2ー④

一食堂


 気が付けば時刻は午前10時を迎えようとしていた。朝食というには遅く、昼食には早い。そんな中途半端な時刻だからこそ、食堂内に食事を摂る者はなく、 厨房で食器を洗ったり夕食の仕込みをする給仕係がいるのみだった。


「あ、……英雄さん」


 頭に三角巾を被り、白いTシャツとカーゴパンツ姿の上からピンクのエプロンを着けたセリカが英雄の姿に気付いた。


「やあ、 セリカ。 君はここにいたのか」


 カウンター越しに立つ英雄を見ながら、 セリカは切り揃えた大根を湯だった鍋に入 れる。


「私はユリーナちゃんみたいに魔法も使えないし、 シアちゃんみたいにメカにも強くないし、えつ子ちゃんみたいに強くもないから…出来るのは料理や掃除くらいなんです」


 セリカは自信無さげに言った。


「『くらい』なんて言うのはよくないぞ。 軍隊において補給や衛生管理はすごく大事なんだ。 仲間や国民の命に係わる任務だぞ。それに……」


セリカとは対照的に自信満々な顔の英雄に対し、


「それに?」


 と、セリカは問い返す。


「女の子にとって、嫁入りの武器になる!」


 満面の笑みで言った英雄に対し、 奥で作業をしていた者達が英雄を睨む。


「大尉殿、家事を女性の仕事と決めつけるのはセクハラですぞ」


 と、補給係の男性兵士。


「そうだよ。そんな前時代的な考えだから独身なんだよ来満さんは」


 専門職員として雇用されている中年女性が続ける。 民間人であり英雄とは親子ほどの歳が離れている彼女は歯に衣を着せない。


「えっ?そうなの?ごめんな、 セリカ」


 頭を下げる英雄に対し、 セリカは胸の前で両手を振り、気にしていない旨のジェスチャーをした。


「そういやセリカちゃん、ろくに休憩も取ってないだろ?その寂しいおじさんと一緒にゴハンを食べてあげなよ」


 女性職員がそう促すと、 セリカは彼女に会釈し、 英雄に席で待つ様に伝えた。


 席に着いた英雄の元に、セリカと女性職員が二人分の食事を運んで来た。


「来満さん、なんとこの味噌汁はセリカちゃんが作ってくれたんだよ。よく味わって食べな!」


 と、言うと彼女は厨房へと戻って行った。


「へぇ~凄いじゃないか」


 と、英雄は三角巾とエプロンを外して着席するセリカに言う。セリカが照れ臭そうに微笑むと、二人は両手を合わせ、いただきます。の合図で食べ始めた。


「………」


 料理には手を付けず、英雄の様子をじっと見つめるセリカ。恐らく料理の感想を待っているのであろう事が感じ取れたため、英雄は味噌汁の椀を取ると、口腔内に若干量を流し入れた。


「うまい!」


 英雄の感想はシンプルだった。しかし、言葉以上に表情と声音が、その言葉に嘘偽り無い様子を伝えていた。


「えへへ。よかった!」


 セリカは嬉しそうに微笑むと、自らも料理に手を付ける。


「白味噌にトビウオの出汁に蜆の味噌汁なんて、俺の大好物だ。すごい偶然だよ」


 と言った英雄に対し、セリカは一瞬箸の動きを止めた。


「えっと……私の父もこれが好きだったんです…」


 少し間を置いて、セリカは言った。それに対し英雄が、


「へぇ。同じ魂の人間は嗜好まで同じなのかねぇ」


 と言うと、セリカは安堵した様に味噌汁を啜り始める。


「というか、セリカのいた世界にも味噌汁を食べる文化があったんだな」


 ぶほっ!と、音を立てセリカは含んでいた味噌汁を吹き出し咳込んだ。


「大丈夫か!?」


 いきなりむせたセリカを心配し、英雄は立ち上がろうとした。


「へ、平気です……お豆を発酵させてお味噌を作ってお汁を作るくらいの文明はうちの世界にもありますよ!」


 若干様子のおかしいセリカの気迫に負け、英雄は取り敢えず謝った。文明レベルで言えば、幻舞の様なロボットを造れる時点で地球よりかなり進んでいる事は解っているのだが。


「なぁ、そっちの俺─セリカの父さんってどんな人だったんだ?」


 英雄は話題を変える為、そしてユリーナやシアにも聞いたように、彼女らの父であるパラレルユニバースの自分がどんな人間か気になるのでセリカにも同様の質問をした。


「えっ?…っと、私の父は……名前をヤンセ・ライマンと言って……英雄さんにそっくりな人です!」


 突然の質問に面食らった様に答えたセリカの回答は、英雄の期待したものでは無かった。エルフのユリーナ、機械生命体のシア、獣人のえつ子と違い、セリカの見た目や服装、言動は四人の中で最も英雄達地球人に近かった。味噌汁がある世界なのだから、さぞかし地球そっくりな世界故にセリカの父も英雄に近い見た目なのだろう。


「じゃあ……」


 セリカのいたという世界、オステオグロッサムはどんな世界なんだ?と、聞こうとして、英雄は止めた。幻舞に乗った時に彼女を通じて見た映像で、彼女のいた世界は荒廃していた。まるで映画にでも出て来る様な終末そのものだった。


「どうしました?」


 言葉を途中で飲み込んだ英雄に対し、セリカは怪訝そうな顔でこちらを見る。彼女には触れられたくない過去が悲しい思い出があるだろう。馬鹿な事を聞こうとした、と英雄は猛省する。


「セリカ、今いくつだ?」


 英雄の問いにセリカは答える。


「15歳です。ユリーナちゃん達もみんな一緒ですよ」


 英雄との差は一回りくらいしか離れていない。


「……そこまで歳は離れてないし、俺自身は子供どころか奥さんもいないけど…セリカが良かったら、俺を父親だと思って遠慮なく頼ってくれないか」


 英雄に対し、ユリーナ、シア、えつ子の三人はすっかり打ち解けた雰囲気があったが、セリカだけはどこか心に距離を感じていた。今後一緒に、それも同じ機体に二人で乗るのだ。英雄は何としても、彼女との心の距離を縮めたかった。


「英雄さん……ありがとうございます!」


 セリカの両目には涙が浮かんでいたが、その顔に悲しみの陰は無かった。


「おじさん!ダメじゃないか。女の子を泣かせちゃあ」


 ふと、背後から聞こえた声に振り返ると、そこにはシアがユリーナとえつ子を連れて歩いてくる所だった。


「わたくし達も一段落したのでお食事に来ましたわ」


「拙者もセリカどのの料理が食べとうござるよー」


 三人は英雄とセリカのテーブルに着席すると、持ってきた食事を置いた。


「シアって普通に飯食うの?」


 英雄が問う。


「体が機械だからって電気や燃料食べてると思ったのかい?ボクらにも味覚があって料理する文化はあるんだよ」


 シアが少し怒ったように言う横で、えつ子はもりもりと料理を口に押し込み、その向かいから上品に食べるユリーナがそれを窘めている。


「私、一人っ子だからこうやって、みんなで家族みたいにごはん食べるのって夢だったの」


 セリカが言うと、シアがメガネの端をクイっと上げる。


「じゃあボクが長女かな?」


 それを聞いたえつ子は咀嚼しながらフォークでシアを指す。


「シアどのはヤンチャな弟って感じでござるよ」


「えつ子さんも人の事を言えないくらい御行儀が悪いですわよ!」


 その様子を見て笑う英雄とセリカ。端から見れば、まるで家族の様に見える光景だろう。


 その時だった。激しい揺れ、そして鳴り響く警報。


「……エゲツナー帝国か!」


 英雄の顔が強ばり、戦う男の顔になる。擬似的な家族団欒の時は、侵略者によって奪われようとしていた。



 

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