1ー④


 英雄とセリカを乗せ、幻舞は一気に雲の上へと舞い上がった。 MMSのスラスターでは到底届かない高さである。


「セリカ、射撃武器はあるか!?」


 英雄の問いに対し、セリカは頷く。


「幻舞、『ブームスラング』をセット!」


 セリカの声に答え、幻舞のコンソールには【了解】の表示が現れた。すると、幻舞の両腿側面装甲が外側へ傾く様に展開し、中から銃把が飛び出した。マニピュレータの指がそれを把持し、そのまま引き抜くと両手にはサブマシンガンが握られている。


「しっかり掴まってろよ!」


 英雄がセリカにそう告げると、幻舞は両腕を水平に広げ、頭を下に、地上へ向かって横に回転しながら急降下。


「食らえっ!!!」


 回転しながらサブマシンガンをフルオートで発射し、エゲツナー機達を次々と撃ち落としてゆく。


「すごい……」


 英雄の戦いぶりを見たセリカは思わず呟いた。ヒーローと呼ばれた男の戦闘は、並大抵のパイロットでは不可能な動きと判断力である。


 そして幻舞は地表まで数百メートルの地点で縦に半回転し体勢の上下を入れ替え、背部と足裏のスラスターから飛翔時と同じ様に紫色の粒子を噴出、落下の重力を無理矢理殺し、着地した。


「凄いのはこの機体だよ……どうなってんだこりゃ?」


 弾丸を撃ち尽くしたサブマシンガンを再び両腿に収め、英雄は本能的に取った自らの行動と、それを実行した幻舞の機体性能に驚きの声を漏らした。地球で製造・運用されている殆どのMMSには空を自在に飛び回る事すら出来ないのだ。異なる文明の世界で造られたのであろう、幻舞の未知なる力は絶対的な勝利への自信と未知の恐怖すら感じられるではないか。


「英雄さん、敵が来ます!」


 セリカがモニターを指差すと、こちらに向かってくる一機のエゲツナー機の姿が映っていた。先ほどまで英雄達が戦っていた機体達とは色・形・大きさまでも違っていた。


「どうやら奴らの隊長様みたいだな。 セリカ、さっき俺を助けてくれた時に使った刀は出せるか?」


 英雄の問いに、はい。と頷いた後、セリカは手元のタッチパネルを操作し、音声入力を行う。


「幻舞、『ヤマカガシ』を使うわ!」


 先ほどサブマシンガンを出した時と同じく、幻舞のコンソールには 【了解】の文字が表示され、右腕はロボットの関節とは思えないほど滑らかな動きで背部バックパックに差し込まれていた平たい金属の棒を抜き執り把持すると、胸の前で構えた。

 そして幻舞がそれを両手で握ると、折りたたまれていた刃が展開し刀身は倍近い長さへと変化。更に刀の刃部分に紫色のエネルギー体が流れ込み、輝き始めたではないか。


「この光は、まさか……!?」


 英雄が思った事を口にし切る前にセリカが言う。


「正面!ミサイルが来ます!!」


 前方から敵機の射出したミサイル弾が迫るも幻舞は刀を中段に構えて疾駆。ミサイル弾を避け、すれ違い様に袈裟斬りし、両断した。ミサイルは背後で爆発し、爆風の余波が幻舞の加速を後押しした。そしてその勢いで敵機に肉薄すると、左下方に向けていた刃先を水平に横薙ぎし、敵機を上下半分に両断した。すぐさま幻舞は空へと飛翔する。 目下ではエゲツニウムの爆発がゴルフ場の緑を容赦なく吹き飛ばしていた。


「……セリカ、 この刀に流れてるのは、エゲツニウムだな?」


 英雄は幻舞の持つ刀 『ヤマカガシ』をモニター越しに指差し、後ろに座るセリカに問う。


「はい..... 幻舞はエゲツニウム炉を搭載しています」


 セリカの返答に対し、 やはりかと英雄は思った。 MMSとほぼ変わらないサイズの機体が空を飛べているのも、刀剣状の武器で鋼鉄の塊を斬れたのも、高エネルギー物質であるエゲツニウムの力だ。

 英雄は一瞬、背筋に寒気を感じた。 撃破したエゲツナー機達の爆発が尋常ではない破壊力を持つのも、エゲツニウムの高エネルギーによるものである。即ち、 幻舞が撃墜され、 爆発した時には搭乗している英雄とセリカも即死である。


「さっき、 君が一人で乗っていた時、敵の攻撃を受けて墜落しただろう。 当たり所が悪ければ爆発して死んでいたところだぞ!?」


 英雄はセリカを叱咤する。 シートの構造上、 セリカの顔を見る事は出来ないが、 おそらく泣いているだろう息遣いと、鼻水をすする音が微かに聞こえた。


「ごめんなさい……でも、私にはこうするしかなかった……それに、あなたは絶対に助けに来てくれると思ってた……」


 怒鳴った後で、十代の女の子を泣かせてしまった事に英雄は焦る。


「いきなり怒鳴ってすまん。泣くな!セリカ、 よく聞きなさい」


  咳払いして改まり、英雄は更に続けた。


「君も、君の世界も、俺が救ってみせる!」


 その言葉を聞くと、セリカの両目からは更に涙が零れる。 危険なマシンに乗り戦う事になってしまった事よりも、セリカの身を心配して怒った英雄。 記憶に残るセリカの父もそんな男だった。 幻舞を造り、英雄に託す事を選んだ母の選択は間違っていなかったのだと、セリカは確信する。前の席に座る男の背中はこれ以上なく頼もしく見えた。


「はい!」


 先ほどまで英雄に対して取っていた改まった態度ではなく、娘が父に接する様にセリカは素の状態で応えた。 セリカが泣き止み、英雄が安堵したのも束の間、またも時空の揺れを感じ、再び英雄の表情が戦う男の険しい顔になった。

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