ってやつで遠目には解らないようにカムフラージュしてあるのさ、人が近寄る場所じゃないが、万が一迷い込む人間がいるかもしれんからな」


 英雄が車を停車させると、迷彩柄の野戦服に身を包んだ兵士達3人が自動小銃を構え、 どこからともなく駆け寄ってきた。その内一人が運転席の後方に立つと、英雄は窓を開け、携行していたIDを提示する。


「駿河基地の来満英雄です。 他の4人に関しても事前に立ち入り許可申請してますので確認して下さい」


 確認が取れたようで、兵士が降りるように合図をすると5人は降車し、 英雄が先ほどの兵士に車の鍵を手渡すと、兵士たちの帯同のもと、 白い建物へと入館する。


「おじさん、何なのココ?」


 異様な待遇を訝しんだシアが小声で英雄に問う。


「ここは国防省の秘密研究所だ。公には知られていない施設だから警備も厳重なんだよ」


 それなりの立場にある英雄ですら、顔パスとはいかない事が伺える。


「親父殿はこんな所に春画本を……?」


 英雄はえつ子に、エロ本から離れる様に言うと、兵士達の誘導に従い歩き始める。


「ヒデオ!」


 研究所のロビーで待っていたのは白衣姿の黒人青年だった。


「よう、リック」


 英雄と、リックと呼ばれた青年は旧知の仲だったらしく、互いの名を呼び合う二人をユリーナ、シア、えつ子の3人は困惑したように見る。


「この子達が平行宇宙のヒデオの娘ですか。はじめまして、僕はリチャード・マーリーと言います。ここで研究員をしています」


「リックは俺と同じで3年前の戦いでの生き残りなのさ……」


 と、英雄。リックはオーストラリア軍から連合部隊に出向していたMMS乗りだったが、英雄と同じく心に傷を負い、軍を辞めた。しかし、博士号を取得するほどのインテリであったため、この研究所でエゲツニウムの研究に携わっている。


「国防省秘密研究所は、軍事に関するあらゆる分野の研究を行う機関です。 その内容は銃器から生物兵器、果ては異世界文明に関わるものまで多岐に渡るんですよ」


 リックは歩きながら娘達に説明する。


「ちょっと研究内容が気になるなあ~。ねぇ、 見学とかさせてもらえないの?」 


 と、シアはリックに尋ねる。間髪入れる事無くダメです、と答えられ残念そうに唇を尖らせた。


「……じゃあヒデオ、僕は仕事に戻ります」


 研究所の一角にある部屋の前に着くと、リックは英雄達と別方向へ。


「ああ。忙しいところをすまないな」


 リックを見送った英雄はドアノブに手を掛ける。


「 ……この部屋に、見せたいもの…いや、会わせたい人がいる」


 そう言うと、英雄はドアを開けた。 白一色で統一された部屋でまず最初に目に入ったのは、白いベッドと、その上で点滴を打たれながら横たわる人影だった。


「えっ……!?」


 その人物を見て、 最初に反応したのはセリカだった。 ベッドに横たわるその人物は 齢20代半ばほどの女性であり、長い紫色の髪をしていた。


「やあ、 ナナ。 会いに来たよ。 今日は俺の……何て言っていいのかな? 部下でも友達でもないし、…仲間を連れてきたよ。みんな、いい子達だ」


 英雄は、ナナと呼んだ女性に話しかけながら近付き、 その白い手を握る。 しかし、ナナは何の反応も示さない。 昏睡しているのだ。


「おじさん、 その人って・・・・・・」


 シアが問う。 彼女たちはつい最近もナナと同じ紫色の髪の人物を見たばかりだ。


「……エゲツナー人だよ」


 英雄は答え、更に続ける。


「彼女の名はナナ。 と、言ってもそれは俺が付けた名前で、 出会った時は 『P7』と呼ばれていた。奴隷階級のエゲツナー帝国民は識別番号で区別されるらしい」


 英雄は語る。 3年前の戦いで、エゲツナー帝国は英雄を暗殺する為に一人の刺客を送り込んだ。それが彼女─識別番号 P7ピーセブン である。


「俺達は出会った当初こそ命のやり取りをする敵同士だった。だけど、戦うたびに解り合い、いつの間にか……俺は、彼女に惚れていた」


 と、終わりの方は少し恥ずかしそうに言った。


「でも、何で今はこんな状態なのでござるか?」


 えつ子はナナの顔を覗き込む。初めて見る顔にはどこか既視感があった。


「帝国の奴ら、ナナが帝国を裏切ったと判断して彼女の脊髄の所に埋め込んでいた機械を使って、脳死みたいなに状態にしやがったんだ……俺はまだ、ナナに想いを伝えてなかったってのに」


 その日以来、ナナは目を閉じて醒めない眠りに就いた。あれから英雄はナナの美しい金色の瞳を見ていない。


「俺とナナがそうだった様に、地球人とエゲツナー人は解り合えると思ってたんだが、 奴らは俺が思った以上に残忍だったよ......」


 英雄の目からは堪え切れなかった涙が零れる。 植物状態となったナナはこの研究所に預けられ、英雄は彼女に定期的に会いに行く為、 駿河基地の配属となる事を選んだのだった。そしてリックがここにいるのは、友の思い人をモルモットにさせない為である。


「……セリカ?」


 英雄と同じく涙を流しながら、 セリカはナナの手を握っていた。


「俺とナナの為に泣いてくれるのか?優しい子だな、 セリカは」


 と、英雄が言う後ろで、 シアとユリーナとえつ子は互いに顔を見て目で会話をしていた。違う、そうじゃあないと。


「おじ様、ちょっとよろしいかしら……?」


ユリーナが申し訳なさそうに話し掛ける。


「我々は厠に行って来とうござるよ。連れションでござる」


 そう言えば、基地から研究所までの間で一度もトイレに行っていなかったな、と英雄は思った。


「セリカ、キミも来るんだ」


 3日ぶりにシアはセリカに声を掛けた。 その眼差しから、 いつになく真剣さが伺える。


「うん……英雄さん、ナナさんと二人でごゆっくり」


セリカは涙を拭くと、シア達に追従して部屋を出た。


 女子トイレ内に入ると、ユリーナとえつ子は他に人がいないか、確認する。誰もいないと解るや、 シアがセリカに対し、口を開く。


「ボク達の推測が正しければ、ナナさん─あの人はセリカ、君の…」


 シアが言い終わる前に、 セリカは右手を突き出し、 それを制する。


「ええ。私の母よ」


 予想していたとはいえ、 セリカのその答えにユリーナもえつ子も唾を飲んだ。


「......私の本当の名前は来満芹佳くるみせりか····父の名は英雄ひでお。 私は未来の地球から来た、来満英雄の実の娘よ」


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