1ー⑤

『はーーっはっはっはっは!!』


 突如高笑いが響くと、前方の空に次元穴が開き始めていた。 英雄は幻舞を降下させ、地表に立たせた状態で空を見上げた。 直径数キロまで開いた次元穴から巨大な鉄の塊がその全体の一部を覗かせる。 エゲツナー帝国の飛行戦艦だった。


『あれだけの機兵部隊を壊滅させるとは、流石は我らが仇敵ヒデオ・クルミ!ここはウンババ大帝の右腕たるこの私が、直々に引導を渡してくれようぞ!!』


 その巨体が故に未だ全貌を現していない戦艦の外部スピーカーから聞こえる、芝居がかった口調で喋る男を英雄は知っていた。


「ホア=ホーマ将軍……生きてやがったか」


 エゲツナー帝国には国家元首ウンババ大帝の下に右腕と呼ばれる猛将・ホアホーマ、左腕と呼ばれる知将ベーターという二人の大幹部がいる。


「知ってる人?」


 セリカが問うと、英雄が頷き、続ける。


「奴は恐ろしく強い。……だが、それ以上にマヌケだ」


「え?」


 英雄が、かつて死闘を繰り広げた相手をそう評すと、セリカは呆気に取られた様に目を点にした。

 英雄は幻舞の把持していた 『ヤマカガシ』を地面に突き刺し、手を放させた。


「セリカ、幻舞にはエゲツニウムエネルギーを飛ばす武器はあるか?」


 英雄が問うと、 セリカは慌てて開いた口を塞ぎ、タッチパネルを操作した。


「幻舞、『ブラックマンバ 』 を使うわ!」


 セリカの声に反応した幻舞のAIは、コンソールに 【了解】の文字を表示させると、左腕を左肩口に回し、まるで忍者刀の如く背負っていた棒状のパーツを半回転させ、肩に担がせた。そのパーツは砲身である。 ブラックと付くが、その色は純白である。

 地面に突き刺さっている『ヤマカガシ』、空中で弾を撃ち尽くした『ブームスラング』、そして今、構えた大砲『ブラックマンバ』……これらは全て、毒蛇の名を冠している。中でもブラックマンバは毒性・性質・身体能力も相まって最凶の毒蛇として悪名高い。『ブラックマンバ』の尾たるケーブルは幻舞の背中にあるエゲツニウム炉と繋がっている。猛毒の袋から吸い上げられたエゲツニウム・エネルギーが銃口へ蓄積されてゆく。


「くらえーーーッッ!!!」


 英雄が咆哮し、幻舞の右人差し指がトリガーを引くと、一気に破壊と殺戮の力を秘めた猛毒がビームとなって発射された。まだ全身を現していないエゲツナー戦艦の脇に見事命中させると、艦内の至る所で爆発が起きていた。


『ゲェーーッ!!エゲツニウムのビームだとぉ!?馬鹿な、 なぜ地球人がエゲツニウムをおおおお』


 ホアホーマ将軍の叫び声が外部スピーカーを通じて聞こえた。エゲツナー帝国の者以外がエゲツニウムを使う─ホアホーマの疑問はもっともだ。当の英雄すら気になっているのだから。

 ホアホーマは何やら捨て台詞を吐いていたが、戦艦は煙を吹きながら穴の向こうへ戻り、空は再び閉じてしまったので、それが何を言っていたのかは解らない。


「……ひとまず終わったか」


 戦艦の撤退と、無人機部隊の殲滅を確認すると、英雄は大きく息を吐き、 後ろの席に座るセリカを見た。


「ありがとう、セリカ。君のおかげで奴らに勝てた」


 セリカにはまだ聞きたい事が沢山ある。彼女や他の娘たちの事、幻舞たち異世界ロボットの事、彼女らとエゲツナー帝国、そして英雄との関係等…しかし、 英雄の口から最初に出たのは彼女への感謝の言葉だった。


「…英雄さん、私うれしかったです。 私も、私の世界も救ってみせるって言ってくれて」


 セリカの笑顔は眩しかった。 それと同時に、英雄の心を蝕んでいた闇はすっかり晴れた様だった。 再び現れた侵略者たちとの戦いも、この子達と幻舞らがいれば勝てる。 そんな気がしてきた。


『おーーい! セリカ殿ー! 親父殿ーー!』


 スピーカーの音を割って、元気すぎる無線通話が聞こえた。


「えつ子ちゃん!」


「その『親父殿』ってのは俺の事か!?」


 セリカと英雄が音声の主・えつ子に応答した。 幻舞の体を反転させると、 ケツァールとドラガォンが並んで飛行し、その下でライゲルが損傷したメタルディフェンサー乙型を背負いながら走り、幻舞の下へ近づいてきた。


『お二方とも、ご無事で何よりですわ』


 こちらの通信はドラガォンからユリーナ。そういえばまだ、えつ子とユリーナは声しか聞いていなかったな、 と英雄は思い返す。シアもセリカも見た目は普通の女の子だったので、残りの二人も地球人とそう変わらないだろうと推測される。

 幻舞の前に相対する形でドラガォンとケツァールが着陸。 その間にライゲルが停止し、四肢を「伏せ」の形にして体高を下げた。 すると、 セリカが手元のタッチパネルを操作し、幻舞の右膝を地面に着ける形で屈ませた。 そして、コクピットハッチを開くと夕日が差し込んできた。


「よっ・・・っと」


 セリカはシートベルトを外して立ち上がると、 ジャンプで英雄の肩を跳び越え、シートに座った英雄の左前辺りに立った。


「英雄さん、『他の私たち』 も紹介しますね!」


 セリカが妙な事を言った気がしたが、それ以上に、 夕焼けを背にしたその笑顔の可憐さが英雄の心を捕らえた。 そして彼女は幻舞のハッチから左膝、右掌、右膝へと伝って器用に降りてゆく。 英雄が遅れて地上に降り立った頃には、ドラガォン、 ライゲル、ケツァールの前に、セリカとシア、そして残る二人、恐らくユリーナとえつ子だろう。の計4人が横一列に並び立っていた。


「改めまして、 私はセリカ・ライマン。オステオグロッサムという世界から来ました」


 黒く綺麗なロングヘアに灰色の制服姿の少女は先ほどまで、共に幻舞に乗って戦ったセリカ。


「んで、ボクは夏姫・ライマン。 改めてヨロシクね、おじさん」


 銀髪のポニーテールと長方形の眼鏡をした白衣の少女は英雄をライゲルに乗せ、幻舞とセリカの元へ運んでくれたシアだ。


「わたくしはアラパイムという世界より参りました、ユリーナ・ライマンと申します。 お会いできて嬉しいですわ。おじ様」


 英雄をおじ様と呼んだ少女・ユリーナは金色の髪をツインテールに纏めた、お淑やかな少女だった。が、彼女の着ている服は露出も多く明らかに浮世離れしたデザインであり、 それ以上に彼女の両耳が気になった。 耳の上部が長く尖っている。 ユリーナの外見はファンタジー伝奇に登場するエルフそのものだ。


「拙者は来満らいまんえつ子でござる!!パントドンという世界から来もうした!!」


 ケツァールのパイロット・えつ子に至っては、 ユリーナ以上に異様な出で立ちであった。 赤茶色の髪の毛は肩の上で綺麗に揃えられており、身長は4人の中で一番低いが、出るところが出たトランジスタグラマーといった体型だ。そして、それを赤い忍者装束に包んでいる。 一番の問題は彼女の耳だ。 頭頂部の外側に大きな狐の耳が付いている。 そしてそれはぴくぴくと動く。 更に腰の後方にはこれまた狐のものと思われる尻尾が生え、ぱたぱたと左右に揺れている。アクセサリではなく、本物のようだ。


「待て、 みんな名字が 『ライマン』で、 しかも四人とも同じ顔じゃないか。……君たちは 4 つ子か何かなのか!?」


 ユリーナとえつ子の姿に度肝を抜かれつつも、英雄は問う。


「似ている様で違うんだなぁ」


  答えたのはシアだった。


「おじさん、『パラレル・ユニバース (並行宇宙)』って言葉は解るかな?」


  英雄達が住む世界とは別次元に存在する異世界の総称。 それがパラレル・ユニバースだ。 エゲツナー帝国が現れるまで、それはSFやファンタジーといった創作話でしか使われない用語だったが、今や辞書にも載る常用単語である。


「並行宇宙には、 それぞれの世界で違う肉体と精神を持った同じ存在がいてね、ボク達の父はみな、『救星主メサイア』と呼ばれる存在なんだ」


 シアの説明は英雄にはまだピンと来ない。


「わたくしのお父様も、シアさん達のお父様も、それぞれの世界でエゲツナー帝国と戦って死んでしまいました………」


 ユリーナが俯きながら説明する。


「そこで、拙者達は父の仇を取り、エゲツナー帝国打倒の為に、最後のメサイアである親父殿の力を借りに来たのでござるよ!」


 えつ子の言う言葉の意味がまだ理解できない。 なぜ俺なのだと、英雄は思った。


「この世界におけるメサイア…つまり、私達の父と同一の存在が英雄さん……貴方なんです!」


 セリカの説明でやっと理解が追い付いた。


「って、事は君達は別の世界での俺の……?」


 英雄の問いに対し、四人の少女は微笑みながら口を揃え……


「「「「娘です!」」」」


と、同時に答えた。


─かくして英雄と、 異世界における彼の娘達による奇妙な親子関係と地球の未来を懸けた戦いがここに始まった。


 来満英雄、28歳。彼はこの時まだ独身である。

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