第31話 わんわんパニック 忠犬はこの私だ!3


 狼王フェンリル。


 北欧神話最強の化物であり、ラグナロクにおいてオーディンを殺す運命を持っている。


 神話最強の英雄どころか、神話最強の主神を殺す力。


 それはまさしく、ギリシャ神話でゼウスを倒した怪物テュポンにも匹敵する超生物に相違ない。


 たっちゃんが、

「あ、あたし、九頭龍なら殺したことあるわよ」


 ヘラちゃんが、

「わたしも、九頭龍ヒュドラなら倒したことがあるのですよ」


 クーちゃんが、

「自分は万軍相手に無双した事があります!」


 ジークちゃんが、

「私も、悪龍ファーブニルなら倒した事がありますが……」


 全員の表情が曇る。

 歯噛みして、四人を緊張が吞みこんだ。


「出せよ、あんたらの武器をさ」


 言われて、たっちゃん達は警戒しながら叫ぶ。


「天叢雲剣!」

「マランドーズ!」

「ゲイ・ボルグ!」

「バルムンク!」


 たっちゃんの手に日本刀が、

 ヘラちゃんお手に大剣が、

 クーちゃんの手に赤い槍が、

 ジークちゃんの手に西洋剣が召喚される。


 いずれも各神話最強クラスの伝説の武器だが、グングニルを持つ軍神オーディンすら倒すフェンリル相手にどこまで通じるか。


 フェンリルの全身からすさまじい熱量が感じ取れる。

 ボディラインにフィットした、セクシーなライダースーツの中に圧縮された力が今にも爆発しそうだ。


「へっ、いい感じだ、お前らいい感じに強そうじゃねえか」


 フェンリルが、鋭い犬歯を見せて笑う。


「あんたらに恨みはねぇんだが、ロキ母さんの命令だ」


 腰を落として前かがみになり、戦闘態勢に入る。


「あたしの世界一の忠犬ぶり、その目に焼き付けてから死ぬんだな!」

「待つであります!」


 フェンリルが飛び出し……そうになって、とまった。


「あん?」


 ギラリと睨むフェンリル。

 だがクーちゃんは敢然と立ち向かい言い放つ。


「世界一の忠犬はこの私であります! 断じて貴方ではないのであります!」

「「「ええええええええええええええええええええ!? そこぉおおおおおお!?」」」


 するとフェンリルは、


「はぁっ!? バカ言ってんじゃねぇ、世界一の忠犬は、このあたしに決まってるだろうが!」

「「「えええええええええええええ!? そっちも張り合うのぉおおおおおおおお!?」」」


 クーちゃんとフェンリルは互いに睨み合う。

 フェンリルの爆乳が、ク―ちゃんの控えめな胸を吞みこむが、ク―ちゃんは気にしない。


「あたしなんかなお前! 毎朝ロキ母さんの起きる一時間前に起きて朝ごはん作って新聞持ってきて、決められた時間に母さんを起こしているんだぞ!」


「私だってアイルランドのホテルにマスターと泊った時に身の周りのお世話全部やっていたであります!」


「あたしなんか母さんの好み全部把握して、飯も飲み物も母さんの好みかつその日の母さんのコンディションに合わせたものを用意してんだぞ!」


「私だってマスターのコーヒーの好みを覚えて豆の挽き具合まで調節できるでありますよ!」


「あたしなんか朝六時に並ばないと買えないケーキのゲット率一〇〇パーなんだぞ!」


「私だってマスターに喜んでもらおうと隣町の限定シュークリーム買いに行ったであります!」


「てめぇ人間のくせに忠犬とか笑わすんじゃねぇ!」

「貴方こそ犬ではなく狼のくせにであります!」

「はぁあああああああああん!?」

「あああありますでありますぅ!」


 二人は額をぶつけ合い、押し当て合い、ヤンキーみたいな眼光で火花を散らす。

 フェンリルの目が、比喩では無く物理的に炎を上げて燃え上がる。

 クーちゃんの目が、比喩ではなく光線でも放ちそうな程に光っている。


「怖っ!?」

「生前の特徴が出ていますねぇ」

「たっちゃんのツインテールがリングになっているのは生前の髪型を意識しているのですか?」


 ヘラちゃんの問いにたっちゃんが反論。


「や、弥生ヘアーじゃないわよ! って、そうじゃなくて、あれどうするのよ!?」


 指差す先では、まだクーちゃんとフェンリルがいがみ合っている。

 それも低レベルな事であり、ヘラちゃんが溜息をつく。


「も、もはや忠犬じゃなくてメイドかお母さん状態なのですよ……」


 フェンリルとクーちゃんは距離を取り、睨み合う。


「こうなったら勝負でありますフェンリル!」

「上等だゴルァ! どっちが本物の忠犬がシロクロつけてやんよ!」

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